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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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勝はフウからの連絡を受け取った。次の任務が入ったのだ。
詳しい説明を受けるためにフウのところに出向かなければならない。説明なんか別にメールでも電話でも構わないのだけれど、フウが勝の顔を見たがるのだから仕方が無い。常人離れに成長する勝の姿は今はあの老人の興味の対象、楽しみでもあるのだ。
でも本当はまだリーゼのところにいたかった。リーゼから離れたくはなかった。ヤキモチの虫が完全に治まるくらいに愛し合った実感がまだなかったからだ。もう少し抱いていたかった。そして彼女の周りに男の影がないか、もう少し観察してみたかった。
だけど、しょうがない。
年寄り孝行も若者の務めだ。



勝は空港に向う前に仲町サーカスに顔を出すことにした。そこで平馬を捕まえて話し相手にでもさせて、鬱々とした胸のうちをスッキリさせるつもりだった。尤も以前リーゼに恋していた平馬に彼女を泣かしている勝が恋愛相談なんてできやしない。とんでもなく説教をされることだろう。何もかも自分が悪いと自覚していることを改めて叱られるのも面白くない。だから、何でもいいからくだらない話でもして気晴らしをしよう、勝はそんなふうに考えて非常に気楽にやってきた。
平馬は唯一、自分を誤魔化さなくていい、等身大で馬鹿が言える貴重な親友。
仲町に到着した勝が適当な団員に平馬の居場所を訊ねたら、「ラウンジにいる」と教えてくれた。
ラウンジを覗くとすぐに平馬の赤茶けた髪が視界に入った。
「よ、へーま。元気…」
だったか、と続けようとして勝の言葉は途中で切れる。
確かにそこにいたのは平馬だったんだけれど、彼はひとりじゃなくてそのテーブルの向かいに連れがいたのだ。勝に背を向けて座る大男。広い背中。肩まで垂らした長い黒髪と、服越しにも分かる鍛え上げられた筋肉の動き。
加藤鳴海。
平馬が勝に気が付いて、「何だおまえ、この間来たばっかじゃないか、珍しいな」という先のリーゼと同じような顔をした。そしてそれを鳴海に教えているのが分かる。鳴海はぐるっと大きく振り向くとニヤッと笑って「よう」と手を上げた。勝は……ぶすっとした表情のままふたりのテーブルに腰をかけた。



「よう。ずい分とご無沙汰じゃねぇか、オレと会うのは」
「……兄ちゃんたちも来てたの」
勝は煙草を咥えながら不鮮明にボソボソと話す。ここには鳴海しかいないが勝は複数形を使った。鳴海にはしろがねがワンセットなのだ。
「おう。でもま、今夜の便でロンドンだけどな」
暗に、フウに呼ばれたんだ。おまえもだろ?、という意が汲み取れる。
て、ことは今度の作戦はナルミ兄ちゃんたちと一緒なのか、と勝は心の中でフウを睨んだ。勝はフウに「鳴海たちとミッションが合流することのないように」と頼んである。それは偏に、あんまり鳴海としろがねが仲良くしている姿を見たくないから、だったが実はもうひとつ理由がある。今はそっちの理由の方が大きいかもしれない。



「リーゼには会ったのか?」
鳴海が悠然とコーヒーカップを傾けながら訊いてくる。
肉体年齢は自分の方が追い越したというのに鳴海の放つこの貫禄は一体何なんだろう?元より10代でも20代後半、下手すれば30代前半に見えていた鳴海だし、自分はといえば20歳を越えても外国人には10代前半に見られるのだから仕方ないといえば仕方ない。のだが。
「リーゼの家から来たんだよ」
勝はぶっきらぼうに返事をする。
いつになったら鳴海の男っぽさ、骨っぽさを追い越せるのだろうか。
今はもう僕の方が一応年上(?)なんだよ、なんて本当にどうでもいい対抗意識が沸々と湧いてくる。



世間一般よりもはるかに遅い反抗期。
それが今の勝が置かれている季節。
それがもうひとつの理由。



勝は世界放浪の旅を決めた辺りから、鳴海に対しての長い反抗期に突入した。
勿論、勝は鳴海のことが大好きだ。命の恩人でもあり、血の繋がりはないが実の兄のように思慕している。男としても尊敬しているし、憧れでもある。幼い頃は頼れる兄ちゃん、それだけでよかった。
けれど勝自身が成長するに従って次第に鳴海を同性として自分と比較をするようになった頃からすこしづつ、見る目が変わってきた。勝の中のしろがねへの恋心が長々と燻っていたせいもあるのだろう。鳴海を越えなければしろがねが自分を振り向くことはありえないのだ。
そして、いつしかその、どうしても越えられそうにもない大きな背中が鬱陶しくなってきた。



大き過ぎるのだ、その存在が。



同年代になった鳴海と比べて勝が秀でているものはある。中国拳法が唯一の戦闘スタイルの鳴海とは異なり、勝は剣術や人形繰りのスキルもある。IQは比較にもならない。アルコールの摂取許容量は問題にもならないし、抱いた女の数なんて最初から勝負にもならない。
初恋の相手・しろがねがベタ惚れしているのも何となく気に食わない。ベタ惚れする理由が分かるから余計に気に食わない。ふたりが相思相愛になれたのが嬉しい反面、同じくらい気に食わなかった。
勝がどんなにその壁を乗り越えようと頑張っても、様々なものを積み上げても、鳴海のたったひとつの戦闘スキル、たったひとりの最愛の女への接し方など、少ない持ち物が際限なく研ぎ澄まされている様がむしろ自分にはなく、器用貧乏、そう言われているような気がして(誰にも言われてないけど)焦りにも似た感情が湧いてくるのだ。



結果、中高生が父親に反発するように、勝も鳴海に突っかかるようになっていった。反抗するのは鳴海にだけ。他の仲町の面々には相変わらずいい子な勝で通っている。しろがねなんか勝が反抗期なことすら知らない。事情を知っている平馬が、勝の鳴海への態度が傍で見ていて酷いからしろがねから諌めてもらえば?、なんて提案もしてみたが鳴海は「放っとけ。流行病みてぇなもんだから」と痛痒もないようだった。それもまた子ども扱いされているようで気に入らない勝は、今度はなるべく鳴海とは顔を合わせないようにしたのだった。
現在は一時に比べてかなり落ち着きはしたが、それでもまだ鳴海を目の前にするとつっぱらかってしまう。
悔しい。
反抗、なんてものをする段階で子どもなのだ、ということも勝もよく分かっているのだ。
勝は苦苦しく煙草を灰皿の中に突っ込んだ。



平馬が勝の仏頂面で新しい煙草を取り出す様子をニヤニヤと眺めている。
「……なんだよ、へーま」
勝は唇を尖らせて不満そうな声を出す。
「いやぁ、何。ハタチも大きく過ぎているのにこのお坊ちゃまはいつまで反抗期なのかなぁ、って思ってさ」
どんな話題が出てもむっつりとした顔を崩さないくせにいちいち鳴海の言動が気になっているのが見て取れて平馬は面白くて仕方が無い。
「うるっさいなぁ」
「放っといてやれって、平馬」
鳴海は勝の反抗なんて幼稚園児がいきがっているくらいにしか思っていないようで泰然自若としたものだ。
「大人になりゃ、自然に治まるもんだ」
「うるさいよ、兄ちゃんも」
イライラとライターで火をつける。
勝の更にふてくされた声に鳴海と平馬は目を見交わせてふたりでニッと笑った。



むううう。
勝はぎゅうっと眉根を寄せる。
この空気も何だか嫌だ。
そう、兄ちゃんとへーま、このふたりって妙に仲がいいんだもん。



これも自分の不義理のせいだってことは分かっている。
滅多に日本に戻ってこない上に戻ってきてもすぐに発つ勝と違い、鳴海としろがねはもう少し頻繁に帰国し仲町にもマメに顔を出している。仲町に来ると割りと長く滞在もする。しろがねが仲町サーカスを『実家』と捉えている色が濃く、『里帰り』がしたくなるようだ。
その間、鳴海が仲町サーカスの中で年が一番近くなった平馬と親交を深めることは決して不思議なことではない。平馬は元々ブラコンなので鳴海のようなアニキ属性には弱く、鳴海に懐くことも理解できる。
勝にとっての、兄の鳴海と親友の平馬。
鳴海にとって勝は『弟』だ。平馬みたいに友達のように接することはまずない。
平馬は同学年の小さい頃の親友だから、鳴海に対するような友情に尊敬を絡めてくることはあり得ない。
鳴海にとって平馬は『弟』だとも思っているだろうが、今ではしっかりと友人になっている。
平馬は鳴海のことを純粋に尊敬し、『兄』『友人』『拳法の師』、色んな意味で慕っている。
このふたりが自分には見せない『ダチ』顔で仲良く話している姿にも……勝は何だか妬けてくる。自分は知らないけれどふたりが知っていることを前提の会話を出されたりされると疎外感を感じてしまうのだ。
鳴海も平馬も勝を疎外なんてしてはいない。そんなことを気にするような相手じゃないのに。
リーゼにもヤキモチを妬いて、兄ちゃんにもへーまにもヤキモチを妬いて、何なんだろ、僕って。



「平馬さん!団長が呼んでますよ?」
団員がラウンジの入り口から平馬にそう声をかけた。
「分かった、今行く!悪い、ちょっと行ってくら。勝、ごめんな」
せっかく来てくれたのに落ち着かなくって、と平馬は席を立った。それから平馬はこそっと鳴海に耳打ちをして鳴海から相槌で返事をもらうと、ふたりだけで会話をして去っていった。
うわ、何だかその馴れ合いが気分悪い。
勝のヤキモチがこんがりと妬き上がる。勝の周囲が煙草の煙で真っ白になる。
「平馬なんだって」
「んー?」
鳴海はヤキモチ顔の勝をまじまじと観察するように見た。
「な、何だよ?」
「おまえ、変わったな?心境の変化でもあったのか?」
鳴海が図星をストレートに指してくる。
「な、な、何でそんなこと言うの?」
「顔つきがちょっとなぁ」
「ちょっと何?」
「なぁんか、表情豊かになってねぇか?オレの前だってのに」
「え?」
勝は両手でバッと顔を覆う。鳴海はそんな勝を面白そうに眺めた。



「平馬がさ、リーゼとなんかあったんじゃないか、訊けたら訊いといて、ってさ」
「何でそんなこと」
「分かるさ、おまえとオレらとどんだけ付き合いがあると思ってんだよ」
鳴海のその言葉に勝の疎外感がサッと薄れた。少し嬉しかったけれど変わらず反抗的な態度は崩さなかった。
「おまえって平馬に気兼ねしてあんまりリーゼネタはアイツとしねぇんだろ?」
「僕、兄ちゃんにだってリーゼの相談なんかしてないじゃん」
「オレとは顔を合わせねぇように苦心してんだろ?リーゼの話どころじゃねぇわなぁ」
鳴海は勝にとっての自分の役所を心得ているので勝がどんなに突っ張ってもまるで平気だ。幼いときにはすでに肉親もなくいい子を演じることの多かった彼には体当たりできる存在が必要なのだ。そして勝が人並みに反抗心をぶつけられるのが自分だけだと知っている鳴海は幾らでも、そしてあえて壁になってやろうと考えていた。自分を乗り越えたとき、勝は自分なんかよりもずっとデカい男になれるだろうから。兄弟、というよりは父子に近い目で勝を見守っていた。息子は父親を乗り越えなければいけないのだ。



「だからってプライベートを兄ちゃんに話す気はないからね」
勝は白い煙を吐き出しながらできるだけ鳴海よりも年上の顔を作ろうとする。が、それも
「でもリーゼはオレが仲町に帰ってくるたんびに、オレにおまえの相談してくるぜ?」
という鳴海の言葉にあえなく霧消した。
「ホント?!何で?!」
鳴海は、テーブルに乗り上げるようにして話に食いつく勝を楽しそうに笑いながら見てコーヒーを啜った。勝はごほん、と咳払いをして居住まいを正すと話を続けた。
「で、リーゼさん、僕のことなんか言ってる?」
「何だよ、気になんのか」
「当たり前でしょ?」
「だったらもうちょっとマメに帰ってやれよ。フウの仕事は半年に2回に帰国がせいぜいのペースじゃねぇだろ?最近じゃサーカス修行だって落ち着いてんだろ?」
鳴海は少し真面目な口調でコーヒーカップの向こうから痛いことを言う。
「だから帰ってきたよ。前回から1ヶ月も空いてないんだから。今度はリーゼのところにだって5日も滞在して…」
「うん。だから何でこんなに短いスパンで戻ってきたんだよ?いつもなら一日二日でいなくなってんだろ?その理由が訊きてぇなぁ。何かあったのか、リーゼとよ?」
「う…別に何にもないよ」
誤魔化しながら勝は次の煙草を選ぶ。
「そおかぁ?だったらオレもリーゼがどんな相談をしてくるのかは教えられねぇなぁ」
「ぐ…」


イノシシのくせに!何だか妙に誘導尋問が上手くなっているじゃないか!
リーゼが自分のネタでどんな内容の恋愛相談をしているのかは勿論気になるところだけれど、何でリーゼがよりにもよって鳴海を相談相手に選んでいるのかの方が気になるような気がする。周りには涼子だっているし、たまに会う点では一緒のしろがねだっている。
男目線の相談相手が欲しいってこと?それでそれが何でナルミ兄ちゃんなの?
勝はちっとも落ち着かず、納得がいかず、ただただイタズラに煙草をふかし続けた。



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