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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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それからしばらく、鳴海が仲町サーカスに寄ってもリーゼから相談を持ちかけられることはなかった。どうやらヤキモチ勝はかなりリーゼの私生活が気になるようで定期的に日本に帰っているようだった。おかげでリーゼは打って変わってニコニコで心寂しさや疑心暗鬼なんかは見るからに薄れているようだった。
「ノープロブレム、って感じだな」
と鳴海が言うと
「ふふ。お蔭様で充実してます」
と、頬っぺたをピンク色にしてリーゼは微笑んでいた。
だから鳴海はこれで大丈夫、勝もしろがねへの恋心よりもリーゼへの愛情の方が勝ったんだな、ようやく自分にとって誰が大事なのかを肝に銘じたのだな、と安心していたのだった。



しろがねに隠れてリーゼの相談役にならなくて済むこと、それは結果、しろがねに黙ってしろがね以外の女と会っていたことに罪悪感を感じていた、非常に素直で地平線の果てまでしろがねに惚れ抜いている男にとっても心の平穏をもたらした。
どんな理由があったにせよ、鳴海はしろがねに隠し事をしているのが嫌だったのだ。それをしろがねに知られて、裏切り、のように思われるのは心外なのだから。しろがねの傷ついた瞳はもう見たくない。
それに、他人に対しやったことは自分がやられても仕方のないことだ。仮にしろがねが自分に黙って他の男と会っている、なんてことを外から知らされたらどんな気分がするだろう?考えたくもないがとんでもなく最悪だろうことは容易に想像ができるので、鳴海は心配の種が消えてくれて心底喜んだ。



勝は小マメに帰ってくるようになった。
リーゼは勝が近くなってとても幸せになった。
鳴海としろがねがお互いに愛情細やかなのは平常通り。
本当に平和だった。







ここ3回ほど、リーゼからの相談が途切れていた、とある帰国した日。
突然、どうしていいのか分からないといった風な様子のリーゼから携帯に連絡にもらうまで。







その日の鳴海は自宅でひとり、のんびりと過ごしていた。
しろがねはちょっと用事があるとかで昼前から出かけていて、午前中一杯、庭の草むしりに精を出しそれを終えた鳴海はシャワーを浴びて汗を流し、ひとりで簡単な昼食をとり、コーヒーを啜りながらのんびりとソファに脚を伸ばしていた。
穏やかな午後だったのだ。
しろがねは夕方前には戻ると言っていたから、彼女が帰ってきてから一緒に夕食の買い物に行こうか。晩メシは何にしようか。何を作ってやろうかな。今は何が旬だろう。なんてことをユルユルと考えていた。
天気もよくて、穏やかな風も心地よくて、文句なしの昼下がりだった。



リーゼからの電話がかかってくるまでは。



着信を知らせる携帯を取り上げて、そこにリーゼの名前を見たときに鳴海はちょっと嫌な予感はした。そしてその当人が取り乱したような涙声だったときには「嫌な予感て当たるんだよな」と軽くガッカリした。
「鳴海さん……勝さんが今、どこにいるのか知ってます?」
挨拶も前置きも何もなく、リーゼの涙声が流れてくる。
「いや、知らん。日本に帰ってきているのかどうかも分からん。それがどうかしたのか?おまえさん、一昨日に会ったときは上機嫌だったじゃねぇかよ」
「鳴海さん……知らないの……?」
リーゼは鳴海の気遣いの言葉は無視して自分にとって必要な情報だけをピックアップする。
「知らん。勝と居場所の連絡なんて取ったことねぇよ。どうした?勝に何かあったのか?」



鳴海にとってはどんなにリーゼが困っているのだとしても、親身になって話を聞くのだとしても、それはあくまで他人事であるという頭があった。勝とリーゼがどんなに自分たちの恋愛に悩んだとしても鳴海にできることは精々、時にふたりの緩衝材になってやることくらいで、それは最終的には自分たちで何とかするしかないものだ。勝とリーゼが恋愛に苦悩していても、鳴海はそれとは無関係にこよなく愛するしろがねと充実した生活を日々送っている。
愛し愛される毎日が当然で、自分のしろがねへの愛情にも、しろがねから与えられる愛情にも何ら問題はなかった。そこに疑問を差し挟む余地なんてものはどこにもなかった。
だからリーゼに
「たった今……勝さんとしろがねさんが並んでホテルに入っていくのを見てしまったの」
などと言われてもピンとこなかった。
「は?今、なんて?」
「ですから……勝さんとしろがねさんが私の目の前でホテルに入って行ったの……。鳴海さん、どうしよう……」



いきなり鳴海は、自分の妻が他の男と連れ立ってホテルに消えたと聞かされた。
まさか、何時の間にか、自分が、当事者になっているなんて夢にも思わなかった。



だって、こんなに穏やかな午後で、さっき出かけていくしろがねだって普通だった。
服装だって化粧だって態度だって、極普通だった。しろがねを見送る際に交わしたキスだっていつもと同じ味がした。
「すぐに帰ってくるから待っててね」
それだっていつもの台詞だった。
しろがねの別れ際の抱擁は「本当は少しの間でも離れているのは嫌なの」って想いが滲んでいて、鳴海は「大丈夫、もう絶対にいなくなったりしねぇから」という気持ちを込めて抱き締め返したのだ。







ありえない。
そんなことは何かの間違いだ。








「他人の空似じゃなかったのか?」
と訊ねると
「私が勝さんを誰かと間違うことなんてありえない!あんな銀髪のきれいな人、しろがねさん以外にいるはずがない!」
間髪居れずにリーゼの怒ったような返事が返ってきた。
それはその通りだろう。勝の見間違いはともかく、銀髪美人などしろがね以外にそうはいるものじゃない、と鳴海は思った。
リーゼの取り留めない話をまとめるとこうだ。



たまたま休日だったリーゼがウィンドウショッピングを楽しんでいたところ、人波に勝の姿を見つけた。心臓が跳ねるほどに嬉しくなったリーゼは勝を追いかけた。勝は帰国するのをいつも黙ってやってくるのが常だったから、リーゼはそこに勝がいきなりいることに特に疑問は持たなかった。疑問は持たなかったが問題はその隣にしろがねがいたことだった。彼らは声をかけるのが躊躇われるような空気を撒き散らしているような気がして、リーゼはただその後を尾けることしかできなくなってしまった。



どうして勝さんがしろがねさんと一緒にいるの?



リーゼはしろがねが日本に帰ってきていることは知っていた。鳴海としろがねは勝とは違い帰国する際には必ず仲町に一言入れるし、一昨日ふたりは仲町に顔を見せにやってきたばかりだった。
自分は勝が何時帰ってくるかなんてことは知らない。いつもふらりと帰ってくる勝を自宅で待つのが常だ。勝がしろがねとどうやって落ち合ったのかはしらない。もしかしたら自分が偶然に勝を見つけたように、しろがねも偶然、勝に会っただけなのかもしれない。けれど、長年勝に対する疑念を逆巻かせていたリーゼの胸の中には暗い鬼が棲んでいる。
己にも後ろめたさを持つリーゼに取り憑く、疑心暗鬼。
勝としろがねはとても自然に歩いていく。ふたりの距離が肩が触れそうなくらいに近いこともリーゼの嫉妬の炎を煽る。



こうやって和やかに歩いているところを見るとしろがねは勝が帰国することを前もって知っていたのかもしれない。自分は知らなかったのに、しろがねは知っていた。これまでもこんな風にしてふたりで会っていたのかもしれない。勝は自分に黙って、しろがねとも会っていた。
不思議じゃない。だって、勝はしろがねに恋していた。
リーゼは勝の初恋を知っている。



リーゼは見失わないように勝の背中を見つめ、ただただ後を尾いていった。ふたりは後ろからリーゼに尾けられていることにも気付かず、躊躇なくとある大きなホテルをくぐり、既にチェックインは済ましていたのか、当たり前のようにフロントを素通りし、楽しそうに笑い合いながら愕然とするリーゼの目の前で同じエレベーターの箱に乗り込んだ。
フロントに確認すると勝の名前でホテルの一室が取られていた。
今、リーゼはそのホテルのロビーにいる。あれから30分経つけれど、ふたりは一向に降りてくる気配がない…。



鳴海はリーゼの話を黙って聞いていた。軽い混乱が鳴海を襲っていた。
しろがねの裏切りを突然言い渡されても、鳴海には理解することができなかった。
しかもそれの相手が勝だと?
何かの間違いだ、と思いつつも鳴海は少し前に、勝に言われたことを思い出した。しろがねに黙ってリーゼと頻繁に会っていることを言いつける、そんなことを言われた。後ろめたいことは何一つないが、勝を奮起させられるならばとワザとリーゼと関係を持ったかもしれないようなことを匂わせた。「言う」と言っても、言うからには己の不誠実もまた打ち明けねばならない勝はしろがねに絶対に言わないだろう、と踏んでいたのだが…。



鳴海は一気に血の気が引いた。
いや、オレに対する反発心から勝がしろがねに全てを打ち明けて、オレとリーゼの関係を邪推したままに伝えたのだとしたら?しろがねがそれを信じて……勝への情が絆されて……お互いの傷を舐めあっているのだとしたら?
しろがねはそんな素振り、オレには全く見せなかったが、本気で裏切りを隠すために全身全霊で演技をしていたのだとしたら?
いや、リーゼのことは無関係に、ずっと前から勝と深い関係だったとしたら?



何しろオレは、しろがねを酷く傷つけたことがある。
しろがねが心に負った深い傷をオレは癒せたのか?
オレがしろがねを憎悪し殺そうとしていたとき、しろがねを全身全霊を賭して守ろうとしたのは誰だった?
勝は大人になった。いい男になった。オレよりも強い、男になった。
オレはしろがねを悲しませたことのある張本人で、片輪者だ。
しろがねが本当に愛しているのは勝だとしてもおかしくない。



鳴海の額に気持ちの悪い汗が噴出した。携帯を掴む手が小刻みに震える。
しろがねは日本に限らずどこか大きな街に落ち着くと定期的に、今日みたいに、ひとりで出かけることがある。女には女の、男がいない方がしやすい買い物があるのかもしれない、なんて気楽に構えて特に不自然にも思わず、どんな目的での外出なのか訊いたこともなかったのだが。
これまでも勝と申し合わせてホテルに向かっていたのだとしたら?
お互いの移動先を密に連絡して、滞在場所をすり合わせていたのだとしたら?
鳴海に気づかれないように巧みに、逢瀬を重ねていたのだとしたら?
今も、どこかで濡れ合っているのだとしたら?









あの時撒かれた疑心の種が、今、鳴海の中で一気に芽を吹いた。










「鳴海さん……私、どうしたらいい?」
リーゼがしくしくと泣いている。
鳴海は携帯を潰さんばかりにギリギリと握り締めると
「ちょっと待ってろ。今、オレもそこへ行く。どこの何てホテルだ?」
と、訊ねた。地獄の底から響いてくる、地獄の番犬の唸り声のような声で。
数秒後には、猛スピードでバイクを駆る鳴海が問題のホテルに向かっていた。




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