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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。


しろがねの銀の瞳に月が映り込む。
その怖いくらいに綺麗で大きな月の上で、どうしてか兎が逆立ちをして餅をついている。
それでは頭に血が上って餅がつき辛かろうに。
頭がぼんやりとしか動かないしろがねには何故兎が逆様に映っているのかが分からない。
手足が重い。気だるい。
でも物凄くいい気持ちだ。
このまま動きたくない……。
しろがねはぼんやりと逆立ち兎を見つめ続けていた。



「大丈夫か?そんなんじゃ頭に血が上るぞ?」
可笑しそうに笑うような色の男の声がどこからかした。
私はカトウに笑われるような可笑しな格好をしているのか?
私は今、どういう状況に置かれているのだっけ、と考えているうちに彼女の股にティッシュがやさしく挟み込まれた。
それで自分の置かれている状況がよく分かった。



「ああ……そうか……」
しろがねはベッドに上下を逆にして仰向けに横たわっていた。
その頭はベッドの下方からずり落ち、南の窓にぽっかりと浮かぶ月と目を合わせていたのだ。
「何がそうか、なんだよ」
鳴海もまた枕の上に足を放り出して、しろがねの隣に並ぶ。
彼は呆けた様子のしろがねが面白いらしく、ニヤニヤとその頬が今だ上気したままの顔を覗き込んでいる。それに気がついたしろがねは
「何でもない」
とできるだけ声から熱っぽさを引いて素っ気無く返事をした。



「ほれ。ベッドから頭が落ちるぞ?」
「いい、私は月を見ていただけだ。放っといてくれ。ワザと、こうして頭を落としているのだから」
「へえ」
「何だ?」



鳴海の声が殊更ニヤけたものになった。
しろがねはそれを相殺しようとしてもっと素っ気無い声を出すという全く意味のない努力をしてみた。
「オレが突き押しすぎて頭がベッドからはみ出したんだと思ってたからよ」
「……ふん」
鳴海は大きな手の平で包み込むようにしてしろがねの頭を持ち上げると、自分の身体に引き寄せながら彼女をズルズルと引き上げ平らに戻してやった。
しろがねの首も頭も楽になる。
けれど礼の代わりに憎まれ口を叩いておく。



「月を見ていたのだと言うのに」
「まだ言うか」
「お節介」



しろがねは今度はうつ伏せになって月を眺めるフリをする。
鳴海は相変わらずしろがねを見透かしたようなニヤニヤ笑いで、隣の女に倣い身体を反転させた。
濃い女の匂いを漂わせるしろがねはぼんやりとしていて、その瞳に月は映っているけれど月を眺めてじっとしているわけではない。
鳴海はそれが分かっているから可笑しくて堪らないのだが、声に出して笑うと澄ましているつもりの女に怒られるので我慢する。



「なあ」
寄り添う鳴海の腕の温もりが気持ちいいな、などと呆けた頭で考えていたしろがねは顔を向けるでもなく、瞳を向けるでもなく、ただ「何だ」と短く返事をした。
「おまえってさ、いつも極力声を押し殺そうとするけど何で?声を出すのは自分のキャラじゃねぇとか思ってる?」
人を小馬鹿にしたような鳴海の質問にしろがねはようやく眉根を寄せて小さな反応を見せた。
「別に押し殺そうとなんてしてない。声を出すまでもないからだ。下手な演技なんてされてもあなたも萎えるだけじゃないのか?」
しろがねは嘘と意地悪を言う。
「酷ぇこと言うなぁ」
「それに……そんなことは私に求めなくてもいいだろう?」



しろがねの瞳に映る月の輪郭がはっきりとなった。
鳴海が自分以外に関係を持つ女性のことが脳裏を過ぎったせいで甘い余韻に浸る気分ではなくなってしまったのだ。
「ミンシアさんの方がカトウの愛撫にきちんと応えてくれるのだから、彼女で満足すればいい」
「おまえはどうしてこの場で他の女のことを持ち出すかね」
硬く冷たいしろがねの言動に鳴海は困惑した声を出した。
「本当のことだろう?」
「そりゃ、ま……ね」



自分の愛撫に積極的に応えてくれるのはしろがねかミンシアか、と訊かれればミンシアなのは明らかだ。
進んで何度でも鳴海を欲しがるのもミンシアの方だ。
だから鳴海はしろがねの問いに肯定するしか術はない。
「だったらいいじゃないか。私だって他の男相手では声を上げることもあるのだから気にするな」
しろがねは月から視線を外し、鳴海に向けた。
地上のふたつの月が鳴海を強く射抜く。
鳴海はニヤニヤ笑いを治め、不機嫌そうな皺を鼻の付け根に寄せた。



「……もういい、この話は止めようぜ」
「お互いにセックスする相手は他にも…」
「止めろってば」
鳴海はしろがねの言葉を遮った。
「どうして?本当のことだろう」
「だから、今、オレが一緒に居るのはおまえなんだから、姐さんのことも、おまえのセフレのことも口にすんなよ」
「だからどうして?」
「オレは聞きたくねぇ」



ふてくされたように言い放ち、身体を反転させ枕に戻っていく鳴海に、しろがねも身体を起こし苦しそうに瞳を細めた。
「……自分勝手だな。私とミンシアさんと同時進行している男が何を言う」
「同時進行はお互い様なんだろう?」
「……」
しろがねは、天井を凝視しているフリをしている鳴海が自分に瞳を向けて探っていることに気がついていたから言葉にせずとも「当たり前だろう」とボディランゲージをしてみせる。
しろがねにyesの意を表されて鳴海の不機嫌は増し、しろがねに聞こえないように舌打ちをした。
しろがねは猫のような仕草で鳴海の隣に滑り込む。



「カトウとミンシアさんはあなたが私とこうなる以前から続いている。私とこうなってもあなたはミンシアさんと続いている。私もあなたを特定だと思っていない。適当に遊ぶ相手は他に」
「分かったって!だからもう言うな」
鳴海はしろがねの肩を掴むと転がし、その上に圧し掛かった。
「何とでも言えよ。だけど、今は」
乱暴に圧し掛かられた割には鳴海の抱擁はやさしかったそうっと大事なものを抱えるかのように腕を回してくる。
しろがねは本当は言いたくもない、ある意味自虐的なことを口にすることは止め、鳴海の腰に腕を回し返した。



逞しい胸板の奥で力強く命を刻む音が聞こえる。
この温もりを知っているのが自分だけだったらいいのに。
「…もう言わない」
「そうしてくれ。おまえはオレに文句を言うときだけ饒舌なの、どうにかしろよ」
鳴海はまた何かを言いかけようとするしろがねの唇を塞いだ。
「今はこうして、オレとおまえでいるんだから。他のことは考えるなよ。オレも余計なことは考えたくねぇ…」
「ん…」
相手を求め合う気持ちを舌が唾液を弾く音に乗せる。






月のしずくで水を張った夜色の水槽に

黒と銀の2匹の水族が艶かしく泳ぐ。

でも、安住の場所が見つからない。

お互いの傍にずっといたいのに、そこまでどう行ったらいいのか分からない

迷子のサカナ。

意地の張り合いを止めたら

双方の心の平穏はすぐ近くにあるのに。






「今度こそ、声を上げさせてやる」
「…演技でいいなら」
「やめろって」



End





◇◇◇◇◇

postscript
この話の鳴海としろがねは恋人同士ではない、大人の関係です。微妙でほろ苦い関係(のつもり)。勝にばっか不義理なやんちゃをさせるのも悪いなぁ、と思ってちょいと性に関して緩めで大らかな鳴海にしてみました。女性の気持ちに鈍いのはそのままです。
恋人同士、という名前はつけずにお互いに別にセックスする相手がいるのだとしても、実は心はお互いに向いている、みたいな関係を書いてみたいな、というのが元です。
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