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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。






フランス某所、冷たい海風の吹き付ける淋しいところ、キュベロン。
世の中から忘れたられた土地。
亡霊のすすり泣く様な風鳴りに、地獄から響くような悲しい海鳴り、そして誰も見返ることのない墓。
そんな立地に聳える一軒の古い屋敷に黒衣を纏う老女が三人住まっていた。
彼女たちはそこを訪れる者たちに人形繰りを教えるためにそこに居た。
それももう、永い事。
いつからそこにいるのかを忘れてしまうくらい永く。
彼女たちは最古参の『しろがね』。
自動人形を破壊するが生きる目的。





三人の老女の一人、ルシール・ベルヌイユは屋敷のある一室に向かって歩を進めていた。
彼女は孤高なる女傑。幾度もの自動人形との血塗れの戦いを勝ち抜き生き残った、見た目の細い身体からは想像もつかない程の戦士。
ルシールは全ての『しろがね』の師として自らを律し、その立ち居振る舞いは一分の隙もない。
背筋をしゃきっと伸ばし、足早に歩いているのにも関わらず、その長いドレスの裾が乱れることもない。
彼女は大きくて重厚な扉を開けた。
その部屋に待つ、ギイ・クリストフ・レッシュの定期連絡を受けるために。







三月の風 

四月の雨 

五月の花を咲かせるため。








(1)


「久し振りだねぇ、ギイ」
ルシールが部屋に入ると扉に背を向けてソファに腰掛けていたギイは立ち上がり、深く頭を下げた。
「もう何年ぶりだい?あんたがここに来るのは」
「さあ、いつ以来になるんでしょうね?『しろがね』をやっていると時間の感覚がおかしくなってしまって」
しれっとルシールの皮肉を流すギイに彼女は
「全くその通りだよ」
と返事をした。
急ぐことを知らないかのようにルシールはしずしずと長い黒いドレスのひだを少しも揺らすことなくギイの向かいのソファまでやってくる。そしてギイに向き直り、その隣に座るあどけない顔の少女と瞳を合わせた。



銀色の瞳。肩まで伸びた銀色の髪。
少女はギイに倣い、ルシールにぺこりと丸くて小さな頭を下げた。
「新しい『しろがね』だね」
「ああ、僕がスカンジナビアを旅していて、ゾナハ病で苦しんでいるこの子を見つけて『しろがね』にした。名をエレオノールと言う。エレオノール、こちらは『しろがね』の先生、ルシール・ベルヌイユだ。これから君は彼女について『しろがね』の勉強をすることになる」
エレオノールはソファを下り、頭を改めて下げると
「エレオノールです。よろしくおねがいします」
と言った。
大きな瞳。細くて柔らかそうな真っ直ぐの髪の毛。薔薇色の滑らかな頬。
その時、心を読ませない無表情の仮面の下で、ルシールは心を粟立たせていた。
何故ならば、エレオノール、と名乗ったこの少女がとある人物をルシールに思い出させたからだ。





アンジェリーナ。
ルシールの娘。
エレオノールは驚くほど、アンジェリーナの子供の頃にそっくりだった。
それも、他人の空似というにはあまりにも似過ぎていた。
それにどうしてか、ルシールの血が騒ぐ。血は水よりも濃い、そんな言葉が頭に浮かんだ。





「スカンジナビアのどこら辺だい?」
ルシールは『しろがね』になって以来、沈着冷静を崩したことのない自分の声がいくらか震えているような気がした。
「ノルウェーのグロンマ川沿いの小さな町で見つけたんだ」
ギイは理論武装して前もって決めておいた嘘設定をさも真実であるように語る。
けれど、付き合いの長いルシールはギイが天下一品のペテン師であることも心得ている。
「ノルウェーの南東部の県にある川だね。何県だったかねぇ、エレオノール?」
「ヘードマルク県です…」



エレオノールは全てを見透かしそうなルシールの視線に強張りはしたが、ギイに教えられた通りの嘘設定をさらりと答えた。
「そうかい」
ルシールはエレオノールの頭の天辺からつま先まで探るように観察する。
ルシールとエレオノールの瞳が合ったとき、少女の瞳が一瞬空を彷徨い、膝の上の自分の拳に静かに止まった。その仕草にルシールはかつて、自分の娘の、ついた嘘を母親にバレそうになったときのそれを誤魔化そうとするクセを思い出した。
懐かしい、そんな感情が久し振りにルシールの胸に去来する。



「ノルウェーってのはゲルマン系の民族の国だけれど、この子はあまりそっちの血は濃くない感じがするねぇ。むしろ私達に近い風貌をしているよ」
澄ました顔の下でギイはギクリとする。
しまった。フランス系移民の多い国にしておけばよかった。
鋭いな、この婆さんは、やはり。伊達に長年『しろがね』をやってない。エレオノールとフランスの関係性がないことを強調しようとしたことがかえって仇になったのかもしれない。
ギイは何としてもエレオノールの素性を隠さなければならない理由があるので、何か上手い切り替えし方はないかと瞬時に考えを巡らせたが、ルシールはギイの答えを待たずに「まあいい」と言った。



「それでエレオノール、おまえは幾つだい?」
「7歳です」
「若いね」
ルシールはぼそっと呟いた。
ルシールの深意は誰にも覗けない。
「ルシール。エレオノールに『しろがね』の教育をお願いしたい」
ギイはルシールの答えを待った。
エレオノールはどうしてもここで『しろがね』の教育を受けさせてもらう必要があった。銀目銀髪で不死人の運命を背負ったエレオノールは『しろがね』になって、強く生きていく術を身につけなければならない。これから彼女は自分を待ち受ける過酷な運命に立ち向かい、そして自分の幸せを自分の手で掴み取れるくらいに強く!



7歳、『しろがね』の教育を受ける者としては最年少だろう。
ギイはルシールに「若すぎる」と断られはしないかと気が気でなかった。
「よろしい」
ルシールは静かに答えた。
ギイは気付かれないように小さく安堵した。
「よろしくお願いします」
エレオノールはぺこり、とルシールに小さな頭を下げた。







「エレオノール、僕は時々君の様子を見に来るから、ルシールたちの言う事をよく聞いて早く一人前になりたまえ。君が独り立ちできるようになったら迎えに来る。また僕と旅をしよう」
「はい、ギイ先生」
ギイはエレオノールの頭をそっと撫でると、ルシールに
「よろしくお願いします」
と軽くお辞儀をしてキュベロンを後にした。
『しろがね』の屋敷の前には一面に広がる菜の花畑。
ギイの後姿は黄色の花の海に埋もれてやがて見えなくなった。ギイの姿が見えなくなってもエレオノールは菜の花畑の黄色い海を、風が揺らす様をじっと見つめていた。
容赦なく吹き付ける海風が、菜の花をなぎ倒さんばかりに揺するので花達が悲鳴を上げているかのようだ。
菜の花の絶叫がエレオノールの心を揺さぶる。





あのときも
あのときも
菜の花は私を取り巻いていた
雨に濡れた菜の花が
ひとりぼっちの私を見ていた
私が求める愛する人の名を
菜の花だけが聞いていた





「さあ、おいで、エレオノール。おまえの部屋に案内しよう。……エレオノール?」
その場からじっと動かないエレオノールをルシールが怪訝そうに見下ろすと、少女の瞳からは涙が溢れていた。
「どうしたんだい?ギイがいなくなったから淋しくなったのかい?今からそんなではここでやっていけないよ?」
「いえ、淋しいわけでは…」
独りになったのが辛いのではなくて、この菜の花畑をいつかどこかで見たことがあるような気がして。
私がキュベロンの土地に足を踏み入れたのはこれが初めてなのに。
切れ切れの夢の中、既視感というには鮮明すぎるイメージ。
この土地は、エレオノールにとってはどこか懐かしくて、切なくて、悲しくて、苦しくて、恐怖を覚える。
それはエレオノールが知る由もない、彼女の中に眠る、フランシーヌとフランシーヌ人形の記憶の逆流。





ルシールは思う。
何て大人びた顔をするのだろう、この子は。
とても7歳には思えない、と。
「さあ、おいで。エレオノール」
ルシールはこれまでよりも幾らか柔らかい声でエレオノールを呼んだ。
「これから厳しい訓練がおまえを待っている。楽しいことなど何一つない、苦しみの毎日の連続だろう。けれど耐え忍びなさい」
ルシールはこれまで『しろがね』の生徒にやさしい言葉をかけたことはなかった。
どんなときでも厳しく、がモットーだったのに。
ルシール自身、気付いてはいないがどこか母の顔が覗く。
「はい」
エレオノールは涙を拭うとルシールの後について屋敷の中に消えた。



ルシールはエレオノールの前を歩き、屋敷の中を過ぎる。
そして、一つの部屋の前に立ち止まると扉を開けた。
そこは小さな個室だった。
「エレオノール」
「はい、ルシール先生?」
「エレオノール、という名前は誰が、お付けだえ?」
エレオノールをこれから彼女のものになる部屋に通したとき、それまで黙っていたルシールが口を開き、訊ねた。
「は、母……です」



エレオノールは両親を知らない。けれど、スカンジナビアでゾナハ病にかかってギイに拾われるまでは両親と暮らしていたことになっていたから彼女はとっさに思いつきを口にした。
「おまえの母親が……ね……」
「はい」
ルシールは何かを黙考しているようだった。
エレオノールが返事を待っていると
「夕食は6時から。食事の支度をおまえも手伝いなさい。5時には厨房に来るんだよ」
そう言い残し、ルシールは質問などしなかったような顔で部屋を出て行った。



「エレオノール」
ルシールは口の中でその名を唱えた。







『ママン。私も大人になったらママンと同じに女の子と男の子がひとりずつ欲しいな』
『どうして?アンジェリーナ』
『男の子は家の力仕事でパパのお手伝い。女の子はママンの傍でお手伝い。私、ママンといて楽しいもの。だから私も、ママンになったら女の子が絶対に欲しいの』
『ママンもアンジェリーナがお話相手になってくれるから嬉しいわ』
『でしょう?だからね、私、将来生まれてくる女の子につける名前ももう決めたのよ?』
『ふふ、気が早いわねぇ』
『エレオノール、ってつけるの。素敵な名前でしょ?』







アンジェリーナがキュベロンから姿を消してから105年。
一世紀の時を超えて対面した祖母と孫の姿だった。



End



postscript
私はルシールがエレオノール=孫だと気付いていたと思っています。私自身、娘を持っていますが、おそらくこの子が将来子供を産み、私に孫ができたとき、その孫の中に自分の娘の似ている部分を探すと思うんですよ。探すというか、必然的に気付く、というか。だからルシールも絶対に気付いていたと思います。何しろ彼女はミンシアの中にすら娘・アンジェリーナを見たのですから。面差しがそっくりなエレオノールなら尚のこと。他の誰にも気づけなくても母親なら気付くこともあるでしょう。ルシールが退場するまでの原作ではまだアンジェリーナとエレオノールの繋がりは語られていなかったので、ルシールはエレについて一言も触れることなく退場することになりますが、サハラで鳴海に「時間は愛することに使いなさい」という言葉は暗に「この先はエレと幸せに」「エレを頼む」ということを内包していると思うので、鳴海と別れた後、孫・エレに思いを馳せたのかも、なんて思ってます。
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