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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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「どこへ行くんだよ」
身体を重ねあった余韻に浸ることもなく、リーゼは男の腕をするりと外しシーツから滑り出た。男の指の間に挟まれた情事の後の一服が虚しく燻る。
「シャワー」
リーゼは長い黒髪を掻き上げて扇情的な白い背中を男にワザと晒し、素っ気無く答えた。
そして言葉通り、バスルームの扉を閉める。リーゼは男の体液をザッと流すだけだ。自宅に戻ってから改めてしっかりとすみずみまできれいに洗い、知らない男と寝た痕跡を消せばいい。こんな中途半端な時間に真新しいソープの匂いをさせながら街を歩く気にはならない。リーゼはシャワーを手短に済ますとホテルのガウンに袖を通し部屋に戻る。



「一回抱き合うたびに身体を洗うのか?それって変な癖だな」
ベッドに横になったまま男はリーゼを揶揄した。
「どうせまたすぐに濡れるんだからそんなことしなくていいじゃん。潔癖症?」
おしゃべりな男ね。それに自惚れが強い。
リーゼは今日引いた籤が外れだったことに溜め息をついた。
ルックスは申し分ないが、さっき知り合ったばかりのリーゼをまるで自分の女のように語るところが鬱陶しい。所詮、行きずりの関係でしかないのに。



「違うわ。もう帰るの」
「帰る?」
「そう。門限があるの」
リーゼはガウンを床に落とし、髪が濡れないようにと巻いたタオルを解いた。
艶かしい項をうねる黒髪が隠す。
「門限?冗談だろ?まだ8時だぜ?それにまだ一回しか」
「あなたとは一回すれば充分よ」
重たい乳房をブラジャーに押し込みながらリーゼは男に一瞥もくれずに言葉で突き放す。
「これからが本番だろ?冗談はよしてくれよ」
「こんなことで言う冗談に何の意味があるのかしら。無駄は嫌いなの」
「ちょっと待ってくれって」



男は色めきだってベッドを飛び降りると素っ裸で着替えを続けるリーゼの前に立った。
「確かにオレらはさっき出会ったばかりだよ。だけど、オレは一回きりで終わりの関係なんて我慢ができない。また会ってくれないか?名前を教えてくれよ?」
男はリーゼに魅了されていた。悶える度に打ち振るわれる長い髪が立てる漣のような音にも、清楚で綺麗な顔とは裏腹な官能的な身体にも、怪しく燃える光の強い瞳にも。
男の方は一回セックスしたくらいでリーゼに満足なんて到底出来ない。服をきっちり着込んだリーゼと対象的に全裸の男のペニスは先程の興奮を反芻しているらしくリーゼの冷たい視線に張り詰めた裏筋を見せ、それを端的に表している。
リーゼは特に感銘も受けなかった男のソレには興味もない。



「あなたと会うことは二度とないわ。教えるだけ無駄よ。無駄は嫌いだって言ったでしょ」
リーゼはブーツのファスナーを上げる。
「じゃあね」
「待てよ!大体誘ったのはそっちだろ?」
男が部屋を出て行こうとするリーゼの手首を強く掴んだ。途端、リーゼの瞳が爛と輝く。
「ハナシナサイ !!!」
男はびくりと手を引っ込めた。ユラユラと意思の炎が萌え、男は言葉が喉元よりも上には上がらなくなってしまった。
リーゼの魔眼に勝てる者などそうはいない。
獰猛な獅子でさえ従えるリーゼの瞳に対抗できる者は、同じ魔眼を持つ者だけだ。
リーゼは言葉を失い大人しくなった男にふふっと笑って
「いい子ね……言う事を聞きなさい。私たちの関係はこれっきりなの。You understand ?」
と、やさしい口調ながら命令を下すと呆然と突っ立ったままの男を残し部屋の扉を閉めた。
「門限は本当にあるのよ…」
自分で自分に課したものだけれど。
いつもあの人がやってくる時間には自宅にいたいから。
リーゼは自嘲すると、ホテルを後にした。



ここまでは、愛する男を待つ時間が異様に長いリーゼにとってはよくある話。
それがいつもと違ったのは今回の男が少ししつこかったことだ。





「昨日は楽しかったよ」
次の日のリーゼは仕事で帰りが夜遅くだった。リーゼは自宅のマンションの玄関前でそう声をかけられ、突然腕を握り取られた。びっくりして咄嗟に振り返ると、それは昨日のリーゼの情事の相手だった。リーゼは顔色を失くす。
これまで一度限りの男たちに自宅を突き止められたことはなかったのに。リーゼは動揺著しい。
「な…どうしてここが」
「昨日、あれからつけたんだ。急いで服を着てさ。あいにく一歩遅くてオートロックに阻まれちゃって。ここセキュリティが厳重だろ?だから今日、帰ってくるところを張ってたんだ」
「は、放して」
リーゼは後ろから羽交い絞めにされて身動きが取れない。これでは魔眼も意味を成さない。男もリーゼの瞳に射竦められることを警戒しているのかもしれない。
「君とのセックスが忘れられないんだ。最高だった。だから…せっかくだから今度は君の家で続きをしようよ。今日は一回で充分、なんて言わせないから」
「止めて。一度きりだって言ったでしょ」
「もう一回試してみてよ。きっと満足させてあげるから」
男は甘美な味を思い出し、せっかちにも股間を滾らせる。リーゼは腰に当たる硬いものに身震いをした。



こんな時に限って誰も通りかからない。
そしてこんな時に限って、こんな場面を見られたくない人に見られてしまうものだ。



リーゼがどうにか男を振り払えないかと躍起になって身動ぎしていると、不意に男の拘束が解けた。すぐにその理由が分かった。勝が男の腕を捻りあげて立っていた。
「彼女に何か用か?嫌がっているじゃないか。止せよ」
勝は男よりもずっと背が低くて童顔だ。自分よりずっとガキに見える相手に腕を固めながらも、「おまえこそ何だ?」と負けじと言い返す。男の腕を、勝は更に容赦なく捻りミシミシと骨を軋ませる。瞳が冷たい。男は情けない悲鳴を上げた。
「何だかよく分からないけれど彼女に付きまとうのは止めてもらおうか。言っとくが彼女の家に上がっていいのは僕だけだ。それに、僕が童顔だからってナメないでくれないか?僕の言うこと、分からないって言うならこのまま折るよ」
勝はギリッと人体の限界まで関節をきめる。男は涎を垂らして痛みに悶絶する。
「二度とここには来ないと誓うか?彼女の前に姿を見せないと誓うか?」
男はヒーヒーと泣き声しか出せず、勝が手を放した後は振り返りもせずにこけつまろびつ逃げていった。



リーゼは男が勝に余計なことを言わないで消えてくれたことに心から感謝した。
昨日彼女に誘われて寝た、そんなことを口走られた場合、勝に何と言えばいいものかリーゼには分からず頭が真っ白になっていたから、安心したせいで少し気が抜けてしまった。
「大丈夫だった?リーゼ…」
勝が地面に落ちたリーゼのカバンを拾って手渡した。
「勝さん…」
深く目蓋を下ろして、リーゼは大きく吐息した。
「勝さんが来てくれて助かった…いきなり…どうしようかと思った。怖くて…」
リーゼはこつん、と勝の胸に額をつけた。勝の匂いと温かさ。リーゼが求めていたものがここにある。偽者をいくら巡っても見つからない、ただ1つの本物がここにあった。



勝はリーゼの肩を抱いて
「ただいま」
と囁いた。リーゼも
「おかえりなさい」
と囁きで返す。
「今の……誰?」



勝の胸に顔をつけているリーゼには彼の表情は見えない。けれど少し勝の声に嫉妬が混じったことにリーゼは気付いた。今の修羅場は自分がいない間に作った浮気相手との痴話喧嘩だと思ったのかもしれない。それは当たらずとも遠からずだ。
でも勝が嫉妬してくれた。
それが、嬉しかった。とても。
だからリーゼはふたりの平和を守るためにウソツキになる。



「猛獣使いのタランダ・リーゼロッテのファンの人。しつこいの。熱狂的なくらいに好きになってくれるのは芸人冥利に尽きるし嬉しいんだけれど……たまにね、ああやって妄想の中で私を恋人にしちゃう人がいるのよ」
本当に困ってしまう。切実な溜め息をつく。リーゼは滑らかに嘘をつく。
「ストーカーなの。初対面なのにオレのものだって言える人の気が知れない。知らなかったでしょ、私があんなのに困っているなんて。勝さん……いっつもいないから」
さりげなく皮肉も入れる。分が悪くなる勝は話題を変えようとすることを知っているから。
「さ、こんなとこにいるとまた変な奴が来るかもしれないし。家に入ろう」
案の定、勝が話題を変える。リーゼは更に畳み込む。
「また連絡をくれないでいきなり来るし」
「だからリーゼを驚かそうと」
「いつも勝さんが傍にいてくれればあんな変な人が付きまとったりしないのに」
「ささ、行こう行こう」
勝はリーゼの背中に手を回し、マンションの中に誘った。



ふたりはエレベーターの箱の中でクルクルと変わる数字を見つめる。
「ホントに、ファンの人…?」
小さな沈黙が訪れた時、勝がもう一度、探るように訊いてきた。
リーゼは途切れなく答える。
「そうよ?私は家に、あなた以外の男の人をあげたりしないわ、絶対に」
どうしてそんなことを言うの?という気持ちを含む瞳を向ける。
嘘の中に混ぜる真実。真実を語るときは真っ直ぐに強く、勝の瞳を射抜く。
リーゼの魔眼が嘘も真に塗り替える。
けれど、リーゼと同等の眼力を持つ勝には、それもどこまで通用するのだろう?リーゼは不安にも思う。見透かされているのではないか、そんな不安。



勝は小さく笑って謝った。
「ごめん。君の気持ちを疑っているわけじゃないんだ」
「いいの。分かっているから・・・私こそ、ごめんなさい」
リーゼも小さく笑って謝った。



ウソツキの恋人はウソツキ。嘘はきれいに真綿で包む。
嘘をつけば、同じだけ相手にも嘘をつかれる。相手に嘘をつかれれば、同じだけ嘘をつく。
そうやって保たれる、バランス。



「愛してるよ、リーゼ」
「愛しているわ、勝・・・」
止め処なく相手を欲しいと思う気持ちと、「愛している」の言葉では言い表せない心。
それだけは紛れもない真実。



End





◇◇◇◇◇

postscript
女の情念ドラマの第二弾。勝がいない寂しさからやんちゃしているリーゼ。このシリーズの勝はちささんの『からくりサーカス覚書。』とこの勝に準じてます。勝のバックボーンが知りたい方は覗いてみてくださいね。
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