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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海は祖父の遺した古い家屋の他に、利便性の高いマンションをひとつ都内に構えている。自分の会社に近い、交通の便がいい、そして新しくて(比較的)きれい。(使う人間が鳴海である以上あちこちが散らかるのは仕方がない。)
そして鳴海がしろがね以外の誰かと【スポーツ】に興じるのはマンションの方だった。しろがねは決してマンションには来たがらないし、鳴海も古い家にはしろがねしか上げたことはなかったから、何となく【棲み分け】みたいなものが出来ていた。
如何にも男所帯といったワンルームには持ち主のサイズに見合ったデカいベッドしかない印象を受ける。まさに「寝に」帰るだけのような場所。



そんな第2の巣に、鳴海とミンシアがいた。仕事で来日していたミンシアが鳴海の仕事上がりを待って合流し、これから【スポーツ】に勤しむ準備をしている、といったところだ。しかし、いそいそとジャケットをハンガーにかけたりマフラーに皺が寄らないように畳んだりしているミンシアとは対照的に、鳴海の動作はノロノロとして見るからに気が乗っていない。
「はー…、姐さん、あのさ…今日はちょっと草臥れててさ、正直あんまり気分じゃねぇんだけど」
鳴海のセリフにミンシアは明らかに眉をひそめた。
「アンタ最近、誘ってもそればっか言うわね。どうしたの?」
「どうしたの、って言われても」
「実際に一回したら、はい終わり、だし」
「……」
鳴海はばさっと背広をベッドの端に放り投げた。



「ミンハイ、ダメじゃないの。背広が皺苦茶になっちゃう」
鳴海の背広を取りあげて世話をするミンシアの甲斐がいしい姿も、今の鳴海には気が重たい。何でこんなに女房面なんだろう、と。これまでそんなこと気になったこともなかったのに。大きな溜息が出る。すかさず、
「何よ、溜息なんてついて」
というツッコミも入る。
しろがねと離れている時間があまりにも長く感じ(実際に数カ月全く会わない、のは出会ってから初めての体験)、電話も通じず、向こうが何をしているのかがまるで分からず、あいつが誰かに抱かれて喜んでいるんじゃねぇか、オレの時とは違ってよがってるんじゃねぇか、オレのことなんかすっかり忘れてるんじゃねぇか、あいつにとってのオレの存在なんて大したことはないんじゃねぇか、オレばっかりが気持ちを膨らませているんじゃねぇか、今にもフランスに飛んで行って会いたい気持ちを昼も夜も抑えている、しろがねのことばかりを考えてる、しろがねを抱きたいのに腕の中にいるのが違う女と気付いた途端に萎えている、等、ミンシアにはとても言えない。



「いい若者を捕まえて枯れたオヤジみてぇに言うのは止してくれ」
ぶすっとした表情でネクタイを緩めながらベッドに乱暴に腰掛ける鳴海の膝の上に
「ねぇ、これ読んでみて」
という声とともに一冊の雑誌が放り投げられた。
「外国の雑誌……。フランス語か?」
「そうよ」
鳴海がそれを拾わないので、ミンシアが渡したばかりの雑誌を取り上げパラパラとページをめくる。
「今日フランスの子と一緒でね、これはその子が持ってたんだけど。面白い記事を見つけてさ」
「ふうん。さすがはハリウッド女優。いんたーなしょなるなこって」



鳴海は気のない風に靴下を脱ぐ。鳴海にとってはフランス=しろがねの図式が閃いて重たい気持ちが更に重たくなったので、どんな話題にも参加したくないのだった。
「どこだったかな……どうしてもミンハイに見てもらいたくて」
「何で?」
「だってミンハイの知ってる顔が載ってたんだもん」
「オレ?それゴシップ雑誌みたいなのだろ?何でそんなもんに」
「あった。ほらほら」
ミンシアは鳴海の手に雑誌を開いて押し付けた。「何だよもお…」と面倒くさそうにと受け取った鳴海だったが記事をチラと見た途端、ミンシアの思った通り、それに食い入るように見入る。



大きな見出しと大きく引き伸ばされた写真。
そこに写っているのは見覚えのある、というか忘れようとしても忘れられない綺麗な女性。
「しろがね…」
「ね、しろがねさんでしょう?」
見まごうことなきしろがねだった。
記事にはしろがねと、鳴海の知らない男の顔写真が並んでいた。その他、如何にも隠し撮りっぽい写真が数枚。男に肩を抱かれて歩くしろがね、高級そうなホテルに入っていくふたり、ホテルからひとりで出てくるしろがね……。しろがねは帽子やサングラスなどで顔を隠すこともせず、堂々と素顔を晒している。鳴海の良く知る、きれいな顔。
自分の大事な女と、そこに一緒に写っているニヤけた男との関係が気になって、鳴海は多少心得のあるフランス語を懸命に目で辿ろうとするが、如何せん、読むのは不慣れだ。そして鳴海の瞳は見出しのある単語から離れてくれない。



「Mariage…」
そこにはフランス語で『結婚』の見出しがつけられていた。



「その男の人ね、リシャール・ベッティーっていうフランスで超有名なメガラニカってサーカスの団長の息子なんだって。本人も花形シルカシェンでね、ほら、けっこうカッコイイでしょー?フランスでは下手なアイドルよりも人気があるって話。しろがねさんは数年前にメガラニカに所属してたことがあって、当時もふたりは噂になってたって…」
ミンシアはフランス人の友達に教えてもらった記事の内容を鳴海に披露する。
ミンシアとしてはしろがねの本命が他にいるということを鳴海に認識してもらいたかったのだ。ミンシアから見ても、鳴海につれない態度を取り続けているしろがねのことを当の鳴海は夢中になっている。特別な女、だなんて思っている。だけどしろがねにはこうして結婚の噂が立つような相手がいて、彼女が自分に振り向くことはないのだと鳴海が気がついてくれれば、しろがねへの執着も薄れる筈。そうすれば鳴海の中で比重の変動は確実、自分の愛情にも気がつくかもしれない、そんな計算があった。



「で、今回のナカマチ、だっけ?しろがねさんのいるサーカスのフランス公演を機に縒りが戻ったんじゃないかって。事実、メガラニカが今回ナカマチに色々協力したってのもリシャールとしろがねさんの繋がりが大きいって書いてあるって」
鳴海は顔色悪く記事に目を落としている。この記事を読むことで鳴海が傷心するならそれはそれ、自分はその傷ついた心を癒す存在に徹しようと考えていた。しばらくはしろがねのことを思い続けるにしても傍で支える存在がやがて次の恋愛対象になるなんてことはよくあることなのだから。



「姐さん…」
鳴海の普段よりもずっと低い声。どことなく震えている、感情を抑えようとしているのが分かる声。
「何?」
鳴海はすっくと立ち上がりミンシアの肩に両手を置いた。
「ミンハイ…」
鳴海が自分の慰めを求めていることを確信し、ミンシアは鳴海の胸に寄り添おうとした。その矢先、
「悪いけど、今日は帰ってくれ」
と言われた。鳴海は真っ直ぐコートスタンドに向かい、掛けられているミンシアのコートを手に取った。反対の手にはミンシアの大きなボストンバッグ。
「え?」
ミンシアはこの予定外の鳴海の行動に目を丸くした。予定ではこれから傷心の鳴海を身体で癒してあげる筈なのに。
「すまん。セックスする気分じゃなくなっちまった。元々あんまりヤる気はなかったんだけどさ」
「え?そんな……だって私、わざわざ」
そう、鳴海には「時間が空いた」とか「暇だから」なんて理由で約束を取りつけるミンシアだったが、本当はキュウキュウのスケジュールを鳴海のためにわざわざ空けているのだ。だけど、そんな努力をしているなんて鳴海には思われたくない。『姐さん』が単に【スポーツの相手】をしている、余計な感情は一切無しのライトな関係でなければ鳴海が自分とセックスをすることなんてないことはミンシアが一番よく分かっていた。それくらい鳴海という男は性に対してあっけらかんとしていて悪気が全くなくて、そしてしろがねのことしか考えてないのだ。



「悪い。帰ってくれ」
目上の自分に対して礼儀を欠いたことはこれまで一度もない鳴海だった。ミンシアの無理難題も何だかんだ文句を言いながらも大抵のことは聞いてくれる鳴海だった。しろがねさえ絡まなければ。けれど、目の前にいる男はしろがねの話題で明らかに気分を害していて、ミンシアの言葉にこれ以上耳を傾ける気配はまるでない。鳴海はミンシアの背中をぐいぐいと押すようにして彼女を玄関向こうへと押し出した。
「え、ちょっ、ちょっとミンハイ!靴くらい履かせてくれたって」
「姐さん、ホントすまん。オレ、冗談抜きで余裕がねぇんだよ」
鳴海はミンシアと目を合わすこともなく手元にタクシー代を押し付けるとバタリとドアを閉め、鍵を下ろした。
「そ、そんな、ミンハイ…」
ミンシアの思惑通り、しろがねの結婚疑惑の記事は鳴海の中での想いの比重変動を起こしたらしい。しかし、それはミンシアの思惑とは大きく違い、更にしろがねへと傾斜をキツくしただけだった。





ミンシアを追い返して、鳴海は再びベッドへと戻った。ベッドの上に置かれた雑誌には鳴海が恋する女の写真。隠し撮りされたしろがね。相手の男に向けている表情は鳴海も見慣れたもの以上に取り澄ましているようにも、自分といる時には見せない笑みを浮かべているようにも見える。
自分には見せない表情……鳴海はギリッと唇を噛んだ。
「違う…、これは笑みと言っても、あいつの…番組の時に見せるような作られたような笑みだ。いい、オレが欲しいのはこんな笑顔じゃない」



自分は生きた人形だからと悲しそうに俯いたあの表情が何年経っても忘れられない。あれからしろがねは晴れやかに笑うことはないにしても、鳴海に淡い笑みを時折見せてくれるようになった。例え淡くても彼女の心からの笑みが鳴海の求めるものだから。
自分に言い聞かせるかのように呟き、ベッドに腰を下ろし雑誌を手に取る。そうしてしろがねの結婚相手と称される男の面を憎しみを込めてようく見た。
長く伸ばした黒髪。がっしりした、服の上からでも分かる筋肉質の身体付き。甘いマスクはともかくとして、シルエットだけだったらとても似ていると思った。自分に。
「オレの方が背は高そうだが……顔も……断然オレの方がいい男だろ?こういうのがあいつの趣味なのか…?だったら」



だったら。
どっちが本命で、どっちが代替品なんだ?



オレとの間に結婚なんて言葉、一度だって出てきたことなんてありゃしねぇ。オレがしたいと思うことはあっても、あいつがそんな素振りを見せたことなんて一度もねぇ。
なら、本命は結婚に近いこの男で、長く離れている間の恋人の代用にオレを使ってるのか?背格好が似ているから?オレの向こうにこいつを見て、こいつとのセックスを比べながらオレに抱かれてるってのか?
鳴海はイライラが最高潮となり、雑誌を握力任せに真っ二つに引き裂いた。残骸をグシャグシャと丸め、ゴミ箱があると思われる方向に適当に放り投げ、自分はふてくされたようにベッドにひっくり返った。
「ちっくしょー」
呑み込んでも呑み込んでも次々と怒りが湧いてくる。



どうしてこんな気取った男がいいのかさっぱり分からん。オレの方が何倍もしろがねを愛している自信がある。何でしろがねはオレのことを…
そこまで考えて、雑誌の男と比べた時、自分がしろがねに選んでもらえない要因が思い当り急激に憤慨していた気持ちが萎んでしまった。
【スポーツ】と称して不特定多数とセックスするような男が結婚相手に相応しいかどうか、なんて訊ねるまでもないだろう。しろがねとしても遊ぶ相手としてだったら後腐れがなくて最高だろうが、生涯の伴侶を選ぶ際には一番初めに弾くに決まっている。そう、自分はとっくの昔にはねられている。



何考えてたんだろう、何やってたんだろう、オレ…。
鳴海はすっかり蒼くなってしまった。
「いやいや、ちょっと待てオレ。考えるんだ、自分が何をすべきかを」
まずは冷静になって。やるべきことを。
「そうとなれば…」
鳴海はむくりと身体を起こす。そしてノソノソと床に這い蹲って先程、部屋中にばらまいた雑誌の残骸からしろがねの写っているページを探し出す。
「あった!おお、よかった…しろがねは無傷だ…」



皺の寄ってしまったしろがねを丁寧に手の平でアイロンして伸ばす。それから鋏をどこからか持ち出して、いそいそと、夏休みの自由研究のために新聞の天気欄を切り抜く小学生の如くしろがねの写真を切り抜いた。
「雑誌に載ってるしろがねってのは貴重だからな…。ましてやこういう顔ってオレは見たことねぇし。このヤローの顔はマジックで塗り潰してやる、この、このッ!」
ささやかな攻撃を試みてちょっとすっきりした鳴海だった。スクラップされたしろがねをスケジュール帳にきれいに貼り付けると、それを眺めながら再度ベッドの上に寝転んだ。
気分を新たに決意をする。



「しろがねはオレんだ。そう、オレの女なんだ」
しろがねが自分を選ばないのは【スポーツ】云々以前の問題なのかもしれないけれど。
鳴海は決死の表情で携帯を手にする。長い長い呼び出し音。日頃の行いの悪さからしろがねは出てくれないかもしれない。けれど鳴海はしろがねが出てくれるまで、何べんでもかけるつもりだった。



End
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