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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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舞台設定、人物設定、その他もろもろ完全創作です。





千羽鶴 1/2





加藤鳴海、小学校五年生、十歳の夏。


鳴海は祖父の生家の縁側でおやつの西瓜を頬張っていた。眼前には緑の稜線が連なり、涼しい山の風を額に感じる。しゃく、と西瓜を囓る。畑で熟した西瓜はよく冷えてとても甘い。


鳴海がここに来るのは二年ぶりだ。
昨年、祖父が性質の悪い夏風邪を拗らせてしまい、毎年恒例の実家参りを断念することになり、鳴海はずっと東京の家で祖父のお手伝いに明け暮れた。祖父は「鳴海がいてくれて良かった」と感謝してくれたし、やろうと思えば意外と家事が出来る自分を発見出来たし、それなりに実はあったのだけれど、何か大きな穴を抱えて過ごした夏だった。
いつも祖父の実家であるあの田舎の家に行くことは嫌で嫌で仕方がなかったのに、昨年は行けないことを酷く残念に思った。むしろ積極的に「行きたい」という気持ちが湧いてきて、自分でもその心境の変化に驚くくらいだった。今年も同様で「田舎に行ける」と分かった時は小躍りしたくらいだ。
おそらくは一昨年から始めた中国拳法の鍛錬の成果で自信がついたからだと思う。ヒョロヒョロだった身体に筋肉が張って、自由自在に身体が使えるようになり、生まれつき無いとばかり思っていた運動神経が人並み以上のものだったと分かった。おかげで里の子供達と遜色なく動けるため、今年は仲間外れにされることもなく遊べて毎日とても楽しい。


楽しいんだけど。
山に遠い目を据えたまま、西瓜を囓る。
充実している筈なのに、胸に大きな穴がポッカリと空いて塞がらない。
この二年間、誰かと何か大事な約束をしたのにそれがなんだったのかを忘れて思い出せない、そんな遣り切れなさがいつも心の片隅にあった。中国に戻っている間は時折ふと思い出す程度の遣り切れなさなのに、日本に近づくにつれて次第に大きくなり、今、祖父の田舎に来てじりじりと焼けるくらいに強くなっている。頭の中で記憶がもがいているのが分かる。何かを思い出すよう、過去の自分が懸命に脳味噌を揺さぶっている。


食べ終わった西瓜の皿を台所のシンクに返し、手を洗う。その足で仏間に向かい、神棚を見上げた。手の平を胸に当てる。服の下に感じる、守り袋の形。
二年前の東京に帰る前夕、いつの間にかこの守り袋が首に掛けられていた。以来、鳴海は肌身離さずにいる。


今時、御守りを首からぶら下げている子供もいない。そのことを学校でからかわれ、悪童に袋を開けられてしまった。
守り袋の中には銀色の髪が入っていた。
大事なヒトの秘密を暴かれた気がして、「気持ち悪っ!」と言われ、鳴海の頭にカッと血が上った。生まれて初めての殴り合いの喧嘩をした。かつてのいじめっ子に腕力で勝てたことも鳴海の自信になったと思う。
守り袋の中身が何かを聞いた母親は、はた、と手を打って鳴海が赤ん坊の頃の話をした。鳴海が一歳になる夏、祖父の生家に帰省した時に、昼寝から覚めた鳴海の手に銀髪が一房握られていたことがあったのだと言う。いつもはグズって起きる鳴海がその時に限って機嫌が良く、誰もいないのに声を上げて笑っていて、家の者は「鳴海は山の神にあやされていた」として、その銀髪は『山の神からの賜物』として神棚に上げたらしい。
「きっと髪の持ち主はそれと一緒よ」
と母親は言った。


その守り袋を手に入れた経緯は分からない。覚えていない。でも、その年に鳴海は『神隠し』にあって『山の子』に助けられた。鳴海自身は林の中で迷子になった自覚があるだけで『神隠し』も『山の子』もピンと来ない。
「おまえはきっと、山の神様に愛されてるのかもしれないね。いつもおまえを見守ってくれているよ?」
母親はそう話を締め括った。
確かに、この守り袋を身に付けてからというもの、病からは縁遠くなった。風邪ひとつ引いたことがない。格闘技を習い出したし、外で身体を動かすことが大幅に増えたので怪我や生傷は絶えないけれど、体は強くなった。好き嫌いを無くす努力の結果、体付きも我ながら逞しくなったと思う。背も伸びた。背の順だと常に最前列のモヤシだったのに、この二年間で随分と伸びて、今では後ろの方だ。
これが山の神様が見守ってくれた末のことならば感謝してもしたりない。ありがとうを言いたい。鳴海は神棚に手を合わせる。


「銀色の髪の毛が神様のものだとしたら…赤ちゃんの時、一昨年、ぼくは神様に会った…」
もしかしたら迷子になった時に会ったという『山の子』が神様のところに案内してくれたのかもしれない。自分には全然覚えがないけれど、どうして神様は御守りをくれたのか、訊ねてみたい。
鳴海は祖父と一緒に寝室として使っている部屋に戻ると、自分のリュックの中を漁り、薄い紙袋を引っ張り出した。中には千代紙が入っている。女の子が好みそうなものをどうして買って来たのか、お土産をあげる相手もここにはいないのに。
「これを見た時、誰かにあげたいって思ったんだ…誰かって誰にだろう…ぼくは何かを忘れてる……ぼくが思い出さないといけないコト……約束……」
山の子…?
塞がらない胸の穴、忘れられている約束、無意識に買った千代紙、覚えていない神隠し、助けてくれた山の神様。
鳴海は窓から見える緑の景色をじいっと見つめた。どうにも山の中で誰かを待たせている気がする。その内に居ても立っても居られなくて、紙袋を掴んだまま表へと駆け出して行った。





林の中に入り、二年前の迷子になった時の記憶を手繰る。迷子になっている間のことは覚えていないけれど、迷子になる少し手前のことは何となく記憶に残っている。でも、子供達を避けて藪に飛び込み獣道に分け入ったのは覚えていても、それが何処なのかが分からない。幼い記憶は覚束ないし、山の植物だって成長して変わっている。目印にしていた木も今やどれだか判別できない。
「どこら辺、だったかなぁ…」
ウロウロと歩き回りながら辺りを探して、ふと、目に付いたものがあった。
「ユリの花…?」
を目印にした記憶はない。ここまでの道中、ピンクやオレンジや黄色のユリは咲いていた。けれど、そこには大きな真っ白なユリが一本、涼やかに咲いていて鳴海の注意を引いた。まるで何かの目印みたいに、緑の中にそれだけが白く光って見える。鳴海は躊躇わずに百合の足元の藪を掻い潜った。
そして、藪を抜けた鳴海の目の前に、朱が剥げた古い鳥居が立っていた。


「あっ!」
鳴海の頭の中で隠されていた記憶が鮮明になる。刹那、現れたのは銀色の少女の面影。この二年間もの、鳴海を悩ませていた、塞がらない胸の穴の原因がようやく理解出来た。鳴海は全速力で熊笹に覆われた石段を駆け上がる。
「来年も来るって、ぼく、約束した、のに…!」
彼女は自分がやって来るのを毎日待っていると、言ってくれたのに!
昨年は祖父の都合で来れなかったのだとしても約束を破ってしまったことに変わりはない。今年だって約束を忘れたまま一週間が過ぎている。
こんな自分に呆れて怒って、彼女はきっともういない。流石に待ってはくれていない。
でも。ユリを咲かせて道標にしてくれていた。
だから。もしかしたら…!
「しろがね…!」


長い石段を上り切る頃には膝が笑ってガクガクしたけれど、最後には這い蹲るようにして辿り着く。荒い呼吸で顔を上げる。すると、鼻先に小さな下駄を履いた華奢な白い足があった。急いで更に顔を上げる。
「ナルミ…久しいな」
「しろがね」
しろがねは淡く微笑んでいた。呆れても怒ってもいなかった。鳴海が訪れるのを待っていてくれていた。後光を差したみたいな逆光のせいだとは思う。しろがねの銀色の眦が濡れたように、泣いているように見えたのは。



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