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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

涼子が鳴海のところに一冊の本を忘れていった(時々、鳴海は涼子に英語を教えていた)。

寝る直前、それを返しそびれていたのに気がついた。

返すのは明日でいいか。

寝床に転がりながらパラパラとページをめくる。

いかにも女の子の好きそうな、抽象的で空想的な絵本みたいな本だった。

特に鳴海の興味をひく話でもなさそうだが、手持ち無沙汰なので読んでみることにした。

どうせ眠れない。眠ったって悪夢を見るだけ。

 

 

 

 

その本の内容。

『黄昏の国』なるものがこの世には存在していて、そこでは忘れている大事なものを思い出すことができるという。ずっと会っていないヒトもう会えない人や、手放してしまった夢、失ってしまった大切な記憶すら、そこにいけば見つけられるそうだ。

『黄昏の国』にいけるのは自分の本当にすべきこと、本当に大事なものを見失っている人間だけ。

『黄昏の国』は流動的でいつでも、どこにでも、存在している。

『黄昏の国』に入ると自分がどこの誰だか忘れてしまう。でも必ず大事なもの、ヒト、すべきことに出会える。

そして『黄昏の国』から出てくるとそこであったことは全て忘れてしまう。

何が大切だったか、誰と出会ったか、まるでみんな忘れてしまう。

けれど、『黄昏の国』へ行った人の心は一様にどこかが変わっているのだ、というもの。

 

 

 

 

「覚えてねぇんじゃ意味がねぇよ…」

鳴海は読み終わっても、完結してない物語に手をつけてしまったような中途半端さを感じずにはいられない。本を放り出して、車の天井の縫い目をじっと見つめた。

『失った記憶』か。そういや、オレにもあったな。抜け落ちた記憶が。

だが、そんなものはどうだっていい。

オレの欠けた過去を埋めたからといって、何になる?

こどもたちの苦しみを贖うことができるのか?

それに、オレは本当にすべきことを見失ってはいない。

フランシーヌ人形の生まれ変わりのあの女からゾナハ病の止め方を聞きだすこと。

こどもたちの病気を一刻も早く治してやること。

自動人形たちをこの世からすべて消し去ること。

「すべきことはたくさんある…」

だからオレは、『黄昏の国』とやらには用がねぇ。

 

 

 

 

これはある日の他愛ないエピソード。

鳴海はそんな本の内容はすぐに忘れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰そ彼の国。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海は今、長足クラウン号でモンサンミシェルに向かっている。そこにエレオノールがフェイスレスとともにいるという。一刻も早くエレオノールを奪い返さなければならない。ゾナハ病を止める鍵を握るフランシーヌ人形を。

 

 

 

 

しかし今、鳴海の心の中を泡立てさせる事柄があった。

 

 

 

 

フランシーヌ人形が、エレオノールがパンタローネに「人間をこれ以上傷つけることは許さない」と命令したのだという。パンタローネはその命を忠実に実行し、自らを盾にし、ギイを守り、鳴海を守り、長足クラウン号に乗る人間たちを守った。ボロボロになりながら味方であるはずの自動人形を攻撃した。

それもすべてエレオノールの命があるが故だ。

「ワケ分かんねぇ……なんでそんな命令をあいつはするんだ……?」

エレオノールはようやく愛しい造物主のもとに辿り着いたのだろう?

造物主に戻ってきてもらいたいから、あのクソ忌々しいゾナハ病を撒き散らしながら笑える方法を探す旅をしていたのだろう?

だのに何故、フェイスレスに逆らうような命をパンタローネに与えたんだ?

鳴海は苦々しげに舌打ちをした。

その事実は『エレオノールはフランシーヌ人形である』という命題を覆しかねないのだ。

 

 

 

 

ギイは、エレオノールには罪がないと言った。フランシーヌ人形はエレオノールの身体の中に入る意図はなかったとも。

そうなるとエレオノールはただの女、エレオノールということになる。

いいや、あいつはフランシーヌ人形なんだ。そうでないと困る。

フランシーヌ人形でないとすると、あいつはゾナハ病の治し方を知らないということになってしまう。それでは困るのだ。あいつが知らなければ、ゾナハ病をこの世から駆逐する方法がない、ということになってしまう。

それにあいつがフランシーヌ人形でないとすると、オレのこの数ヶ月は一体何だったんだ?

オレは罪のない女を一方的に傷つけたことになっちまう。あいつがフランシーヌ人形だからこそ、オレはあいつを憎み、責め苦を与えた。

だから、あらゆる意味で、あいつはフランシーヌ人形であってくれないと困る。困るんだ!

鳴海はモンサンミシェルまでの道中、そのことばかりを考えていた。

鳴海は自分のすべきこと、為すべきことが根底から揺らいでいることにそこはかとない不安を感じずにいられなかった。それにどうしてこんなに自分が焦燥感に追いかけられているのかも分からず、苦しんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのとき、鳴海は何か透明な幕を通過したような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の瞬間、彼は薄汚い猥雑な空気の漂う安アパートの一室にいた。

「あ、あれ?」

この部屋は確かにどこかで見たような気が……する、ケド、オレは今までここにはいなかったはず…。

「あれ?今までオレはどこにいて…何をしていたんだっけ?つーか、オレ誰?」

自分の手の平を見つめてみる。生身の、自分の手。

「オレ…?何で自分の手がこんなに懐かしい…?」

よく分からん。

女のヌードがベタベタ貼り付けてある部屋を見回すと、安っぽいベッドの他には家具らしいものは小さなテーブルと椅子くらい。

そこに銀色の髪、銀色の瞳の整った顔をした青年がひとりワインを傾けていた。

「まったく五月蝿いんだよ、おまえは。少しは成長してみせろ」

気障ったらしい仕草で、嫌味ったらしい口の悪さ。

知っているような気がするのに思い出せない。

「オレ、おまえと知り合いだったっけ?」

とりあえず訊いてみる。

「おまえみたいなチョンマゲイノシシ、僕もどこかで見たような気もするが忘れた。ここはそういうところだから」

男は口の端をほんの少し持ち上げてみせた。

「ふうん。そんでおまえはここで何をしてんだ?」

「大事な人をここで見守っている…、とでも言おうか」

男はワインに口をつけ、少し遠い目をした。

「恋人か?」

「いいや。大事な人、だ。だが僕の人生は彼女の幸せのためだけに存在する」

「へえー…でも、それってよっぽどだな」

鳴海も向かいの椅子を引いて腰掛けた。

「彼女には好きな男がいて、僕は彼女にその男と幸せになってもらいたいのだが、この男と言うのがまたどうしようもない男で……そうまるでおまえのような」

初対面だというのに好き勝手言ってくれる。それでも嫌な気分にならないのが不思議だ。

「その男は大きな憎悪に囚われて大事なことを見落としてしまっているのだ。真っ直ぐな気質だけに性質が悪くてな。どうにかしてやりたいが、こればかりは自分で出口を見つけないとどうしようもない。彼の心の問題だから」

男は大きく息をついた。

「いいか。他人がどう言ったかではなく、自分の目を通してそれの本質を見極めることが大事なのだ。長いこと傍にいたのなら、それがいいものか邪悪なものかもう分かっているはずだ。憎悪に曇った眼ではなく、心眼で見てみろ。大事な記憶の欠片は失われてはいない。憎悪の虜となった心の奥底に今もある。表に出たくてもがいている」

「そんなこと、オレに言ったって…」

「何でだろうな。おまえに言いたかった」

男はワインを飲み干した。

「大事なことは全部己の中にある。枷だと思っているものは己の産んだ幻像にすぎない」

「よく分かんねぇけど…分かったよ」

ふたりは視線を交わすと浅く笑った。

「さあ、もう行くがいい。立ち止まってはいけない。前へ進むのだ」

「進めって…オレはどこ行きゃいいのか、さっぱり分かんねぇ」

「進むのだ。進むことを考えろ」

言われた通り、「進むこと」を素直に考えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すると景色は溶けるように変化し、さわさわと心地よい風の吹く洋風な庭をのぞむテラスに彼はいた。濃い緑と湿った黒い土の匂い。

「あれ?今、オレ誰かと話してた……ような……」

少し前のことがすっかり頭から抜け落ちている。そのうち、そのことすらも忘れてしまった。

テラスには年を経たガーデニングテーブルとチェア。そのひとつに老婆がひとり腰掛けてアフタヌーンティを楽しんでいた。

この老婆をどこかで見たことがあるような気がするけど、どこでだったろ?

「おまえもお茶を飲むかえ?」

老婆が香り高い紅茶の注がれたカップを差し出した。

「あ、いただくっス」

鳴海もチェアのひとつに座り、紅茶を啜った。

「ばあちゃん、オレと会ったことないっスか?」

「さあね」

老婆はすました顔でカップを口元に運ぶ。

甘い花の香りをのせた緑の風が、爽やかにふたりの間を吹き過ぎた。

「今は…穏やか…っスか?」

どうしてそんな質問が口から出たのか自分でもよく分からない。

「穏やかだよ」

老婆は笑った。晴れ晴れと清々とした笑顔。

「ああ、ばあちゃんのそんな顔が見られて、何だか嬉しいよ、オレ。何でだか分かんないケド…」

ククク、とくすぐったい笑いがこぼれる。

「あんたによく似た男を知っているよ。あんたみたいに…よく笑う男だった」

「だった、って過去形かよ」

「今は辛くて笑えなくなっちまったみたいでね」

老婆は頭を振る。

「残された時間は愛することに使うように言ったんだけどねえ。憎んじゃいけないと、伝えたはずなんだけどねえ」

老婆は視線を合わせると、やさしく言い聞かせるように言葉を続けた。

「いいかい。憎しみには未来がないよ。そして最大の憎しみは最大の愛からしか生まれない。おまえが持つ憎しみが最大の憎しみだというのなら裏側に愛情の顔を持っているはずさ。簡単なことさね。裏返してみればいい。心をいっぱいにすることには代わりがないんだ。だったら愛で心をいっぱいにした方がいいんだよ」

「…分かった。肝に命じとく」

紅茶はとても清清しい香りで、胸の中を透明にしてくれる気がした。

「さあ、お茶も飲み終わったようだね。前に進むといい。立ち止まっているヒマはないのだろう?」

「ありがと。会えてよかった。何でかな?」

「アタシも会えてよかったよ」

手を振る老婆は、溶けるように消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

水がごうごうと瓦礫の中を流れていく。何だかここは焦げ臭い匂いが漂っている。

「ここも……なんでか知ってるような気がすんだけどなあ」

ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら歩いていくと、ひとりの男の子とばったり出会った。

「おう、どした?こんなところで。…おまえにも、会ったことがあるよーな気がする…」

男の子はにっこりと笑う。とてもとてもいい笑顔。

「僕もお兄ちゃんみたいな人、知ってるよ。……僕の大事なお兄ちゃん。でもそのお兄ちゃんは僕のせいで死んじゃったんだ…」

いい笑顔が翳る。

「そんな辛気臭ぇ顔すんな。おまえの笑顔は最高だぞ?だから笑ってろよ、どんなときも」

「同じこと言うんだね。僕はその大事なお兄ちゃんみたいになりたいんだ。その人は強くてどんなときでも笑ってて。だから僕は今とても辛くて大変だけれど、泣かないよ」

「そうか、強くなったな…」

しゃがみこんで男の子と視線を合わせ、その頭を大きな手の平で撫でる。

「僕の大切な人がね、そのお兄ちゃんのことが好きだったんだ。今も好きでいると思う。でも、お兄ちゃんが死んだのを自分のせいだってずっと責めているんだ。ずっと、心の中で泣いているの、僕分かるんだ」

「おまえはその人のことがホントに好きなんだな」

「分かんないよ。でも、幸せになってくれたらいいなって思う。笑ってくれたらなって」

「そうだな。オレもそう思う」

ふたりは視線を交わすとお互いにこっと微笑んだ。

「僕、お兄ちゃんのこと好きだよ」

「オレも、おまえのこと好きだぜ」

大きな手と小さな手がぎゅうと握られた。

「お兄ちゃん、そろそろ前に進んだほうがいいよ。お兄ちゃんと僕はもうじきどこかで、また会える」

「そっか。んじゃ、そんときを楽しみにしてるよ」

男の子の頭をやさしくぽんぽんと叩く。

「またね」

男の子の笑顔はサラサラと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女が泣いていた。悲しげに俯いて。哀しげに肩を震わせて。

銀色の髪に、銀色の瞳。ああ、オレは覚えていないけれど、この女を確かに知っている。

きれいな女はハッとした顔で彼を見た。

「私の知っている人によく似ている……でも違う……彼はもう私の前でこんなにやさしい表情は浮かべない」

女は新たな涙を銀の瞳に湛え、ハラハラと涙をこぼした。

「おい、もう…泣くなよ。オレ、何でかよく分からねぇけど、おまえの泣き顔は見たくねぇんだ」

女は顔をあげた。その白い顔はとてもきれいで、彼の心臓はドキドキと音を立てた。

「どうしたんだ?何でそんなに泣く?オレでよければ話を聞くぞ?」

女はほんの少し表情を和らげた。

「私の大好きなあの人が、私のことを憎むの。私はその人の大嫌いな人形の生まれ変わりなんですって。だから私のことを、殺したいほど憎んでいるの」

だからほら。女は服を肌蹴させて胸を見せた。おっ、と鼻の下を伸ばして覗き込んだものの、その顔はすぐに顰められた。

その胸には大きな無数の鋭い棘が刺さり、傷口から真っ赤な血を滴らせている。

「これはあの人が私に投げた言葉の棘。無言の棘。視線の棘。現実の傷もある。どうしても抜けない。傷口から憎しみが沁みこむの」

「こりゃひでぇ…」

「でも、いいの。私の命はあの人のものだから、私のカラダもココロもあの人のものなの。辛いけれど、いいの」

「そんなにされても、そいつが好きなのか?」

「好き。あの人の命にのめり込むように愛している。あの人の太陽のような笑顔を消してしまったのは私。あの人の額に輝いていた星を翳らせたのも私なの。だから、これは罰」

女は無残な姿を晒してもどこか幸せそうだ。

「そんなに自分のことを虐めるなよ。おまえは人形なんかじゃねぇ。人形がそんなきれいな面して誰かひとりを愛したりできるわけねぇだろが?人形が悲しみで心が血を流すほど傷ついたりするもんかよ?

オレに言わせりゃ、おまえの好きなヤツってのは、憎悪で目が曇ってる。おまえのことよく見りゃ、すぐに分かるだろーによ。わざと肝心なところを見ないようにしてんじゃねぇのか?憎まなきゃいけねぇから無理ヤリ憎んでる、みたいな…」

「あの人も辛いの。私を憎まないときっと心がバラバラになってしまう。私を憎むことがあの人の生きる力だから」

女は彼をじっと見つめた。

「でも、そいつがちょっと羨ましいぜ。おまえみてぇな女にそこまで想われて、よ…。オレにはそんなヤツがいねぇから」

「そんなことない。あなたにだって、あなたを想う人は絶対にいる。私には分かる」

女はこつん、と額を彼の胸元に寄せた。

「あなたは温かいな。あの人に、一度だけ抱き締められたときもこんな風に温かかった」

腕を回して、女の体を抱き締めた。華奢で、か細くて、守りたくなる。

「あなたはあの人にとても似ている。あの人は本当はとても温かい人だから。あなたのように」

「おまえも…オレの好きな女に似ているよ。よく覚えてねぇけど。もっと気が強くて怒ってばっかだった気がするけどな」

「私もあの人に初めて会ったとき、冷たくしたの。生意気だった」

「おまえの好きな男にも、きっとおまえの心が届くよ。初めて会ったオレだって…おまえの心はきれいだって分かる」

ぬくもりを求めて擦り寄る女の身体をもっときつく抱き締める。

女の胸に刺さった棘の反対側が彼の胸にも食い込んだが、何故かこの痛みは己に責任があるような気がしてならず痛みを共有してやらねば、とどうしてか考えた。

「キスしてもいい…?あなたをあの人だと思って。だってあなたはとてもあの人に似ているから」

「うん。オレもおまえを好きな女だと思うことにする」

オレの心の奥底に閉じ込められた記憶の欠片。その中に棲むオレの大事な女。

それがオレの一番大切なモノ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女の唇は触れた瞬間、透明な風となって、彼の身体の中を吹き抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「は……今……?」

何を…?

鳴海は長足クラウン号の中にいた。一瞬、記憶が途切れたような気がしたが、それもすぐに忘れた。長足クラウン号がまもなくモンサンミシェルだと告げたのだ。鳴海はステップに立ち、進行方向を睨む。

鳴海の指が、無意識のうちに自分の唇を撫でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エレオノールを奪回するために、鳴海は自動人形との大立ち回りを覚悟してきた。

それが一体も自動人形を壊すことなく、エレオノール奪回はやすやすと終わり、長足クラウン号はあっという間に帰路に着いている。

いくぶん乗客を増やして。

リーゼと涼子、それともう一人、鳴海は初めて見る顔の少年、肝心のエレオノール。

それから、アルレッキーノ。

 

 

 

 

アルレッキーノの言動もまた、鳴海の心を泡立てる。

やはりアルレッキーノもまた、エレオノールの命に従い、子供達を助けたのだと言う。

「人間を傷つけるな」というエレオノールの言葉。

鳴海は気を失ったままのエレオノールの顔を見下ろす。

おまえは一体どういうつもりなんだ?どうしてそういうことを言うんだ?

バスジャックの時もどうして人間を助けようとするのか疑問に思い、その時は何か裏に魂胆があるに違いないと結論付けた。

しかし。もしかすると、あの時も、エレオノールは本気で子供達を……。

鳴海は唇を噛んだ。苦悩の表情が浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こいつは。

エレオノールは。

人形じゃないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

確かに、フェイスレスはエレオノールひとりのために世界を滅茶苦茶にした。

それに対する責任はある。

だが、鳴海がこれまで考えていたような、フランシーヌ人形が人間に対して振り撒いた災厄に対する責任は彼女にはないのかもしれない。

今現在のエレオノールはフランシーヌ人形に支配されていないように思われる。

鳴海自身がその他の『しろがね』たちとは違い、銀に支配されていないように。

生命の水に溶けた心次第で、支配されるかされないか、支配されてもその度合いが違うのかもしれない。

ギイは「フランシーヌ人形は人間に生まれ変わる気などなかった」と言った。

ただ、赤ん坊のエレオノールを助けようとした結果、生命の水に溶けてエレオノールの中に入ってしまっただけなのだと。

だとすると、フランシーヌ人形にはエレオノールを支配しよう、エレオノールの人格に顔を出そうという考えは毛頭なかったということではないのか?

そう考えると、今まで『フランシーヌ人形=悪』という考えすらも固執しすぎたもののように思えて、鳴海は薄ら寒い思いをした。

「分かんねぇ…」

エレオノールを見つめる鳴海の瞳には憎悪以外の感情が浮かぶ。

まだ、完全に信用することはできない。この先はまだ分からない。

それでも、今のエレオノールは、人間エレオノールなのだ。

 

 

 

 

「いずれ殺す…」

それがオレの責任、それがオレの義務。

何故だろう。

初めて、それが、枷に感じる。

これまで、エレオノールを『壊せる』日が来るのを心待ちに待ち侘びていたのに。

だのに、今、エレオノールを『殺さねばならない』ことが桎梏に思えてならない。

 

 

 

 

エレオノールが傍にいる。

フェイスレスのモノになることは阻止できた。

行きに感じていた苦しいほどの焦燥感が今や鳴海の心の中のどこにもないと、彼自身、微塵も気がついていなかった。

焦燥感は、嫉妬が姿を変えたものだったと言っても鳴海は決して認めないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長足クラウン号は走る。鳴海は窓から空を見上げ、ほんの少し表情を緩めた。

鳴海たちの向かう西の空はすっかり黄昏て、茜色の温かな太陽が

明日の天気がいいことを約束していた。                                                          

 

 

 

 

End

 

 

 

 

postscript     銀色夏生さんの20年くらい前に出版された本の中に『黄昏国』という話(詩なのかな?)がありまして、それがモデルです。この話の『黄昏国』はまるで創作ですけども。まあ、何が言いたかったのか、というと、イリノイまではエレオノールを「壊す」と言っていた鳴海が、ローエンシュタインでは「殺す」と言うようになったこと。それまでエレオノールのことを『自動人形』、『フランシーヌ人形』、『つくりもの』等人間外の呼び名で呼んでいた鳴海が、ローエンシュタイン以降は『人形の生まれ変わり』という表現に留め、消して『人形』呼ばわりをしなくなったこと。「フランシーヌ」と呼ばれて「エレオノール」に言い直しているとことかね。私的にはけっこう大事だよなあ、なんて考えていたわけで。その心情というか、エレオノールに対する見方の変化が何故起こったのか、を書いてみたかったんですよ。確かにエレオノールは『フランシーヌ人形の生まれ変わり』であることは事実です。ちょっと、長いし分かりづらいかもしれませんが許してくださいね。

補足として、この話からしばらく鳴海の記憶が絡んだ話になります。鳴海の記憶がいつ戻ったのか、戻ったうえで鳴海がとったしろがねへの態度等に関しては皆さんには皆さんの解釈があると思います。こんな解釈もあるのね、とお気楽にお願いしますね。あくまで創作ですから……。

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