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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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12月になると街はどこもかしこもすっかりとクリスマスカラーに染まっている。人も建物も、瞳に眩しい色や光の氾濫に巻き込まれる。今にも目前に赤い服の男が現れそうな曲がそこここで流れ、見ているだけで人々を幸せな気分にさせるデコレーションあふれる、魔法の季節。
そんなムードの最中を特に何も気にする風でもなく、銀色の髪の女がカツカツと硬いヒールの音を響かせながら人波を縫って歩く。彼女に気づいた街行く幾人かが振り返って好奇心がたっぷりとこもった視線を不躾に投げかけているのは決して気のせいではないだろう。女は苦々しく小さく舌打ちすると無礼な視線を振り切るようにとある高級ホテルのエントランスに飛び込んだ。
ホテルの中も見事な装飾で模様替えをしていた。ロビーに設えられたクリスマスツリーを色とりどりのオーナメントが賑やかにしている。女はしばし立ち止まり、見事なクリスマスツリーを見上げた。



外国ではクリスマスは家族と祝うものだ。彼女には家族というものがなかったからクリスマスを祝ったことが仲町サーカスにやってくるまでなかった。だから、生まれて初めてクリスマスパーティをした時、自分に家族ができた実感に途轍もない感動を受けたことがある。とても小さい貧乏サーカスだったから、手作りのささやかな、お世辞にも豪華とは言えないパーティだったけれど、とても温かくてとても楽しかった。あの頃のサーカスには彼女が愛する男もいて、クリスマスは毎年、彼と祝っていた。
それが仲町サーカスが急成長をし、団員も増えた辺りからクリスマスも変わった。あのアットホームなクリスマスパーティは姿を消し、時を同じくして男はサーカスを退団していった。外国では家族と祝うものでも、日本では恋人と過ごすのが一般的なクリスマスだ。彼女と男は恋人ではない、男が退団してしまってからは家族でもなくなってしまった。



会えば身体を重ねる深い関係なのだとしても、クリスマスをともに過ごす間柄ではない。無条件で男のクリスマスを貰える立場にはいない。欲しくとも彼女から男にクリスマスの約束を取り付けることはどうしてもできなかった。男の方から会おうと言ってくれたこともない。男が誰とどんなクリスマスを過ごしているか、など知らなくていい。知りたくもない。
今やクリスマスシーズンは彼女にとって苦行の季節でしかない。本当は、男とクリスマス特有の幸福感を共有したかったから。でも、それを違う女が満喫しているのかと思うと胸が引き裂かれそうな苦しみに見舞われる。
今もこうしてホテルのクリスマスツリーを見つめながら身震いする程の胸の痛さに堪えていた。苦しみを振り切るようにクリスマスツリーを視界から出すと、真っ直ぐにフロントに向かい、訪問先を告げ取り次ぐように命じた。彼女を通す許可はすぐに得られ、エグゼクティブフロアに通じるエレベーターに乗り込み、セキュリティドアで目的の部屋の呼び出しをする。イライラと厚い絨毯を爪先で踏みしめる彼女の鼻先でオートロックの扉は開いた。



「どうしたんだい、しろがね?こんな時間におまえの方から訪ねて来てくれるなんて」
豪華なスウィートルームの大きなソファにゆったりと身を委ねながらシャンパンを楽しんでいる男が大袈裟な歓喜の声を上げる。
「リシャール、この記事は一体どういうつもりだ?!」
最大級の歓迎の意を表そうと立ち上がって腕を広げるリシャールの傍らにしろがねは雑誌をばしりと投げつけた。まともに相手をする気など初めからない。
「私はおまえのプロポーズを受けた覚えなどないぞ?」
リシャールは腕を下ろし、取りあげた雑誌をパラパラとめくる。
「シルカシェン・リシャール、結婚秒読み……最近、オレのメディア露出が多くなってきたから仕方ないんだけど。一介の芸人にもパパラッチもつくんだね」
口の端が華麗に持ち上がっているあたり、リシャールには悪びれる気もないらしい。
「空々しいことを言うな、おまえが流したネタのくせに。おまえ直々の取材記事がきっちり載ってるじゃないか」
「さあてね」
「この隠し撮りだっておまえは知ってたんだろう?見ろ、この素晴らしいカメラ目線!」



近寄って雑誌の写真に指差すしろがねの肩をリシャールがさりげなく抱いた。しろがねはその腕を払い、リシャールの間合いから充分離れたところに位置を取る。
「おいおい、これは恋人同士の距離じゃないだろう?」
「私はおまえと恋人になったことなどない」
「ベッドで愛を交わしたこともあったのに」
「相変わらず自惚れが強いな。何年前の話をしている?それに私がしたのは性欲の解消であって愛を交わしたことは一度もない」
「ハッキリ言うね」
「事実を話しているだけだ」



鳴海と出会う前に少し関係があった。団長の息子と近しくなっておくことは流れの女芸人にとって悪い話じゃないからだ。メガラニカを退団してからは疎遠になっていたが仲町が成長し始めた頃に再会し、鳴海への当てつけで2度ほど寝たことがある。
「こうでもしないとおまえはオレのプロポーズに向き合わないだろうからさ。おまえの態度がこんな風に頑なだから、ちょっとアプローチの方法を変えてみただけさ」
「ふん。世間は浮き名の申し子リシャール・ベッティーの次のお相手はこの女か、くらいにしか思ってはくれないぞ?それくらいおまえの恋愛ネタは多い」
「色恋は芸の肥やし。スキャンダルもスターの仕事だよ。それにこれまでの相手は単なる遊びに過ぎない。オレの本命は出会った時からおまえしかいないんだから」
リシャールはしろがねの手首を掴んで一緒にソファに座らせた。腰を抱いてこようとするリシャールから素早く距離を取り、その顔を雑誌でブロックする。
「何にせよ、こういう『事実無根』を実しやかに語るのは今後は止めてくれ」
ラブコールを受け取る気がないしろがねに根折れして、リシャールも身体を起こし真面目な顔になる。雑誌をくるくると丸めるとそれで肩をとんとんと叩く。



「それじゃあ、少しばかり現実的な話をしよう。何か飲むか?」
「いい。何か変なクスリが入ってても困るからな」
「信用ないねぇ」
リシャールは大袈裟に首をすくめて見せた。
「おまえならやりかねないだろう?私を前後不覚してハメ撮り、してそれをネタに結婚を更に迫るとか。言っておくが、そんなものは私には強迫にはならないぞ?」
リシャールは「それも面白いな」とシャンパンで口を潤した。
「強迫のネタにならないというのならハメ撮り画像をゴシップ誌に流したって構わんわけで、じゃあこの記事なんかは痛くも痒くもないだろうに」
「注目されるのは嫌なんだ」
「おまえは芸人だろう?芸人は注目されてナンボだろう?アイドルと違って清純を売りにしてるわけでもない。おまえはオレを恋人ではないと言うが、おまえには噂を立てられて困る恋人自体がいないだろうに?いいじゃないか、スキャンダルは芸人としておまえの名前も顔も売れる」



その通りなのだが、しろがねはこんな風に色恋沙汰が取り上げられるのは嫌だった。確かに恋人はいない、けれど鳴海がいる。それがフランスのゴシップ誌であり、日本にいる鳴海が読む機会などないにしても万に一つということもある。しろがねは肩で大きく息をついた。ほんの少し前までならこんな記事が出ようが、それが鳴海の耳に入ろうが目に止まろうがどうってことはなかった。鳴海にはミンシアがいる。事実と反していても自分にだって他に遊ぶ男はいる、その裏付けになってちょうどいい、それくらいにしか思わなかっただろう。
なのにどうして、こんなにも火消しに躍起になっているのか。



それは鳴海と離れている時間があまりにも長過ぎるから。これまでも興行に出ればしばらく会えないなんてことは珍しくもなかった。けれど国内なら、何かの折に会いに行けた。鳴海も「サーカスを見に来るついでに」なんて言いながら会いに来てくれた。日帰りでも何でも。一目でも会えたら身体を重ねることができた。鳴海を深く感じて、刹那でも自分だけの鳴海にすることができた。即物的にテントの物陰でセックスしたことだって一度や二度じゃない。それくらい鳴海に飢えていたが、満たすこともできた。
でもフランスではそうもいかない。簡単には会いに帰れない、鳴海だって会いに来られない。たった数カ月離れただけで、もう何十年も会ってないように思われてならない。心も身体も乾涸びきって、鳴海の記憶の中の己など掠れてもうどこにもいないように思えて。遠くにいる可愛げのない愛している素振りを見せたがらない女よりも、近くにいる現実味のある自分を愛してくれていることが明確な女の方が親密度を増したって少しも可笑しくなんかない。



本当に、鳴海をミンシアにとられてしまうかもしれない。
それは嫌だった。怖かった。鳴海は、しろがねの鳴海なのだ。
束縛はできない、でもならばこれ以上、鳴海との距離を広げたくなかったのだ。



「そんなことで売名行為をする気はまるでない」
しろがねはきっぱりと言い切った。
「しろがねの名が売れるということはナカマチサーカスが注目されるということだ。ナカマチの皆さんはこのゴシップ記事、喜んでいるんじゃないか?」
確かに、団長には釘を刺されるどころか記事の相手とは顔を繋いでおいた方がいい、みたいなことを言われた。例えばしろがねがリシャールを毛嫌いしているとか、リシャールに人間的欠陥があるとか、そういう話ならば団長とてもしろがねを守るだろうがそうでないなら、「有名サーカスのボンボンを手の平で転がしとけ、おまえになら出来る」くらいに思われても仕方がない。仲町サーカスは大きくなった、日本では知らぬ者のいないサーカスになったと言っても、世界相手にはまだ無名に近いのだから。父親同然のリングマスターの頼みならできるだけ聞いてやりたいとは思う。



「おまえだって自分のサーカスの興行が評判いいと嬉しいだろう?オレはおまえがいるからナカマチサーカスに協力するようメガラニカに働きかけたんだ。【昔馴染み】だから、ね」
リシャールは、す、と甚く自然な動きでしろがねの手を取る。
「ナカマチ単体だったらこんなにスムーズにフランスで興行をうてたかどうか」
「分かっている。そのことは感謝している」
仲町の名前を出されるとしろがねもいささか弱い。実際にメガラニカが提携しフランス内の各所に働きかけてくれたおかげでメディアも数多取り上げてくれ、客の入りも良く盛況のうちに閉幕を迎えられそうなのだ。今度はリシャールの手を振り払うことをしない。
「ならば、おまえの出方次第でナカマチサーカスのこの先も大きく変わってくる、ってことも分からないではないだろう?」



リシャールはしろがねの指先に唇を押し当てた。ねっとりと唇を這わせ、音を立てて指を吸う。しろがねは眉間に美しい皺を寄せた。
「この身を、人身御供に差し出せと?」
「人身御供ってのは聞き捨てならないな。別にオレはおまえを取って食おうとしてるわけじゃない。愛しているんだ。以前のような恋人にならないか、と提案してるんだ」
囁くように説き伏せながら、リシャールの指がしろがねの頬を撫でる。
「だから、おまえと恋人だったことは…」
「分かった、分かった。恋人にならないか、と言っている。何べんでも言う、愛しているんだ、しろがね」
リシャールは頬から辿りついた指で顎を掬い、しろがねと唇を重ねる。リシャールの唇は軽く触れただけですぐに離れた。



「…リシャール」
リシャールはしろがねを深く抱き締め言葉を続ける。
「おまえがオレと一緒になってくれたら、更なるナカマチへの援助は惜しまない。何しろおまえの実家なわけだからな。ナカマチが興行をする際には必ず人員や技術、資材、人脈、出来うる限りの手伝いをさせてもらう。今後、世界のどこの大都市で興行しても大成功のお墨付き。……どうだい?悪い話じゃないだろう?」
「私の気持ちは無視か?」
しろがねの声は暗い。
「恋人はいないんだろう?問題はないじゃないか?」
「好きな相手がいるかもしれない」
「その相手はおまえを好きでないかもしれない。おまえみたいな女の気持ちにも気づかず、おまえに片想いさせるようなヤツじゃあ、どうしようもないだろう?」



鳴海のことがしろがねの脳裏に浮かび上がる。確かに鳴海はしろがねの気持ちを知ろうとしない、深入りを避けているようにも思える。ミンシアとの関係も「愛情はそこにない」と言いながらもずっと続いている。
もしも私が好きならば、私だけを見てくれるものではないのか?
ふ、と目を上げるとリシャールの部屋に飾られたクリスマスツリーが目に入った。色とりどりの電飾が楽しげに踊っている。しろがねの心は少しも楽しくないのに。今年のクリスマスを、鳴海が自分ではない他の誰かと楽しく過ごすのかと思うと、息もできないくらいに苦しくなるのに!
しろがねはリシャールの腕の中で小さく身を固くした。



色恋に百戦錬磨のリシャールはその実、しろがねがこうしてゴシップ記事に敏感になって文句を言いに来たのは彼女に好きな相手がいるからだろう、と分かっていた。でもそれがしろがねの片想いらしいことも言葉尻から察していた。相手の男に顧みられていない、苦しい恋をしているようだということも。
そこにつけ入る隙があることも。
「オレだったら……おまえの気持ちを見落とすことなんてありえない。もし、おまえが愛してくれるのなら一生涯、おまえだけを愛し抜くと誓うよ」
「スキャンダルの王子が何を言う」
「本当だ、他の女なんて絶対に見ない」



ああ。
リシャールの今言った言葉は、まさに私が欲しかった言葉だ。
しろがねは瞳を閉じ大人しくなった。リシャールの手が身体のラインをなぞり、耳朶にやさしいキスをする。最後に鳴海とセックスして以来、何カ月も男と縁遠い生活をしていた身体は敏感過ぎるほどにリシャールの愛撫に反応してしまう。愛している男の愛撫ではないのに。それを恥じてしろがねの耳が赤く染まる。
「可愛いな、しろがね。大事に、するから…」
リシャールの手の平がしろがねの服の中に忍び込んでくる。
「リシャール…」
しろがねはぎゅうっと唇を噛み締めた。



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