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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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確かにそれは私が欲しかった言葉だ。
だけど、違う。
それはおまえから欲しいのじゃない。
欲しいのは、カトウの口から。
私の唯一無二の男の唇から出た言葉だけだ。
それ以外は、私には何の価値もない!





しろがねが腕をつっぱねるのと同時に彼女の携帯が鳴った。しろがねは、邪魔が入ったことでリシャールの腕が一瞬緩んだ隙に素早く抜け出し、バッグを取り上げると窓際まで避難した。
「すまない、電話だ。話は中断させてくれ」
リシャールは小さく舌打ちをして温くなったシャンパンを口に含んだ。
一方のしろがねは荒げる呼吸を抑えながらバッグを弄り、助け船を出してくれた携帯を探す。探し当てた携帯のディスプレイに光る名前を見て、しろがねは思わず泣きそうになってしまった。





あれから何十回とかけただろう。日本とフランスの時差があるので出られない時間帯もあっただろうがそれにしても出てくれない。折り返しの電話もない。決意してから6時間近く、ウトウトとしては起き、起きると電話、を繰り返している。そろそろ鳴海も会社に行く支度をしなければならない。
「まぁ……最近は……電話に出た試しねぇもんなぁ……」
売れっ子シルカシェンは忙しいから。普段のオレの素行が悪いから。
電話の返事も短いメールで済まされることの方が多いし。
身から出た錆とは言え、悔い改めた今ではこの現状はかなりキツい。
「オレの着信なんて、また来た、面倒臭い、くらいにしか思ってねぇんだろうな」
あ~あ、と欠伸と混じった特大の溜息が立て続けに出てしまう。これでダメならシャワーを浴びてこざっぱりしたところでまたかけてみよう、なんて考えた時、突然呼び出し音が止まった。



「…もしもし?」
久し振りの声。胸が熱くなる。
「もしもし」、たったそれだけで自分が如何に彼女に恋焦がれていたかを知った。
「し、しろがね?」
「何をそんなに驚いた声を出している?」
「いや…何度か電話してたんだけどよ、全然出なくて。今度もダメかなぁって思ってたとこおまえが電話に出たから」
かかった、嬉しい。何十回とかけて音信不通だったのだから、期待はしていてもまさかかかるまい、と思っていたのに。それにしても自分が電話したのは、何度、なんて可愛いもんじゃない。電話を切った後に履歴を見て、しろがねはさぞかし驚くだろうくらい電話をかけた。驚く、いや嫌がるかもしれない。でも、鳴海が驚いたことにしろがねは電話に出られなかったことを「すまなかった」と謝った。



「ちょっと取り込んでて。履歴の確認もしていなかった」
「いいんだ、別に」
「…電話くれていたのか?」
「ああ、まぁ……ちょっとな」
だから、ちょっと、なんて可愛いものではない。しろがねが目の前にいるわけでもないのに目は泳ぎ、ちょこちょこと鼻を掻く。
「それでどうかしたのか?私に何か急ぎの用か?」
「あ、……その……」
今すぐに声が聞きたかった、どうしても訊きたいことがあった、一刻も早く伝えたいことがあった    言いたいことは山ほどあるのに、どれひとつ口に出せない。とりあえず今思いついた、優先順位が絶対に一番最後の話題を最初に持ってくる。



「あ、あのさ、もうじきフランス興行終わりでこっち帰ってくるだろ?」
「ええ」
「そんときさ、オレ、空港までおまえを迎えに行こうかなー、とか思って」
「……」
無言の返事。いささか唐突すぎたか、と反省する。
「どうした?珍しいこともあるものだな」
気のせいか、しろがねの声が笑っているような気がする。
「珍し……まぁ、そりゃそうだな」
今まで一度だって興行先からの戻りを【迎えに行った】ことなんてない。戻ってくるしろがねを【自宅で待つ】のが常だったから。



しろがねはいつだって、東京に戻ってくる時は鳴海の家を宿にした。新しくてきれいなマンションではなく、鳴海の祖父が遺した古い家を好んだ。他の都市ではマンスリーマンションで一人暮らしをしていても東京には彼女自身の拠点を持たず、当たり前のように鳴海のところに帰ってきていた。次の興行に経つまで、彼女の眠る場所は鳴海の腕の中だった。まるでそれが、彼女の帰巣本能であるかのように。
鳴海はそれが嬉しかった。しろがねがいる間は誰からの【誘い】も断った。毎晩、しろがねを抱いて眠った。満たされていた。しろがねが隣にいる、それだけで満たされていた。しろがねは毎晩、鳴海の腕の中に帰ってきてくれていたのだ。
それに意味があるかどうかなんて、考えもしなかった。どうして考えなかったんだろう?自分が一番の、しろがねの理解者だと自負していたくせに。ずっとずっと、しろがねの心を放置していた。誰よりも愛していたのに、否、誰よりも愛し過ぎていたから、彼女の心が自分に向いていない事実を突き付けられるのが恐ろしくて、目を背けていたんだ。



オレよ、もう逃げないことにしたんだろ?
鳴海は深呼吸をして、話の核心を切り出した。



「あの、よ、オレ……おまえに大事な話があるんだ」
「大事な…?」
「ああ」
「カトウ?」
「ん?」
「あなたの話が終わってからでいい。私もあなたに伝えたい、大切なことがある」
「そ、そっか」



しろがねの伝えたい大切なことって何だろう?とても気になる。ごくり、と鳴海の喉仏が大きく上下した。とりあえずは自分の話が先だけれど。
「じゃ…オレの話から。オレ、これまでの生活態度っていうか…平たく言やぁ女性関係っつーか、それを改めることにした。オレ、不真面目もいいとこだったよな、本当に、悪気はなかったんだけど」
「え?」
「それで、オレ、これからは本命一本に絞ることにした。だからそれ以外の女とは関係を清算することに決めたんだ。精算って言っても、皆、お互いに割り切って付き合ってきたから後腐れはねぇだろうけどさ」
「……」
「だから」
その時、電話の向こうで誰かが口を挟み、鳴海の話の腰を折った。



『ずい分と長い電話だな?日本語?ナカマチからかい?』
フランス語。若い男の声だった。
『リシャール、今大事な話をしているのだから静かにしてくれ』
リシャール、しろがねは相手をそう呼んだ。リシャール、あの雑誌でしろがねと結婚の噂を立てていた男の名前だ。ゴシップ記事の裏付けがしろがねに訊ねるまでもなく思いも寄らぬ形で取れてしまい、鳴海は不安に心臓を鷲掴みにされてしまった。
返すしろがねもフランス語だった。しろがねは鳴海がフランス語のヒアリングが出来る事を知らなかったか忘れているのか、緩く塞がれた受話器の向こう、無防備にフランス語で話している。鳴海を無視してふたりの会話は続く。



『オレたちも大事な話をしていたじゃないか。その電話のせいでいいムードがぶち壊しだよ。早く切り上げてくれないか?』
『待って』
『早く愛し合おう』
『…ッ!…お願い、今は電話をさせて』



何とも男女の匂いが赤裸々に感じられる会話だ。フランス時間は今何時だ?鳴海は壁にかかった時計に不安定な視線を向ける。東京が朝ならフランスは情事を邪魔されたら男が苛ついても可笑しくない時間じゃなかったか?
しろがねが履歴に気づくわけがない。だって恋人とお楽しみだったのなら。
しろがねは今、ベッドの上で一糸まとわぬ姿で電話しているのか。隣に痺れを切らせた男を従えて。滑らかな肌に男のキスを受けながら、男の愛撫を受けながら、快感を噛み殺しながらオレと話をしているのか。オレだってしろがねがこの腕の中から他の男と会話を始めたら絶対に面白くなくて、そうやって邪魔するに決まっている。
鳴海は総毛立つ想いに耐えていた。今更ながらに、しろがねが電話の向こうにミンシアを感じ、露骨にフェラチオを始められた時どんな思いをしていたのか、身をもって知った。もしもそれが想いを寄せる相手だったならば、心は木端微塵になる。



「待たせてすまなかった。それで?」
申し訳なさそうなしろがねの声。
なぁ、しろがね。オレとの電話で他の女が透けて感じた時、おまえはこんな風に苦しんでくれたのか?それとも呆れるだけで何とも思ってなかったか?
今の自分じゃ何を言っても嫉妬に塗れた言葉しか出てこない。鳴海は自分の腿にぐぐ、と爪を深く食い込ませた。
「恋人と一緒にいたのか。そうだよな、こんな時間に。悪かったな、邪魔した、すまん」
「あ、あの」
「実はさ、おまえとリシャールとかいう男の結婚話が載ったフランスの雑誌、読む機会があってさ……おまえも人が悪ぃよなぁ、秘密主義で。今一緒にいるの、そいつなんだろ?」
「そのこと…」



声が震えないように懸命に御する。努めて明るい口調を心がける。しろがねからの明確な答えは聞きたくもなかったから弾幕を張るかの如くしゃべり続ける。
「話はまた今度にするよ。待たせたら恋人に悪いだろ?とにかくさ、大事な話があって詳しい話は直接じゃないと、やっぱな。空港に迎えに行くってのはガチだから。飛行機が決まったらメールしといてくれ」
「待って、カト」
隣に男待たせて、何をオレと話すことがあんだよ?
「私の話を」
「んじゃな」
最後の方は早口でまくしたてて、一方的に切った。



ことん、と開いたままの携帯が手から滑り落ちた。
「逃げねぇって決めてたんじゃねぇのかよ…」
大きな両手で顔を覆う。目頭が熱くなる。
「空港に迎えにいって、フィアンセがいるしろがねに何の大事な話をするつもりだよ…?何にも、考えたくねぇ…」
考えたくないのに、電話を切ったしろがねが日本の愚かな男の話をピロートークに恋人と甘い時間を満喫する姿ばかりが脳裏に浮かぶ。
何もかも自業自得だ。自分がやってたことを他人にやられたからって何を傷つくことがある?自分だってしろがねとの電話を切った後に他の女を抱いただろう?誰に抱かれようとしろがねの自由だ。
「ああ…しろがねの話、聞かねぇで切っちまった。ホント、ダメだなぁ、オレ…」
はあ。溜息をつきすぎて胸が潰れてしまいそうだ。鳴海は項垂れて、苦しい想いを洗い流すために風呂場に向かう。鳴海のいなくなったひっそりとした部屋で、取り残された携帯が鳴り続けた。





取りつく島もなく切られてしまった電話をすぐに折り返したものの主はもう電話に出てはくれなかった。
「……あ……絶対に誤解してる……」
万に一つ、と言いながらも今回のフランスのゴシップ誌が鳴海の目に止まることはないと考えていた。リシャールに文句を言ったのは今後、日本在住の人間にも分かるような情報配信全てを止めてもらおうとしてのことだった。だのにまさか、一発目のコレが鳴海の知るところになろうとは!
「きっと…あの記事を読んでカトウは信じたのだ。私とリシャールの関係を…結婚間近だなんてデマを…それで私との関係解消を…それで…ミンシアさん一本に…」
自分が他の男といるのに平気で電話を切るということは、自分が誰と何をしても気にしていないということだ。自分が本命ならば何か言ってきた筈だ。カタカタと小刻みな震えがしろがねの全身を襲う。このまま日本に飛んで鳴海に直接、誤解を解きに行きたかった。けれど明日も興行がある。まだ半月、興行が残っている。



「できるだけ電話して……嫌だとかそんなこと、言ってられない……」
このままじゃ何もしないまま鳴海が盗られてしまう。鳴海がいない自分の未来、そんなものは考えられなかった。
私はカトウの本命ではない。
分かってた…分かってた筈だろう?
でもいきなり、これは何?これは何の罰?
虚勢を張るのに必死で、カトウにやさしくしなかったから?



「電話終わったのか?」
リシャールが軽やかに近寄ってきた。夜景を臨む窓に手をついてしろがねを閉じ込める。
「さあ、オレたちの大事な話に戻ろうか?Ma cherie…」
これからが本腰、今日はしろがねを帰すつもりはない。もしも拒んだら腕力にモノを言わせるつもりだ。女が男の力に敵うわけもない。リシャールは顔を近づける。
ばきいッ!
と鈍くて派手な音が響き、リシャールはもんどり打った。しろがねの拳がリシャールの顔面にクリーンヒットしたのだ。
「な、何を・・・」
「だから言っただろう!おまえが余計なことをしたせいで拗れなくていいものが拗れてしまった!どうしてくれる!」
胸倉を掴まれてガクガクと揺さぶられる度に後頭部がガンガンと床に叩きつけられる。乱暴を止めさせようと女の細腕を握るもののしろがねの手は緩まない。物凄い剣幕でしろがねに怒鳴られてリシャールは言葉も出ない。
「ああもう、こいつとこうしてはいられない!遠距離でも出来る限り誤解を解く努力をしないと!」
しろがねはリシャールをこっ酷く突き放すと荷物を引っ掴み、疾風のように豪奢なスウィートルームを後にした。



End
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