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SAND BEIGE
Phrase.13 このまま独りで眠りについたら 無口な女になるわ
とりあえず仲町サーカスに戻ろうと鳴海がバイクに跨った時、携帯にメールが届いた。
ヴィルマからだった。
メールには「Looks delicious!」の文字と一枚の添付画像。
鳴海はその画像を見て目を剥いて絶句する。
「んな…っ、ヴィルマの奴、冗談じゃないのかよ、やっぱ」
鳴海の携帯画面にはラブホテルのペランペランなガウンを着て、怪しい雰囲気の部屋の、妙に大きいベッドの端に腰掛ける銀色の女が写っていた。カメラマンの指示だか、それとも女相手に誘う気分になっているのかは分からないが、肩も裾もしどけなく肌蹴て誘うように見上げるその目尻が赤い。いや、目尻だけじゃなくて全身が桜色に染まっているように見える。それも怪しい雰囲気の部屋の怪しい色の照明のせいかもしれない。
鳴海の胸がバクバク言う。
確かに「美味しそうだ」。
「ヴィるマのやつぅ~~~!」
しろがねの貞操が危うい、携帯を握る鳴海の手がプルプルと震えた。
「美味しそう」ってことはまだ食ってないってことか?
鳴海はヴィルマから送られた一つ前のメールを開ける。ラブホテルの外観の画像。
手がかりはこれだけだ。おそらくサーカス駐屯地最寄のインター近くのホテル街内の一軒に違いない。とにかくそこに行って探してみよう。そんでもって、そこに行って駄目なら次の手はそこで考えよう。
鳴海はヘルメットに頭を突っ込むのもそこそこに、バイクを駆ってしろがねの救出に向かった。
ピンクがかった怪しい照明の下、ユラリユラリと上体を揺らしながらビールを呷るしろがねを楽しそうに見遣りながら、ヴィルマもまたビールを啜っていた。
「なかなか潰れないのねぇ」
ヴィルマの声色がニヤニヤしているのに気が付いたしろがねはじろっとその声の元を睨む。
「…うるさいな」
「色っぽいねぇ。しろがねの酔いどれ姿」
ヴィルマがピラッとしろがねのガウンをめくる。しろがねはその手をピシリと叩いた。
「何でおまえは服を着たままなのだ。私には部屋に入るなりシャワーを浴びろって言ったくせに」
「アタシはいいのよ、ザルだから。でもアンタはもう酔っ払ってて今にも潰れそうだったからさ。気持ち悪いでしょ。汗かいたまま寝ちゃうのは」
「それはそうだけど…」
しろがねは缶の縁に唇をつける。
「それに、美味しい食材は食べる前に下拵えした方が更に美味しいってものじゃない?」
ヴィルマはニヤリと赤い唇を持ち上げた。
ゴッゴッと呷ったビールが空になってしまったしろがねは座った目で空き缶を睨み、それをベッドサイドのテーブルにやや乱暴に置いた。ガツン、と置かれたその衝撃で既に鎮座していた空き缶がガラガラと床に落ちる。
それを見たしろがねが、ちっ、と舌打ちをした。
いい感じでガラの悪いしろがねが出来上がっている。
「し~ろがね♪まだ飲む?」
ヴィルマは冷えたビールをヒラヒラと振って見せた。
「うん…欲しい…」
これまでに何本の缶ビールを空けたのか、しろがねの目蓋はトロンと落ちそうでヴィルマから缶ビールを受け取ろうと差し伸べた手はフワフワと定まらない。缶ビールを追うしろがねの手からススス、とヴィルマはワザとそれを遠ざける。
「ヴィルマ、意地悪するな…あ」
グラリ、と傾いたしろがねの身体がヴィルマの豊満な胸にぼふん、と寄りかかる。ヴィルマはしろがねの肩に手を回す。柔らかさと温かさ、しろがねは思わず大きく溜め息をついた。
人肌って気持ちがいい。眠たくなってしまうくらいに。
幸せな感情だ。それが愛する人のものでなくても。
愛する人。
しろがねは当然、鳴海のことを思い描く。鳴海のことを思い描いて、じんわりと、涙が滲む。
今頃、鳴海は何をしているのだろう?
食事は終わったのだろうか?
食事が終わったらどうする?
誕生日を、ファティマと過ごし続けるの?
そう言えば、私、「お誕生日おめでとう」って言ってない。
プレゼントだって、あるのに。
気持ちを伝えようと思っていたのに。
鳴海は今頃、ファティマと温もりを分かち合っているの?
ファティマを胸に抱いて、その温もりを分けてあげているの?
私はこんなに、あなたを好きなのに。
「いじらしいわねぇ」
ヴィルマはしろがねの頭を撫でた。
「そんなにナルミが好きなの?」
「うん…」
「でもナルミは他所の女のところに行っちゃったのよ?」
「うん…」
「今頃、お楽しみの最中かもよ?」
「うん…」
「付き合っちゃうかもよ?」
「うん…でも、それでも…」
「それでも?」
「私はナルミが好きだから」
ヴィルマは仕方ないわねぇ、と言いたげな溜め息をつく。
「最初からそういう素直さをナルミに見せろって言ってたでしょうが、アタシ」
「うん…」
「今やっと素直になれたの?」
「うん…」
「今なら言える?ナルミに好きだって」
「言える…」
ヴィルマは腕時計に視線を落とす。それからソファに投げてある自分の携帯に。
爆弾は投下してあるんだけどな…そろそろ爆弾の効果が出てもいい頃合いなんだけど。
不発弾、だったのかな…?
不発弾だったらもうどうしようもない。
そのときは責任持ってアタシが食べてあげよう。
ヴィルマがしろがねの髪を撫でながら眉間に皺を寄せたとき、ピンク色の室内にチャイムが鳴り響いた。
鳴海は思いの外早く、目当てのホテルを突き止めた。
ベラベラのカーテンのかかった駐車場に殆ど減速もせずにバイクで突っ込むと適当に駐車する。固定し損ねたヘルメットがどこやらにガロガロと転がっていく音がしたが無視をした。自動ドアに激突する勢いでロビーに駆け込むとフロントに噛り付く。客のことは訊ねても教えてくれないのではないか、教えてくれなければ腕力で訴えよう、警察にご厄介になっても荒事に徹しようと覚悟していたのに、顔の見えないフロント係はあっさりと部屋番号を教えてくれた。
「どんな男が来るのか、ってちょっと楽しみだったけど、兄さんなら納得できるなぁ」
そんなに目の色変えるくらいに飢えてるのかい?
と言うフロント係の顔は不透明なガラスの向こうだけれど、絶対に笑っていたと思われる。何の話?と思ったが鳴海はそれどころではなく、なかなか降りて来ないエレベーターをイライラと待った。
エレベーターの扉が開くのももどかしく廊下へと飛び出すと、一目散にしろがねが襲われているであろう部屋へと駆け出して、そのチャイムを押す。もしかしたらワザと出てこないかもしれない。そうしたら扉をブチ壊してでも入ろう。
が、鳴海の意気込みとは裏腹に、拍子抜けするくらいこれまたあっさりと、ドアは開いた。
ヴィルマが細く開けたドアの隙間から鳴海を見上げている。ヴィルマが着衣しているのを見て鳴海は、はぁーっ、と安堵の息を吐く。
「来たわね?」
「おい、し、しろがねは?食ってねぇだろうな?」
噛み付く鳴海に「さあね」とヴィルマは言う。
「さあね、って」
「今更来て何のつもりよ?ファティマちゃんがいいって、しろがねを置いてったんでしょ、アンタは?」
「ああ、だけどオレは分かったんだ。しろがねのことが好きだって。だから、ファティマをダシに使ったんだって。ファティマには悪いことしたが途中で帰って来た」
ぎゅっと拳を握り締める鳴海にヴィルマは白い視線を送り続ける。
「アタシが送ったメールを見たから?焦燥感でも抱いたの?」
「違う。おまえからのメールを受け取ったのは店を出てからだ」
「ふうん」
「ホントだって」
鳴海は懇願するように、ヴィルマに訴える。
「しろがねに会ってどうするのよ」
「告白する。オレはそのつもりでここに来た」
「好きなの?しろがねが?」
「ああ、おまえには負けん」
鳴海とヴィルマの瞳の鋭い眼光がかち合う。
「どうぞ」
ヴィルマは扉を大きく開けて、身体を寄せて鳴海に道を作った。
「何だ?ずい分と引き際がいいな」
もっとゴネられると思ったのに。
鳴海に戸惑いの色を見て、ヴィルマはオーバーアクションで肩を竦めて見せる。
「最初っからアンタがしろがねを迎えに来ることは計算済みだったの。フロント係は簡単に部屋番号教えたでしょ。前もって言っといたのよ。『3Pの相手が後から来るから案内してやって』って」
「3…P…ておまえ」
だからか。あのフロント係…。
「兄さんなら納得できる、ってどういうこった…」
鳴海は顔面を手の平で覆い、項垂れる。
「もうちょっと待ってアンタが来なかったらアタシが食べるつもりだったんだけどね」
ヴィルマはガフガフと黒のブーツに足を突っ込みながら言った。
「しろがねは中にいるわ。かなり酔っ払ってるけどね」
「ヴィルマ。おまえはしろがねのことが好きなんだろう?」
「そうよ。好きよ」
黒いサングラスの奥の瞳が柔らかく笑う。
「だからファティマのところからアンタを呼ぶ、なんて面倒なことをしてあげたのよ。アタシはしろがねの哀しそうな顔なんて見たくないんでね」
「ヴィルマ」
「大事にしてやんなさい」
世話焼きな女豹は鳴海の肩を小突くとそのまま廊下へと出て行った。