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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

 

 

腕の中の羽根のように軽い身体。

今は与圧服を着ているために嵩が増えてはいるが実際の彼女の身体はとても華奢であることを鳴海はよく知っていた。

蒼白な顔で、痛みを堪えて、気丈に子供たちの心配をしている。

その名はエレオノール。

モンサンミシェルでフェイスレスから奪回した、ゾナハ病の鍵となる女。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕焼けは羊飼いの喜び。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長足クラウン号に乗り込んで鳴海が真っ先に取り掛かったのは子供たちの手当てだった。どこからか毛布を大量に運んでくるとその上に子供たちを寝かし、応急手当を手早く施す。

リーゼの怪我がいくぶん重いが命には別状はない。鳴海の表情が少し緩んだ。

手当てが終わるとひとりひとりの上に毛布をやさしく掛けてやり、子供たちにすべきことがすっかり終わると鳴海は立ち上がった。

表情を打って変わって硬いものに変え、少し先に横たわるエレオノールに視線を移す。

彼女に向かってゆっくりと歩を進め、進めながら聖ジョルジュの剣を引き出した。

そして自分とエレオノールの間に立ちはだかった存在を強くねめつける。

 

 

 

「どけ」

「おまえがフランシーヌ様に危害を加えるというのならどくことは出来ぬ」

アルレッキーノ。『それ』は一歩も引く気はなさそうだ。

フランシーヌ、とアルレッキーノがエレオノールを呼んだことが何故か鳴海の癇に障った。

「フランシーヌ様には『人間を傷つけぬように』と命じられているが、このお方をお守りするためなら容赦はせぬぞ」

「『人間を傷つけるな』だと?」

アルレッキーノはパンタローネと同じことを言う。

「そうだ。このお方は『私はおまえたちの主の人形ではないが、それでも私の前にひかえているおまえたちに言っておく、これ以上、人間を傷つけることは許さない』と私たちにおっしゃられた。私はその命を守ってこの子供たちを守ったが、フランシーヌ様を守ることとは別問題だ」

 

 

 

フランシーヌ。

その名前でエレオノールが呼ばれることがどうにも気にくわない。

「間違えるな。そいつが着ている服を脱がすんだ。そんなもんを着たままじゃ、手当てができねぇ」

「……」

「『人間』はな、壊れっぱなしじゃいられねぇんだよ。見ろ、苦しそうな面だろ?」

アルレッキーノはエレオノールを見下ろすと、一歩下がって鳴海に道を開けた。

「何か不穏な動きを感じたら…」

「手当て以外、何にもしやしねぇよ」

鳴海はエレオノールに屈み込むと、やすやすと与圧服を切り裂き、取り除き下着だけにする。彼女は全身の大きな関節が外されて、あらぬ方向に身体が奇妙に捻じれ曲がっていた。

誰がやったのか知らねぇが、徹底して見事なもんだ。

鳴海だってエレオノールの身体をここまで痛めつけたことはない。

時間が経っているのでそれぞれが真っ赤に腫れ上がり、血膿が溜まってぶよぶよしている。きれいな白い肌が台無しだ。

鳴海は脱臼した関節をひとつ、またひとつと戻していく。関節が元に戻るたび、身体に響く不愉快な音がする。気を失っていながらも、無意識にエレオノールが顔を歪ませる。苦しそうに眉を顰め、目をぎゅっと瞑り、歯を食い縛る。

鳴海は無表情に、そして淡々と作業をこなしていった。

 

 

 

全ての関節が元に戻された時、エレオノールはぐったりとして、もはや彼女の意識は深いところに沈み込んでいて、ぴくりとも動かなかった。

これでいい。関節さえ正しい位置に戻れば『しろがね』である身体はそのうちに回復するだろう。

先程までの苦痛に歪んだ表情はだいぶ薄らいでいる。

鳴海の瞳に知らず、微かな安堵の色が浮かぶ。

その額に乱れる銀色の前髪をよけようと指を伸ばした時、アルレッキーノがエレオノールに毛布を掛けにきたので、鳴海は急いでその場を離れた。

アルレッキーノはエレオノールの額に浮かぶ玉のような汗を拭いている。

け、甲斐甲斐しいもんだな。

鳴海は鼻を鳴らした。

 

 

 

「フランシーヌ様は大丈夫なのか?」

「ああ、そのうちよくなる。それに、そいつの名前はエレオノールだ」

鳴海はアルレッキーノの言葉を訂正した。

さんざん、エレオノールをフランシーヌ人形呼ばわりしたのは自分だというのに。

鳴海は少し離れた座席に腰を下ろした。

 

 

 

アルレッキーノはエレオノールの傍らに控え身じろぎもせず、じっと彼女の様子を見守っている。

「そんな風に眺めてたって、そいつはしばらく起きやしねぇぞ」

「私はフランシーヌ様にお仕えするものだ」

「何遍も言ってるだろうが。そいつはエレオノールだ。そいつも言ったんだろ?おまえたちの主、フランシーヌ人形とは別人だ!」

鳴海はイライラと声を荒げた。

どうしても、エレオノールを『人形』の口から呪われた『フランシーヌ』の名前で呼んでもらいたくない。

 

 

 

「……フェイスレス様が仰るには我々は滑稽なのだそうだ……90年前に『フランシーヌ様』が消えてしまったのも知らず、偽のフランシーヌ様にお仕えしていたことが、マジメに滑稽で面白いと仰られた…」

人形に感情というものが仮にあるとするのならば、今のアルレッキーノはまさに『傷ついている』ようだった。

「我ら最古の四人はフランシーヌ様にお仕えすることこそ使命。その使命こそ存在理由。この御方こそ、ようやく巡り会えた本当にお仕えすべき御方なのだ。四人、と言ってもドットーレはすでになく、コロンビーヌもおそらく…」

「……ふん」

鳴海はアルレッキーノから視線を外した。

 

 

 

アルレッキーノもパンタローネも失われた己の存在意義を求めた結果、それをエレオノールの中に見つけたのだろう。

おそらく、エレオノールが『フランシーヌ様』ではないことを重々承知をした上で。

サハラの後、己の存在理由をエレオノールの中に見つけた自分と似ていなくもない、と鳴海は思った。

もっとも、鳴海の場合は彼女の『破壊』が目的だったのだが。

 

 

 

鳴海は窓の外に目を移した。空がだんだんと赤みを帯び始めている。

どうしてオレは、エレオノールが『フランシーヌ』の名で呼ばれることがこんなにも嫌なのだろうか。

エレオノールを『フランシーヌ人形』、『自動人形』と呼んで、彼女の心を傷つけ続けたのはオレなのに。

どうして。

その答えはもう、鳴海の中で出ていた。

エレオノールは確かに『フランシーヌ人形の生まれ変わり』ではあるが、『フランシーヌ人形』そのものではないから。

エレオノールを『人形』だと思うことが最早出来なくなっているから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美しい夕焼けが空一面を茜色に染める。

長足クラウン号の車内に赤みを帯びた黄金色の光が満ちる。

まるで燃え盛る聖火の如く、赤い色で何もかもを浄化するかのように。

ゾナハ病を撒き散らす虫の充満した空気も、人間たちを恐怖に陥れてきた過去を持つ自動人形も、この勇敢な子供たちの未来も、人形の生まれ変わりの女も、憎悪することしか許されない男も、神々しい紅で染められる。

その女と男の間に深く穿たれ長く横たわる哀しい溝にも、一本の細い浄化の炎の橋が架かる。

それはきっと未来に繋がる橋。

その橋を、鳴海は今はまだ渡れない。

でも、そのうちに渡る日が来るのかもしれない。

鳴海自身にも、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鳴海はエレオノールの安らかな寝顔をじっと見つめると、顔を窓の外に向けて瞼を閉じた。

 

 

 

 

End

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