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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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「勝さん……どうして来たんですか?」
リーゼは黒い瞳を真ん丸くして玄関先に立つ勝を見つめた。
決まり文句の「連絡もしないで」が今日に限って出る気配はない。
リーゼが言いたいのは『どうしてこんな時間に私のところに来たのか』ではなく
『どうしてこんなに短いスパンでまた来たのか』、なのだ。
そこのところは勝も重々承知している。リーゼが驚くのも当然だろう。
これまでだったら半年に2回会えれば御の字ペース、それが今回に限っては前回会ってから1ヶ月と空いていないのだ。
「いや、ちょっと……珍しく日本に帰ってくる用が幾つかあったもんだから……さ。あ、もしかして迷惑、だったりした?」
リーゼはたった今入浴を終えたようで真っ白なバスローブに胸の谷間を包み、長い黒髪を同じく白いタオルでアップにしてきれいな項からシャンプーの香りを漂わせている。後れ毛には水滴のアクセサリー付き。
こんな色っぽい姿で迎えられる客は自分だけだと思いたい勝はワザと下手に出てリーゼの反応を窺ってしまう。
「迷惑だなんてことあるわけないのに。変な勝さん」
リーゼはクスクスと笑うと、「今すぐに支度してくるから上がって待ってて」と勝専用の男物のスリッパ(これを履いているのも自分だけだと思いたい)を揃えて床に置いた。



リーゼにああは言ったけれど、珍しく日本に帰ってくる用なんて、実際はひとつもない。
ただ、特に今は従事する任務もなかったから来ただけだ。
これまでだったら自分がいる場所とリーゼの住む場所との距離を考えて、ま、直にフウのヤツが次の仕事を押し付けてくるだろー、なんて考えて、適当なホテルに腰を落ち着かせて適当なお姉さんを見つけて時間を潰して、リーゼに悪いなぁ、なんて思いながらも『自分探し』という体のいい旅を続けていたのだが。


事情が変わったのだ。
いや、変わったのは正確には勝の心の持ちようだ。
前回、マンション前で自分の知らない男と揉み合うリーゼを見かけてからというもの、どうしても勝から離れてくれない懸念。
リーゼに自分以外にいいヒトがいるんじゃないか、という懸念。
簡単に言えば、ヤキモチ。



リーゼが物凄くレベルの高い『いい女』だということは勝だって分かっている。
かてて加えて、こんな自分のことを好きだと言って待っていてくれている。
一番大事にしてあげなくちゃいけないことくらいずっと前から分かっていた、頭では。
だけれど、分かっていながらもずっと日本に置き去りにしていたのは、昇華しきれない初恋の相手に未練がましく想いを残しているから、とか、脳ミソに残る他人の強烈な記憶との折り合いが成長するにつれて微妙なものになったから、とか、摂取した『生命の水』の量がギリギリな為もしかしたら『しろがね』になってしまう可能性があるかもしれないから、とか、様々な理由がある。
けれど、一番の理由は単に『リーゼの真っ直ぐさを受け止められるだけの度量がない男だから』だったんじゃないか、と今なら思う。色々と理由をつけてリーゼの大きな愛に甘えつつも逃げていたのだ。こんな気まぐれ猫みたいな男はとっくの昔に愛想を尽かされていても不思議じゃないのに、リーゼは待ってくれている。



が、それはそれとして、リーゼだってモテる。言い寄る男は多いだろう。
そのことにどうして目を向けることがなかったんだろう、と自分が信じられなくなるくらいの衝撃を勝に与えてくれたのだ。前回見た、リーゼと男の揉み合う姿は。
リーゼはただのファンのストーカーだと言った。でもそれって本当?って思ってしまう。気になるなら興信所でも何でも頼めばいい。フウから覗きカメラを借りたっていい。それをしないのはリーゼの言葉を信じている(もしくは信じたい)のと、彼女が自分と同じ裏切りをしているかもしれない(自分もあちこちで浮気している以上責められない)事実を知りたくないのと両方だ。



知らなければ、なかったことだ。
自分のことも。相手のことも。



とはいえ、本当はもっと早い時間の飛行機で帰国してリーゼの帰宅をマンション前で張っていたいくらいだった。例の男(いや、他の男とでも同じなのだが)と一緒に帰宅するんじゃないか、なんて疑心暗鬼が治まらず、何度も言うがその現場を押さえたところで自分には恋人に放ったらかしにされているリーゼを諌める権利も資格もどこにもなく、だからと言ってそんな現場を押さえたら絶対に半狂乱になって男を半殺しにしてリーゼを叱り飛ばしそうな自分がいて嫌だ。
女を束縛するなんて、まるで金みたいじゃん。
でも。悶々とヤキモチだけが焦げ付いていく。グジグジと悩みばかりが積み重なる。
今もリーゼの後ろについて彼女の家に上がりながら見慣れた室内を、「何か変わったところはないか」と物色している勝だった。



「どうしたの?キョロキョロして」
なんてリーゼに見咎められるくらいに挙動不審。
「本当に変な勝さん。適当に冷蔵庫から飲み物取っていいから。好きに飲んでてね」
苦笑しながら寝室に引っ込むリーゼに、勝は罰の悪そうな笑顔を返した。
一方のリーゼは予期せぬ勝の来訪に陽気なハミングが止まらない。
いつもこれくらいのペースで帰ってきてくれるといいのに。
ドレッサーを覗き込みながら、そこにいる上機嫌な自分がとても可愛らしく微笑んでいるのでリーゼは更に嬉しくなった。項を手の平で撫で上げて、勝に例えた自分に向けて挑発的な視線を投げてみた。夜は長いのだ。
と、指先が触れた項に痒みを覚えた。
「やあね、そういえばさっきから痒い……虫にでも刺されたのかしら」
爪の先でチョイチョイと掻いてみたものの少し痒みがしつこい。
「薬、薬……どこかに痒み止めが……」



リーゼが身を屈めてドレッサーの引き出しの中を探していると、フ、と視界が暗くなった。顔を上げると後ろに勝が立っている。
「勝さん。どうしたの?」
「い、いや……何でもない、んだけどね。リーゼ、遅いな、と思って」
勝がリーゼの肩を両腕で抱き締めて、肩口に顔を埋める。
本当にどうしたのかしら、こんなに甘えて……と、リーゼは思ったけれど、こんな風に勝から擦り寄られるのははっきり言って気分がいい。だからリーゼは黙って勝の腕に手を添えた。
「おかえりなさい」
「ただいま…」
鏡の中からリーゼが優しく微笑んでいるのを見つけて、勝は子どもっぽいことをしている自分が何だか恥ずかしくなって、はにかみながら身体を起こした。



「待っててね、今すぐに始末するから」
と、リーゼは頬をコットンで叩く仕草をして見せた。
「そんなことしなくてもキレイじゃない」
「ふふ。ありがとう。でもこればっかりはやらないと顔がつっぱっちゃう」
女の人の肌ってそんなもんなのかなぁ、なんて思う。だから大人しくリーゼの『仕事』が終わるのを待つことにした。何気なくリーゼの艶かしい後姿を眺めているうちにふと、リーゼの首筋の赤い印に気が付いた。
心臓が何かに鷲掴みにされたような気がした。



項の左側。後れ毛に隠れる白い肌に赤い印。
キスマーク、じゃないの?
「首の裏の赤いの、どうかした?」
震えそうな声を抑えつつ、勝はできるだけさりげなく訊ねてみた。
「え?やっぱり赤い?さっきから痒くて」
リーゼには突然の問いに戸惑う様子も見られない。滑らかに虫刺されか何かだということを示唆する。勝は赤い印を指先で撫でてみた。リーゼがそれに反応して首を柔らかく竦める。
虫、にしては凸凹は感じない。ならカブレ?蕁麻疹?
やっぱり、どう見てもキスマークに見えてしまう。



「勝さん、これ塗ってくれる?」
リーゼがドレッサーの引き出しから取り出した痒み止めの薬を手渡した。
「うん…」
勝はチューブから薬を指先に出す。そしてリーゼの首に目を落とす。
もはや、キスマークにしかそれは見えない。
どんなシチュエーションでこれってついたんだろう?
どんな男が彼女の髪を掻き上げて唇をつけたんだろう?
僕だったら……ベッドの上で彼女を後ろから抱いているときに喘ぐ項にきつくキスする。


………。
………僕の馬鹿。
リーゼは「痒い」って言ってるんだからそれを信じればいいじゃないか!



勝は自分に余計な心配をさせる憎たらしいその赤い印に、噛み付くように唇を押し付けた。きつくきつく吸い上げる。
「や、まさ…何…?」
気持ちよさ、よりも痛みの方が強い勝のキスにリーゼがびっくりしたような声を上げた。
少々しつこいくらいに吸った後に勝は顔を上げて、さっきまであった虫刺され(?)の赤みが自分のキスマークに消えたことに満足を覚えた。



赤い印はさらに大きな朱い印で塗りつぶしてしまえ。
何もかも、なかったことにしてやるんだから。



「ど、どうしたの、勝さん」
「何でもない。消毒消毒♪」
勝はキスマークの上に薬をクリクリと塗り広げながら
もっとコマメに帰ってこなくちゃダメかも
なんて考えていた。



End
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