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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。

 

 

 

 

しろがねは最近いつもより不機嫌だった。

というのも、加藤鳴海があまりにも鈍いからだ。

しろがねは少しも自分の想いに気づいてくれない(気づいてもらえるような甘い表情や態度をするわけでもないのに)鳴海に、そして自分をどう想っているのかさっぱり分からない鳴海に(実際問題、鳴海自身もしろがねに対する気持ちに気づいていないのに)業を煮やしていたのだ。

 

 

 

鳴海に熱い視線を送っても(鳴海はしろがねに睨まれているように感じる)、

「なんだ、しろがね、ずいぶん機嫌が悪そうだな。アノ日か?」

と言われたりして、鳴海も勝に

「兄ちゃん……そりゃないよ……」

と呆れられるようなことを言う前にちょっと考えればいいのに、結局、

「あ、あなたは本当にっ…デリカシーというものがないのか?!」

と鳴海はしろがねに怒られて、しろがねはそんな鳴海に拳骨を一発お見舞いすることになる。

 

 

 

もう、一体どうすれば、カトウのあの鈍さは解消できるのだろう?

眉間に皺を寄せて、目力を込めて、口を真一文字に引き結んだ決死の表情では、あの鈍さでは定評のある鳴海に(普通にしてたって気づいてもらえるか怪しい)自分の想いを伝えるのはどだい無理なのに、しろがねはそれが全く分からない。

 

 

 

 

 

鳴海のことで頭と心をいっぱいにして、またも鳴海を殴ってしまった(ほんの少しの)後悔のせいで、視野狭窄になっていたしろがねは彼女にしては珍しく、テント裏の山積みになっている道具に袖を引っ掛けたことに気づかなかった。

本当にいつものしろがねらしくないのだけれど、その道具がバランスを崩し、自分の頭上に倒れ掛かってきたことにも直前まで気づかなかった。

そして、しまった、と思ったときには遅すぎた。

 

 

 

落ちてきた木箱の角で額を強打して、

そのまま世界は真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねでいっぱいの

 

 

加藤鳴海の4日間。

 

 

その1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜遅く、しろがねは勝と団長に付き添われ、鳴海の家を訪れていた。

 

 

「というわけで、申し訳ないんだが、明日明後日、しろがねを預かってもらいてぇんだ。明々後日には迎えに来るから」

「は、はぁ…」

しろがねは頭を強く打ち、脳震盪を起こして救急車で運ばれた。

そして病院で目が覚めたときには記憶喪失になっていた。

彼女は今、額に痛々しい白の包帯を巻いて、大人しく鳴海の隣に座っている。

「サーカスは明日の朝一番で和歌山に興行に行かなくちゃならねぇ。うちとしてもしろがねが抜けるのはイタイが、こんなんじゃどうしようもねぇし、何よりもしろがねの面倒をみている余裕がねぇんだ」

「はあ」

「先生は記憶が一時的に混乱しているだけだろうから、しばらく安静にしていればそのうちに治るだろうって」

「そ、そうか」

風呂も早めに入ったし、夕飯もたらふく食べたし、昨夜が夜通しのバイトで睡眠不足だったこともあり、今日はさっさと布団に入って安眠を貪る計画だった鳴海は突然の来客と突然のお願い事にただ頷くことしかできないでいた。

 

 

「しろがね抜きなら番組も練り直さないといけねぇし、もう帰るぜ。よろしく頼む」

「しろがねをよろしくね、ナルミ兄ちゃん」

来たときと同様に慌ただしく、勝と団長は玄関に向かった。

鳴海もそれを見送りに、しろがねも鳴海について玄関に足を運ぶ。

団長はこそっと鳴海の耳元でほくそ笑む。

「若い男と女だからな、止めやしねぇがほどほどにな。無理強いはするなよ」

何をだよ?!

と言いたいが真っ赤になって言葉の出ない鳴海を尻目に、団長は

「早く治るといいな。まあ、ゆっくり休め」

と父親が娘をいたわるようにやさしくしろがねに声をかけた。しろがねはその言葉に応え、にっこりと微笑む。

「ほ、ほんとに、しろがねのその笑顔は心臓に悪ぃな」

団長はひきつり笑いを浮かべている。

「そんじゃ鳴海。面倒をかけてすまんが頼む」

「じゃあね、兄ちゃん。しろがね、早く思い出してね」

しろがねは勝にもにっこりと微笑みかけ、ふたりは玄関の向こうに消えた。

 

 

 

 

 

にっこりと微笑むしろがね。

しろがねは頭を打ったときに記憶とともに言葉と頭の『箍』もどこかに落としてきたらしく、目が覚めた後は別人のようにニコニコと愛想よく笑う娘になっていた。心配して駆けつけた仲町サーカスの面々に笑いかけ、みんなの度肝を抜いたのだ。

ノリやヒロ、ナオタはそんなしろがねを「かわいい」と言い、「このままでいいから興行に連れて行こう!」と主張したが、記憶がない、話せない、ともすると日常生活の簡単な動作まで忘れているしろがねを、しかも頭を強打したしろがねを遠い出先まで連れまわすのはいいことではない、と皆で話し合い、だったら鳴海に預けていこうということになったらしい。

(ノリ、ヒロ、ナオタは「そっちの方が危険だ!」と言い張ったが、勝の「しろがねを一番安心してお願いできるのはナルミ兄ちゃん!」の一声で却下された)

 

 

しろがねは誰に対してもニコニコと笑いかけたが、サーカスのメンバーの中でやはり勝に一番いい笑顔を向けていた。

でも、それより鳴海に会ったときの反応は顕著で、事情を知らなかった鳴海は玄関を開けた途端、喜色満面でいきなり抱きついてくるしろがねを本当に別人だと思ったくらいだった。

団長と勝が事情を説明している間も、鳴海の隣に座ってぴったりと寄り添い、鳴海に非常に居心地の悪い思いをさせていた。(くっつかれるのが嫌なのではなく、人の目のあるところでベタベタするのが恥ずかしかったのだ。しかも相手はしろがねだ)

 

 

 

 

 

 

「なんなんだよ、もう…」

玄関に呆然と立ち尽くした鳴海は、傍らに立つしろがねを見下ろした。

鳴海と目が合うとしろがねはさも嬉しそうににっこりと微笑み返す。

 

 

こんなの、しろがねじゃねぇ。すげーきれいなのは認めるけどよ。

 

 

しろがねってのはもっとこう、オレのことを睨むように射るように見て、言葉遣いなんかもすっごく偉そうで、オレに触るときは殴ったり引っ叩いたりするときで。こんなにオレをキラキラした目で見ないし、静かじゃないし(話せないだけだけど)、こんなに優しくオレに触れてきたりしない女だ。

団長は記憶喪失のしろがねの笑顔を「心臓に悪い」と言ったが本当だ。

オレにはさらに目の毒でもある。

 

 

鳴海を見上げるしろがねの瞳はまん丸でキラキラ潤んでて、あどけなくて幼げで、しろがねの顔なんだけど全然見慣れない表情で、しかも「あの」しろがねから飾り気のないストレートな好意を振り撒かれると戸惑う以上に「かわいい」と心底思ってしまうのだ。

「おまえ、本当はそっくりさんなんじゃねぇのか?」

鳴海の言葉にしろがねはまたにこっと微笑を返す。

 

 

 

 

 

オレ、理性保てるかな?

 

 

 

 

 

鳴海の長い日々の始まりだった。

 

 

 

 

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