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しろがねでいっぱいの
加藤鳴海の4日間。
その3
しろがねが自分のことを好き。
そう思うと鳴海の胸の中に大きく膨らむ、甘酸っぱくてほの苦しいものがあった。
今日の鳴海はしろがねが絡むと胸の鼓動が早くなる。
でも、「あの」しろがねがそうだとしても、「いつもの」しろがねが自分を好きだとは限らない。
その考えは鳴海の膨らんだ気持ちを縮ませて、胸をキリキリと締め付けた。
ということはなんだ?オレはしろがねに好かれたいのか?
鳴海は暗闇の向こうにうっすらと見える天井の木目に目を凝らした。
ひとつひとつ、己の心に浮かぶ質問に答えていく。ひとつに答えるとまた新しい質問が見えてくる。
自分が単純で複雑に物事を考えるのが苦手だと自覚している鳴海は一問一答形式で自分の心の混乱を静めることにした。
どうしてしろがねに好かれたい?
難しい。
その答えを認めるのにはいささか抵抗があった。
それは、オレが、しろがねのことが好き、だから。
では、しろがねのことをどう「好き」なんだ?
確かに鳴海はしろがねが好きだった。
しろがねのきれいな顔も好きだし、しろがねの耳に柔らかい優しい声も好きだし、柔軟で抜群のプロポーションも、かわいくない性格も、触れるとひんやりするサラサラの銀色の髪の毛も、鳴海は好きだった。
でも、そのしろがねに対する「好き」と、勝が好き、子供が好き、身体を動かすことが好き、冬のぬくぬくした布団の中が好き、といった「好き」に違いがあるなんて特に考えたこともなかった。
みんないっしょくたに好き。それでよかった。
疑問を差し挟むことなんてなかった、のに。
「あの」しろがねがオレのことを好きなんだとしたら、明らかに恋愛対象としてオレのことを好きなんだと思う。
あそこまであからさまに態度で表してくれりゃあ、いくら鈍いと言われるオレだって分かる。
恋愛対象。これまた考えたこともなかった。
オレとしろがねの関係は戦友みたいなもので。
大体、しろがねがオレを好き、なんて考えたこともねぇ。
睨むし、叩くし、口を開けば憎まれ口ばかりだし。
しかもありゃ、高嶺の花ってヤツだぞ?そんなのがオレの彼女になる、なんて考えははなっから除外されるだろ?
そして考えは振り出しに戻る。
「いつもの」しろがねが自分を恋愛対象に見ているとは限らない、という何ともおもしろくない見解に。
面白くない、ってことはオレとしてはしろがねに「男として」好きになってもらいたいってことか。
ならオレはしろがねを「女として」好きだということになる。
知らなかった。
自分の気持ちなのにちっとも知らなかった。
鈍い鈍い鈍い鳴海はようやく自分の心に宿っていた、しろがねへの想いに気がついた。
カチャリ、という音に続いてキイイと軋むドアをゆっくりと開ける音。そしてそうっと部屋の中に忍んでくる人の気配。
鳴海の心臓はいまだかつてないほど激しくビートを刻んでいる。
おい……、何をするつもりだよ……。
必死に狸寝入りを決め込む鳴海の心中を他所に、その侵入者は静かに鳴海のベッドに近寄って、何を思ったか、鳴海の足元の方から布団にもぞもぞと頭を突っ込んだ。
そろそろと傍らを這い進む侵入者の身体が触れるたび、鳴海の体温は急上昇し、じっとりと汗ばんでくる。侵入者は出口から頭を出すと、当たり前のように鳴海の腕に頭を乗せ、その柔らかい身体を鳴海にぴったりと摺り寄せた。
「~~~~~もお、なんなんだよっ!!!!」
鳴海は堪らず跳ね起きて、自分の苦労を台無しにするしろがねを非難のこもった瞳で睨みつけた。
しろがねも身体を起こし、大きな瞳で鳴海を見上げる。
「おまえの部屋は隣だろうが!早く戻れ!」
鳴海に怒鳴られてしろがねはくうん、と眉根を寄せて泣きそうな顔をした。
その表情に鳴海は呆気なく、ぐらり、と傾く。
「おまえが夜這いしてどうすんだよ…」
鳴海はがくりと項垂れて、しろがねの頭をくりくりと撫で、大きく溜め息をついた。
「オレがどっか他の場所で寝るっつったら、どうせおまえもついてくんだろ?」
しろがねはにこっと微笑む。
鳴海は諦めて身体を横にすると、しろがねに「こっちゃ来い」と手招きした。
しろがねは嬉しそうに微笑むと鳴海の身体にぴた、とくっついてその腕の中に収まった。
「…添い寝するだけ、だからな…」
しろがねに、というよりもむしろ自分に言い聞かせるように、呟いた。
しろがねは本当にとっても幸せそうに(狸寝入りした)鳴海の寝顔を見つめていたが、そのうちにトロトロとまどろんで、まもなく安らかな寝息を立て始めた。
「くそ…」
こんな状態でどうやって寝ろってんだ?
こんなの蛇の生殺しじゃねぇかよ?
こいつもなんでこんなにスヤスヤ眠れんだよ?
本当はオレを男として見てねぇな?
しろがねの生脚が触れる。
幸せそうなしろがねの寝顔はしどけなくて色っぽくて、しかもTシャツの下には例のキャミソールがやる気を出しているのだ。そんなことを考えたら、さっき見たキャミソールから透けたしろがねの大きな胸が鮮明に脳裏によみがえってしまい、鳴海の股間は痛いくらいに膨張してしまった。はち切れんばかりに勃起した鳴海のそれは「楽にしてくれ!」と声高に叫んでいるけれど、しろがねにひしっとしがみつかれている鳴海には為す術もなく、鳴海は悪魔の誘惑にひたすら抵抗を繰り返すのみ。
「き……きつ……」
悪魔は囁く。
その両腕にくっと力を込めればいいだけじゃないか。
甘い吐息を漏らす唇を、己の唇でそっと塞げばいいだけじゃないか。簡単なことだろう?
これを据え膳と言わずして何と言う?食わねば男の恥だ!この意気地なし!臆病者!
悪魔に罵倒されている。悪魔は鳴海自身。脂汗を垂らしながら歯を食い縛り、必死で理性を掻き集める。
「何でこんなに力を入れてなきゃなんねぇんだよ…」
自分の胸元で幸せそうな顔で眠るしろがねを恨めしく思う。
寝乱れて月色に輝く髪も、その髪からのぞく柔らかそうな耳朶も、大きく肌蹴た襟元から見える滑らかな首筋も、誘うように半ば開いた唇も、大きな胸で膨らまされた自分のTシャツのロゴですら、どれもこれも鳴海の神経を昂らせるもの以外の何物でもない。
「早く朝になんねぇかなぁ…」
絶望的な鳴海の願いも空しく、時計の針は遅々として進まないのだった。
そして、やっとのことで待ちに待った朝日が昇った。まだ5時半だが朝は朝だ。
結局、鳴海は一睡もできなかった。
でも、鳴海は悪魔に打ち勝ったのだ。
「もー…起き出してもかまわねぇだろう…。こいつもよくまぁ一晩中、人にしがみついていられたもんだよ…」
鳴海が自分の身体にしがみつくしろがねの手をそっと外そうとした途端、しろがねの瞳がぱちっと開いた。
「お、おはよ…」
すっきりと目覚めたしろがねの輝くばかりの笑顔を、真っ赤に充血した瞳で受け止める。
あぁ、起こしてしまった。こいつが寝ている間に隣の部屋で熟睡しようと思ったのに…。
鳴海の一晩中続いた心の攻防戦など、しろがねは知る由もなく、彼女の一番最初にしたことといえば目の前の大好きな男に抱きつくことだった。
鳴海の心中を(仕方ないとはいえ)まるで無視するしろがねの行為に理性の糸が切れそうになる。
「おまえなぁ……ホントに犯っちまうぞ?」
鳴海はあのまま朝立ちに移行してしまったので臨戦態勢にある。実行してしまえば楽になれるかもしれない。
朦朧としている鳴海はそんなことをしたら一晩の苦労が水の泡だということが分からない。
鳴海はがばっと身体を起こすとついた両手の間に横たわるしろがねを見下ろした。
きれいだな。
こんなきれいなヤツを、オレは好きだったんだ。
真っ直ぐに鳴海を見上げるしろがねの銀の瞳は一点の曇りもなく、まるで水晶のようにキラキラと透き通っている。
信じている者の瞳だ。鳴海はそう思った。
オレが今しろがねを抱いたら、オレに向けられている信頼を裏切ることになるんだろうか?
それとも信頼に応えることになるんだろうか?……わっかんねぇ……。
しろがねの無垢な視線は鳴海の邪まな毒気を抜いてしまったようで、朦朧とした脳ミソと神経はくたびれきってしまい、たまらず枕に顔をつくとようやく睡魔が訪れた。
自分と入れ違いに眠りの世界に旅立った鳴海の顔をしろがねは不思議そうに見つめていたが、ふふっと優しく微笑むとその泥のように眠る無邪気な寝顔にそっと白い手を添えた。
自分の身体の上にまわされた鳴海の腕の重みにしろがねは幸せそうに長い睫毛をふせる。しろがねは再び鳴海に摺り寄り、愛しい男のぬくもりの中で二度目の眠りに落ちた。
そしてそのまま、ふたりは昼間で睡眠を貪った。