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しろがねでいっぱいの
加藤鳴海の4日間。
その2
「はい、すんません…よろしくお願いします…」
はあ。溜め息混じりに受話器を置く。しろがねを家にひとりにしておくわけにもいかないので鳴海はとりあえずバイト先にしばらく休む旨を連絡していた。
「あーあ…。あの店長イヤミったらしーんだよなあ。急に休むとうっさいヒトだから…」
ふう。また溜め息が出る。
頭をガリガリ掻きながら振り向くと、ものすごく近距離にしろがねが立っていたので鳴海はとんでもなくびっくりした。しろがねは眉をきゅっと顰めてとても心配そうな顔で鳴海を見上げている。微笑むしろがねも見慣れなければ、こんな風に心配を表に出す(対、勝を除く)しろがねも珍しかったので、鳴海はちょっと見とれてしまった。
「あー、大丈夫。おまえのせいじゃねぇよ。オレ、他人から文句言われんの慣れてるから(おまえのおかげで)」
鳴海は大きな手の平でしろがねの頭を軽くぽんぽんと叩いた。
鳴海が笑うとしろがねの心配顔もすっと消え、きれいな微笑を湛えた顔に戻る。
やっぱり鳴海はそんなしろがねに見とれてしまい、照れ隠しにしろがねの頭に置いた手で彼女の髪をわしゃわしゃと掻き回した。
鳴海は平常心を保とうと必死だった。
どうしてか、「この」しろがねは鳴海にいたく懐いている。「いつもの」しろがねじゃとてもじゃないが考えられない。今もソファに腰掛けテレビを見る鳴海にぴったりと寄り添い、形のいい頭を鳴海の胸元にもたれさせて寛いでいる。鳴海はとても寛いでなどいられず、かと言ってテレビにだって集中できない。気になってしろがねに目をやると至近距離からあのでっかい銀の瞳で見つめられ(しかも輝くような微笑みつきで)、無駄に心臓の鼓動を早めることを、本当に無駄に繰り返していた。
家中、鳴海の行くところカルガモのヒナのようについてくるしろがねは何だかとっても可愛いんだけれど、トイレにまでついてくるのにはいささか困り果てたし(結局、ナルミが出てくるまでトイレの前で待っていた)、今だってこうやって密着率の異常に高い状態でしろがねの身体の柔らかさと体温と、とても甘いその体臭をイヤというほど感じることは嬉しいのと同じくらい辛いことだった。
「……コーヒーでも入れてくるか……」
おもむろに立ち上がる鳴海に、しろがねも弾かれたように立つ。
「コーヒー入れに台所に行くだけだから、おまえはここで座って待ってろ。すぐだから」
鳴海は不安そうに見上げるしろがねの肩を押さえ、ソファに座らせた。
コンロにやかんをかけて、鳴海は湯が湧くまでここで待つことにした。
「しろがねは一体どうしちまったんだよ…」
異常なほど自分に懐くしろがねに、鳴海はどうしていいものやら途方に暮れていた。
くっつかれるのは嫌じゃない。むしろ嬉しいんじゃねぇか?オレだって男だからな、きれいな女にくっつかれるのは気分がいい。
それがしろがねなら尚更だ。
問題はだんだんオレがのっぴきならない状況に追い込まれつつあることだ。まだ、しろがねを預かって一時間も経ってねぇのに。
「オレだって健康な若者だもんなぁ。こいつは健康的な反応だろ?オレのせいじゃあねぇよなぁ…」
自己弁護をぼやきながら、チリチリと歌うお湯の音に耳を傾ける。
団長はあーゆーことを言っていたが、パーになっている「今のしろがね」に手を出したら犯罪だよなぁ。
あいつ、自分の置かれた状態を分かっていなさそうだもんな。
簡単に押し倒して組み伏せられそうだし、そうなっても少しも抵抗できなさそうだし。
「いつもの」しろがねだったら、ものすごい抵抗をしそうだもんな。
そもそもそんなことしようと思ったこともねぇけどよ。
まあ、今のあいつならオレを拒むことはまずねぇだろうが…
だって、容易に抱き締めたり、キスしたりできそうだもんな。
そういえば、オレって女を抱くのはいつ以来になるんだろ?
もうずいぶんになるよなぁ…あれは確か…。
ぴいい、とヤカンが鳴り、鳴海はハッと我に返る。
ゴホン…。
今考えていた内容が、「今晩しろがねを抱く」ことを前提にしたものになっていたことに思い当たって、鳴海は誰も見ていないのに赤くなって咳払いをした。
「やっばいなぁ。どうしてこーゆーこと考えちまったんだろ?
だいたいそんなことしたら、元に戻ったしろがねにオレは殺されるぜ」
鳴海が湯気の立つコーヒーカップをふたつ持ってリビングに戻ると、しろがねはソファの上で膝を抱え小さく丸くなって座っていた。
見るからに儚げで、心細げな表情をしている。
キッチンでようやく治まった胸の鼓動がまた騒々しいものになるのを感じて、鳴海は効果はあまり期待できないことを知りながらも大きく深呼吸をした。
鳴海に気がつくと、しろがねはそれまでの淋しそうな表情を一変させ、満面の笑みを湛える。
ずっと飼い主の帰りを待っていった犬みてぇだな。
こんなふうに「好き」という感情をしろがねから思いっきりぶつけられると、逆に鳴海の方が照れてしまう。
「あー…ほら、コーヒー入れたぞ。熱いからな、気をつけろよ」
ふたり並んで黙々とコーヒーをすする。しろがねはコーヒーを口にするのもそこそこに、また鳴海の身体にぴったりと張り付いた。
もはや鳴海はせっかく入れたコーヒーの味も分からない。
液体で喉を潤しているはずなのに、砂を飲んでいるように喉の水分を吸い取られているように感じるのは何故だ?
理性と欲望が激しい葛藤を見せている。
近年稀に見る好試合だろう。
ああ、もう!こんなに悩むのはこんな近くにこいつがいるからだ!
イヤでも体温とか感触とか匂いとか感じるくらいにくっついて、妙にこのソファ周辺で人口密度を高くしているから余計なことを考えちまうんだ!
「よし、寝るとすっか!」
別々の寝室に別れて、こいつと離れればオレはこの生き地獄から解放されるのだ。
そうと決めたら鳴海は即座にしろがねの荷物(お泊りセット)をつかむとそれをしろがねに手渡し、しろがね用の布団を敷いてくる間に寝巻き(普段、しろがねはパジャマを着ない派だが、鳴海宅に泊まるにあたり用意された)に着替えておくように言いつけた。
そして鳴海は客間にさくさくと布団を敷いて戻ってきた。
鳴海としては一刻も早くこの状況を打破したくてたまらないのだ。
「おおい、敷き終わったぞ」
しろがねはとととっと鳴海の傍らにやってくる。寝巻きに着替えたしろがねに何気なくやった鳴海は思わず鼻血が出そうになった。
これは寝巻きじゃねぇだろ?!単なるランジェリーだろ?!
『単なる』という表現もおかしい。
レースがふんだんについた真っ白なシルクのキャミソール、ご丁寧に胸の部分だけが透けていて、いかにも『やる気』を見せているシロモノだ。ヒラヒラとした裾からショーツが見え隠れしている。
しろがねも期待を裏切らずノーブラで、何の疑問も持っていないあどけない顔でにこにこ笑っている。
格好と表情が異様に合っていないのがちょっとやらしい、鳴海は考えてしまった。
鼻血が出そうなくらいに彼の頭をのぼせ上がらせた血液は一気に下半身へと駆け下り、ある一点を充血させたため今度は一転して極度の貧血状態に。やべぇ。クラクラする。
慌てて鳴海はしろがねの荷物を改めて漁る。勝はちゃんと用意したと言ってたのに。
やはり『ちゃんとした』寝巻きはない。
あったのは「Take it easy ! Goog luck !」と書かれたヴィルマからの励ましの手紙。
「あんのやろ~~~ぬあにが頑張れだ、バカタレ!」
ちっくしょ、オレで遊びやがって!誰があいつの思い通りになんかなるもんか!
鳴海は自分のTシャツを持ってくると、それにいささか乱暴にしろがねの頭を突っ込ませる。
着せ終わると鳴海はしろがねの手を引いて二階に駆け上がり、しろがねを布団に押し込むと「おやすみっ!」と一言、灯りを消した。
そして隣の自分の部屋に飛び込み、とっととベッドに潜り込んだ。
ああ、これで長い一日が終わる……。
ところが、鳴海は眠れなかった。
いつまでたっても睡魔がやってきてくれなかった。
もしかしたら寝る前にコーヒーなんて飲まなければよかったのかもしれない。
それよりも何よりも、隣の部屋で眠っている人物に眠れない原因があると鳴海は知っていた。
あんなあられもない格好で、しろがねが、無防備に寝ている。
「裸、見ちゃったし…」
半裸ってのがやらしいよな。あの見えそうで見えないところが何とも…と、先程きっちり目に焼き付けたしろがねの身体を瞼の裏に思い描くと、鳴海の下腹部はむずむずし始める。
「ああっ!こんなことじゃいかん!」
他のことを考えよう。しろがねの裸体は頭から締め出すんだ!
その難しい作業に何とか成功した鳴海が、ぼんやりと考え出したことは記憶を失ったしろがねについて、だった。
(結局しろがねネタからは離れられないらしい)
なんであいつはオレにあんなに懐いてんのかな?
なんでオレにくっつきたがるのかな?
オレのことが好き、なのかな?
何だか今日のオレは混乱している。質問だらけだ。
鳴海は考えるのが苦手だったがどうせ眠れないし、こうなったらとことん考えてみよう、と思った。