忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

原作にそったパロディですが

藤田先生のツイッターでの後付け設定である
「鳴海と勝は二度と会わない」
「逆転治療により『しろがね』は徐々に人間に戻る」、
この2点を踏まえていないSS、

またはスピンアウト気味のSSです。

且つ、恋猫シリーズは通して『からくりサーカス覚書。』のちささんとこの『自堕落な勝』がベースの勝×リーゼになってます。
リーゼを愛する本心と、DLされた他人の記憶から初恋を忘れられない二心でフラフラしている勝です。
原作のキャラや世界観が崩れるのが苦手な方はご退出ください。





彼女が薄目を開けるとシェードランプの橙色の仄かな灯りが見えた。シェードランプの灯りは弱弱しいながらも彼女の横たわるベッドの白いシーツ周辺を暖かな色に染めている。
どうやらウトウトと微睡んでいたようだ。ほんの少し前の記憶を手繰り寄せようと試みる。
深く吸い込んだ夜気に煙草の香り。
彼女は考えるまでもないわと、ふふ、と唇に小さな笑みを浮かべた。
普段は自分の家の中にはない、煙草の匂い。
あの人の匂い。



そう、昨日の夜遅く、男がやってきたのだった。彼女の愛する男が、彼女のマンションに。
何ヶ月ぶりだったろう。男はいつもふらり、と何の前触れもなくやってくる。
どうして前もって連絡のひとつも入れてくれないのか、彼女が言うと必ず返ってくる決まり文句。
君を驚かせようと思って黙ってたんだ。驚いた?
そうして彼女の口を噤ませる、とびっきりの笑顔を見せる。
来る、と分かっていればそれなりの用意をするものを。
それなりに、男のためにきれいにして待っているのに。
彼女は男のためにもうずい分と長いことを独りでいる。
いつ帰るか分からない男のことを独りで待っている。
彼女は男を愛しているから、それ以上文句は言わない。
彼女は男を家に上げ、久しぶりの再会を喜ぶ言葉のコミュニケーションよりもボディランゲージを最優先にする。そしてお互いの身体をお互いの体液で濡らす。何度でも。
電池が切れるまで。



今はふたりともの電池が切れ、充電モードになっているようだ。
彼女は身体の下に腕を不自然に畳み込んだうつ伏せの姿勢で寝ていた。
その肩には男の腕が回されている。
幸せな重み。けだるい身体は男と愛し合った情痕。
耳に空調の吐き出す空気の静かな音に混じり、規則正しい寝息が聞こえる。
彼女がゆっくりと首を転じると、長い黒髪が枕を擦りサラサラと布ずれのような柔らかい音を立てた。
鼻と鼻がくっついてしまいそうなところにあどけない顔で男が寝ている。
彼女は男の鼻の頭に軽くキスをした。男は起きる気配がない。



まるで猫のような人。
彼女の笑みが苦笑に変わる。
彼女は思う。
ふらり、と出て行ったまま帰らない。長い間、家の主を心配させて、気まぐれでふらり、とまた帰ってくる。落ち着いた頃にはまた、いつの間にかふらりといなくなってしまう。
そしてまた、いつ帰ってきてくれるのかと思いを馳せる毎日。



彼女は自分の身体の重みで痛みと痺れを訴える両腕を引き抜くと男を起こさないように音を立てないように肘を立て半身を起こした。重たそうな両の乳房が撓む。
うつ伏せだと豊満な胸が潰れて苦しい。
彼女が男を好きになった頃、その胸はとても小さかった。
当時のサーカスで共に寝起きをしていた年上の女ふたりの胸があまりにも大きくて羨ましくて仕方が無かった自分を思い出すにつけ、可笑しくてこそばゆくなってしまう。
彼女は男のこめかみの髪を指で梳く。



そこには大きな傷の痕。
伸びたようなピンク色の肌を指でなぞる。
男はぴくりとも動かない。
彼女は細い指を男の肌の上に滑らせて身体に残る無数の傷跡に触れ、その数を数える。
星の数を数えるように。眠りの羊を数えるように。
ふと、彼女の円らな黒い瞳に暗い影が差す。



あなたの身体の傷の数を知っている女はこの世に何人いるの?
私が何にも知らないとでも思っているの?
もう何年も世界を巡る旅をする若い男が、女無しでいられるわけがない。
帰ってくるたびに上がっている性技のスキルに自分が気が付かないとでも思っているのかと思うと、ずい分なめられたものね、と呆れたような吐息が漏れる。



気まぐれ猫さん。
あなたが家を空けている間、飼い主は自分以外の他所の猫を可愛がったりしないとでも思っている?
寂しさから、自分の猫の代わりにエサをあげたりすることなんてないとでも思っている?
小さかった胸を肩がこるほどに大きくしたのが自分だけだと思っている?
分母が365、あなたの分子はいくつ?
数えるくらいの分子を365から引いて、その残りの大きな数字を全部、私が独りで過ごしているとでも思っているの?本気で?



先に述べた胸の大きな年上の元同僚のうち、ひとりは夭逝してしまった。
もうひとりは愛する男と幸せに暮らしている。
彼女はその銀色の女が今も羨ましくて堪らない。
胸の大きさが、ではない。
常に愛する男が一緒にいてくれることが、だ。



銀色の女とそのパートナーの大男は一時、険悪な関係にあった。
殺す、殺される、そんな関係。修復は不可能だと誰もが思っていた。
ふたりの未来は真っ黒だった。
だのに想いが通じ合った瞬間、彼らの未来は真っ白になった。
それ以来、ふたりは離れたことがない。
離れようとしない。離れるつもりがない。
肉体も精神も密接に結合していることが誰の目にも明らかだった。



彼女にとっての男が気まぐれな猫ならば、銀色の女にとっての大男は番犬だ。
いつでも傍に侍っていてくれる。
それも介助犬、盲導犬というような相手を導いてくれるような犬だ。
別に銀色の女がハンディーキャッパーというわけではない。
普通の犬よりもなくてはならない絆が段違いで、その相手の依存度も比較にならないということが言いたいだけだ。
ふたりの間には自他共に認める強固な愛がある。
現実世界に具現化が可能に思える可視の愛。
銀色の女は過去はともかく、現在と未来に関して大男の愛情を疑うことも、それに不安を覚えることもないのだろう。



彼女はそれが羨ましい。



確かに彼女と男の間にも愛はある。彼女は男を世界中の誰よりも愛している。
男も自分を愛してくれているとは思う。
けれど、自信がない。
彼女は男の肌にてのひらを沿わせた。
男はぴくりともしない。完全に熟睡している。
自分の胸元に安心を覚えてぐっすりと眠ってくれることは嬉しい。
でも、もしかしたら既に自分は男にとって古女房の位置づけで緊張感がすでにないだけなのかもしれない。



男も自分を愛してくれているとは思う。
けれど、不安になる。寂しくもなる。
ずっと独りでいると人肌が恋しくなる。



私はあなたにとって何なの?
そこにかけがえのない愛ってある?
私じゃないとダメ、そんな風に思ったこと、ある?
女は言葉にしてもらいたいものなのよ?



彼女はシーツに潜り込むと男の肌に頬を馴染ませる。
男の寝息のリズムが乱れた。
寝息が元通りの規則正しいものになっていくのを感じながら彼女は目蓋を下ろす。



眠れないのよ、私は。
あなたに触れていると体中が熱く燃え盛って眠れやしないの。
あなたのために私がどれだけの夜を涙で濡らしたと思っているの?
泣けば泣くほどやさしい女になるなんて嘘よ。
苦しくて、寂しくて、それから逃げ出したくて自暴自棄にもなるわ。
どんどんさもしい女になっていく自分が嫌になっていくの。
こんなに近くに寄り添っていたって不安で不安で仕方がない……!



空調の音が不機嫌そうな低い唸り声を出す。
彼女がじっとその音に聞き入っていると男が不鮮明な寝言を口にした。
彼女はハッとした顔を上げて男の唇を見つめた。
男がもう一度、同じ寝言を繰り返す。



アイシテルヨ、リーゼ。

マッテテ…。



彼女は男の喉元に顔を寄せた。涙と吐息が同時に零れる。



シンジテイイノ?



彼女はてのひらで男の肩を温めた。
身体を擦り付けるようにして男の身体が現実に存在していることを確かめる。
この温もりが虚像でないことを確かめる。
不安であることには代わりがない。
けれど彼女はいつまでも待とうと心に決めた。
気まぐれな恋しい猫がいつか、自分の膝の上を安住の場所だと認めてくれる日がやってくることを。
だって男は彼女のすべてなのだから。



End





◇◇◇◇◇

postscript
タイトルは火曜サスペンス劇場の大昔のエンディングテーマ、岩崎宏美さんの「夜のてのひら」。歌の中で女が数えるのは男のホクロですが、勝は傷の方が目立つので。正確には縫い目の数かもね。
世界を放浪し、おそらく好き勝手やっている勝を日本で待つリーゼだって、ただひたすら待っているだけじゃない、と思うんですが。彼女だって自分の経験値をあげたっていいと思うんですよね。若いんだし。勿体無いよ。
勝とリーゼの絡みは恥ずかしくて書けない私ですが、ふたりを大人にしてリーゼの怪しい日本語をとっぱらえば書けるかもしれないことが判明……何となく、『からくりサーカス覚書。』のちささんとこの勝がベースになっちゃうんですよね、私の書く未来の勝も(苦笑)。ちささん、ごめんね(汗)。
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]