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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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あれから鳴海が電話に出てくれることはなかった。
鳴海が折り返し電話をくれることもなかった。
帰国する日が決まり便名をメールしても「了解」とたった一言の返事が来ただけだった。
留守録にリシャールとは何でもない、あの記事はデマだからと入れてはみたが効果がないのはこの徹底した無反応ではっきりとしている。無反応なのは、鳴海がミンシアを本命と据えた証だとしか思えない。外野に回った彼女の言葉などどうでもいいから返事がないのだとしか。帰国した自分に一言、「さようなら」、そう告げればいいだけなのだから。



あの晩からしろがねは全くと言っていいほどに生きた心地がまるでしなかった。機上の人となった今では死刑宣告を受ける咎人の気持ちだった。
楽観的に、鳴海の本命はもしかしたら自分かもしれない、そういう可能性がないわけでもなかった。鳴海の口からは誰とは言われなかったのだから。自分を本命と据えてくれている、でも自分とリシャールの関係を誤解している、だからかつての自分のように傷つくのが嫌で電話に出なくなった、そう考えることもできる。
Fifty-fifty、でもどうしても楽観的になんて考えることはできない。これまでの鳴海への自分の態度を思い返したら。可愛くなくて、生意気で、素直でなくて、少しもやさしくしなかった。感謝の言葉一つ、あなたが必要なのだという意思表示一つ、した覚えがない。愛情表現なんて尚のこと。その点はミンシアは、なんて考えると吐き気がする。



果てしない緊張状態に気分が悪かった。本当だったら鳴海に会える瞬間を心待ちにして、今頃は胸をときめかせていた筈だろうに。
鳴海に何を言われるのか。
鳴海の笑顔はもう二度と見られないのか。
何があっても半狂乱にならずに冷静でいられるだろうか。
待ち合わせ場所にミンシアもいたらどうしよう。
私は…私は…
鳴海に「さようなら」を言われたらどうしたらいい?
私はこれから、どこに……帰ればいい?



あんまりにもしろがねが顔色悪く深刻そうな様子なのでフライトアテンダントが何度も声をかけにきた。病人としか思えないやつれきった顔でしろがねは「大丈夫です」、そう答えるので精一杯だった。



ぐるぐると考えが巡る。
どうして今回に限って空港まで迎えに来る気になったのだろう?
一刻も早く自分との関係を清算したいからだろうか?
鳴海と会うのが怖かった。
この世で一番愛している男なのに会うのが恐ろしかった。
少しでも決定的な宣告を受ける時を先延ばしにしたかった。



そういう点では飛行機の離陸が大幅に遅れ、トランスファーがうまくいかずにこれまた遅れたのもよかったかもしれない。鳴海に伝えた時刻を4、5時間は遅れるだろう。到着は真夜中になる。フランスを出る時に時刻が大幅に遅れる旨のメールはした。だが誤って携帯を積み込み荷物の方にしまってしまったからトランスファーのトラブルは連絡できなかった。
空港に来てみて飛行機が着く気配がなければ鳴海はきっと帰ることだろう。
そうなれば別れを告げられるのは幾分、先になる。





不幸と幸福の分かれ道。
明日の今頃の私はどんな空気の中にいるだろう?





それにしてもこんなにも長く幸福感を覚えないなんてこと、鳴海と出会ってからはなかったことに気がついた。鳴海と出会う前までは幸福、なんてこと自体を知らなかった。鳴海に教わったのだ、幸せがどんなものなのかを。
自分が人間であることも、本当の意味での女の悦びも、幸せの在り処も。
そしてこの胸の痛みも。真に人を愛することを鳴海に教えてもらったからこんなにも痛むのだ。こんなにも泣きたくなるのだ。
「莫迦だな……私は……」
機内灯の落とされた静かな時間、しろがねは小さな窓から星空を眺めて目元を歪めた。ブランケットに顔を埋め、硬く丸くなる。



「さようなら」
目蓋の裏の鳴海が何べんもそう告げる。
手の届かないところに行ってしまう。
きっと眠れないだろうと分かっていたけれど、辛さを忘れたくて眠る努力をしようと思った。









予定よりも5時間強も遅れてしろがねは到着した。空港の中の店はみんな閉まっている。人気のない空港は心なしかひんやりと冷えている気がする。しろがねはガラガラと荷物を引きながら、一応鳴海と待ち合わせの約束をした場所に向かう。
鳴海からは携帯に何の連絡も入っていなかった。多分鳴海はもういないだろう。いなくとも鳴海を責める気はまるでない。何しろ時間が遅い。
だからしろがねは自分の幸福の不在を確認して、適当なホテルにでも入ろうと考えた。



「疲れた…」
つい弱音が漏れる。
カトウがいてもいなくても、私は苦しい。
しろがねはノロノロと進む。
ゆっくりと繰り出される自分の尖ったブーツの先をじっと見つめて。



ミーティングポイントに着いた。
鳴海はいないと思った。いなくていいと思った。
当てもない待ち人を何時間も待っているわけがないのだから。
そうっと顔を上げる。
そして視線の先に鳴海を見つけて。



「お帰り」
鳴海の笑顔を見つけて。
「ただいま」
もう、鳴海の望むようにすればいいと思った。



それが「さようなら」を与えられることでも、鳴海の笑顔が曇らなければいいと思った。



end
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