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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

中国四川省、長江沿いのとある町。

その町外れにある屋敷では早朝から道場が開かれ、その内外で拳法の修行が行われていた。

 

 

 

 

辺りを吹き抜ける風に秋の匂いが混じる、空が美しく、青く澄み切ったある日の出来事。

 

 

 

 

額に汗する年若い門下生の傍らにじっと黙して立ち、稽古をつける男性の元に他の門下生がひとり寄り、そっと耳打ちをする。

「師父に会わせて欲しいという変な外国人が来ています」

「外国人?」

男は静かな声で聞き返した。

「はい、銀髪で銀目の、得体の知れない大きなトランクを持った男です。欧米人のようですが中国語がやたら上手いんです。どうしますか?追い返しますか?」

門下生は自分の手の平を拳で打つ。男の答え如何では多少乱暴なことをしても追い返してみせる、と意気込んでいるようだ。

「いや、いい。会おう」

男はその門下生に、客人を応接間に通しておくように言いつけた。

それから再び稽古をつけていた少年に向き直る。

「ミンハイ、今言ったことを忘れるな。細心して修練を積むことだ」

「分かりました。師父」

ミンハイ、と言われた少年はたった今、男から教えを受けた型をひたすら反復する。彼はそれが呼吸をすること、瞬きをすることと変わらぬことのように身につくまで繰り返すことだろう。男は厳しさで塗り固めたような顔に僅かな満足げな皺を刻むと、招かれざる客の待つ応接間へと歩いていった。

歩いている途中、男の呼吸が乱れた。

ぜひっ。

全身に激痛が走る。

それでも男は取り乱すことなく客の待つ部屋の扉を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠き日、風はあおあお。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男が応接室で顔を合わせた客は門下生の言う通りの見事な銀目銀髪をした、きれいな若い男だった。男にきれいという修飾語をつけるのは変かも知れないが他に例えようもない。

線が細く、一見は優男にしか見えないが、男にはこの客が数多の修羅場をくぐってきた過去を持つことが容易に分かった。男のように我が身が武器の戦い方はしないのだろうが、それでも全身を取り巻く空気がそこだけ違う。

まるで抜き身の刀のようだ。

不用意に近づけば膾にされてしまいそうな研ぎ澄まされた雰囲気の持ち主。

客は男に目を合わせると、フッと薄く微笑んだ。

途端、男の呼吸困難と激痛は嘘の様に治まる。

男はすぐに理解した。

客は自分を襲う発作を抑えるために淡い笑顔を作ってくれたのだということを。

 

 

 

 

「何用かな、客人?」

男は何事もなかったかのように、客のついているテーブルの真向かいに腰掛けた。客も特に変わったことはなかったかのように、慇懃無礼に話を切り出す。

「あなたが梁剣峰か?」

応対した門下生から聞いたとおりの流暢な中国語。

「いかにも」

どちらも穏やかな口調ながら、その中に相手を探るようなピンと張り詰めた何かがあった。

「僕は『しろがね』という者だ。単刀直入に言おう。あなたはゾナハ病にかかっているな?」

「……いかにも。何故、それを知っている?と訊ねた方がよいのかな?」

「僕もかつてはゾナハ病患者『だった』。『しろがね』はゾナハ病患者の居場所が自然と分かるのだよ」

当たり前のようにそんな説明をされても胡散臭いことこの上ない。が、剣峰には不思議とそれが嘘ではない、紛れもない真実と受け入れられた。

どうしてかは分からない。

自分に向けられた銀色の視線が真摯で、どこか物悲しい光を孕んでいたからなのかもしれない。

 

 

 

 

「して、その『しろがね』が私に何用か?」

『しろがね』と名乗る男はテーブルの上に小さな小瓶を置いた。

薄く薔薇色がかった、どこか淡く発光しているような銀色の液体。

剣峰はその液体をずっと以前にどこかで見たような気がした。

「これは生命の水。万能の薬。飲めばどんな病も治る、そうあなたのゾナハ病も。あなたは苦しみから解放されたくはないか?」

『しろがね』は剣峰の答えを待つため、剣峰は『しろがね』の深意を探るため、ふたりの間にはしばし沈黙が横たわった。何呼吸か置いて、剣峰が語り出す。

「私はゾナハ病に50年近く前にかかった」

『しろがね』はほんの少しだけ眉を上げた。

50年。その期間に驚いているようだ。

彼もまたゾナハ病だったから、その苦しみをよく知っている。当時のことは思い出したくもないくらいだ。

50年、彼がその苦しみに人知れず耐え、そしてその間死ぬことなく、しかも拳法の達人として名を馳せていることに畏敬の念を覚えた。

 

 

 

 

「確かにゾナハ病は厄介な病だ。治りたいと思う。私の生まれた村を全滅させ、それがために村は焼かれ、その存在を国に抹消された。その時のことは、私はまだ赤ん坊で何も覚えてはいないのだが」

剣峰は話を一度切った。

赤ん坊だった故、何がそのとき起こったのかは分からない。

自分以外にその時の生き残りがいないので詳しいことも分からない。

ただ、梁家の養父が後に教えてくれたのだが、そのとき白家には一人の客人が滞在していたのだという。

それは20代の青年だった。

 

 

 

 

彼の祖父か曽祖父かはもう分からないが、かつて大陸に入植してきた日本人で白家の娘を嫁にもらった者がいて、それの孫か曾孫に当たるのだそうだ。

日本人の血を引く青年は、当時、大戦の終わった間際だったせいで非常に冷遇されたが、祖母か曾祖母かの遺骨を「故郷に埋めて欲しい」という遺言に従って届けに来たらしい。

そして青年のやってきた晩、村をゾナハ病を襲った。

銀色の煙が村人を意思を持っているかの如くに襲い、その口や鼻から体内に入り込む様を青年は見た。

侵入を許してしまった村人は、即座に喉を抑えて苦しみ出した。

俊敏だった青年はとっさに口鼻を服で押さえ、逃げ、土間の大きな水甕に飛び込んだ。

その際、通り道の居間で見つけた、赤ん坊の剣峰を小脇に抱えて。

居間の炉辺で父親の懐中時計を玩具にし、舐めて楽しんでいた剣峰は突然乱暴に抱え上げられ冷たい水に沈められて大声で泣き出した。青年は泣き叫び暴れる剣峰の身体を強く抱き抱え、逆さまにして空気を入れた桶を水に沈め赤ん坊の顔に宛がった。

一か八かだった。

その銀色の煙は水の中には入ってこなかった。

青年は時折、呼吸のために水面に顔を出しながら辺りを覆う銀色の煙が薄れるまでそうしていたそうだ。

そのおかげで剣峰は命を永らえた。

だが、多少、身体の中に銀色の煙は体内に入ってしまったのだろう。

その場での死は免れたものの、剣峰も、その青年も結局はゾナハ病にかかってしまった。

「おまえが来たからこんな病を呼び寄せたのだ。疫病神!帰れ、日本人!」

青年はそう罵られて日本に帰ったのだという話だった。

 

 

 

 

『しろがね』は黙って聴いている。

「そんな病をたちどころに治す薬だ。ただではなかろう」

剣峰の言葉に『しろがね』は

「金は要らない」

と即答した。

「ならば尚更性質が悪い」

「そうかもしれない」

『しろがね』は自嘲した。

「その薬の対価は何だ?」

「あなたのこの先の『人間としての』人生すべて。不治の病の治癒と引き換えに生命の水のマリオネットになる」

「そうか」

剣峰は不治の病が治るかもしれない事実にも、それを飲んだ後に待ち構える変化についても特に感情の動きを見せない。

「あなたがあまりにも淡々としているから、何だか僕はゾナハ病患者と話をしている感じがしないな」

『しろがね』はやや呆れたような、感心したような声を出した。

自分もそうだったがゾナハ病患者というものは、そのあまりの苦しさから藁をも縋る思いで、ただ楽になりたいとの一心でこの究極の二者択一を簡単に選択してしまうものなのに。

 

 

 

 

「では、訊こう。訊くまでもなく答えは見えている気がするが。あなたはこの薬を飲むか飲まないか?」

「飲まない」

「やはりな。一応念を押すが後悔はしないか?生命の水はもう残り少ない。仮に次に会うことがあったとして、その時にやはり欲しいと言われてもなくなっている可能性の方が高い」

『しろがね』の銀色の瞳は真っ直ぐだ。

だから剣峰も限りなく真っ直ぐな瞳を返す。

「後悔はしない。私の人生は私のものだ。例え短くても誰にも操られない人生を選択する」

剣峰の返事はきっぱりとしていて気持ちのいいものだった。

何て力強い。

僕にも、こんな力強さと確固たる意志があったのなら、きっと『しろがね』になんかならずに済んだのだろうな。

『しろがね』は小さく、ふふっと笑った。

 

 

 

 

「あなたみたいな人物に会えただけでも光栄だ」

『しろがね』はスマートに立ち上がった。洗練された立ち居振る舞いが端々に滲み出る。

「すまない。長居した」

「見送ろう」

剣峰は『しろがね』と連れ立って表に出た。

「わざわざこんな中国の奥地まで来て、私の病を治すだけが目的じゃないだろう?」

剣峰は玄関に立ち止まり、『しろがね』に訊ねた。

「僕と同じ『しろがね』にあなたをスカウトしたかったのさ。あなたは素手で忌まわしき者たちを倒せる。味方になればこの上なく頼もしいからね」

「忌まわしき者?」

「『しろがね』と関係ない人生を送るなら知らなくてもいいことだ」

「そうか」

自分達の変わらぬ日常の向こうで、彼の言う『しろがね』たちの人知れぬ何かが存在するのだろう。

剣峰はそれ以上、何も訊かなかった。

 

 

 

 

「すまなかったな、役に立てなくて」

「いいのだ、あなたはあなたの人生と全うすればいい」

『しろがね』は帰りかけて、「そうだ」と一言、剣峰に向き直った。

「折角来たのだ、あなたの武術が見てみたい。どんな技の使い手を僕は仲間にし損ねたのか」

剣峰は家の戸口に『しろがね』を残したまま、中庭に出ると「王」と一人の青年を呼んだ。

「いつでもいい、本気でかかってこい。私も本気を出そう」

師父に直接稽古をつけてもらえる、王と呼ばれた男の瞳は輝いた。

周りにいた門下生も稽古の手を休めて、剣峰と王の手合わせに固唾を呑んだ。

先に剣峰に稽古をつけてもらっていた少年ミンハイも注目する。

王が仕掛けた。剣峰は王の繰り出す蹴りや突きを後ろ手にしたまま、ゆうらりゆらりと何の苦もなく、かわす。そして周囲の目にはまるで消えたようにしか思えない迅さで素早く身を低く屈め地面に貼り付くように水平にすると、それこそ目にも止まらない速さで王の股の間を潜り抜けた。

どよめきが起こる。

王は一度も剣峰を渡り合うことなく、背中を取られてしまっていた。とん、と軽く、王の頚椎に剣峰の手刀が触れる。

「王、おまえは足捌きが雑なのだ。こんな大技を簡単に決められるくらいに」

「参りました」

剣峰は呼吸一つ乱さず、『しろがね』の方を振り返る。

しかし、そこにはもう銀髪の男の姿はなかった。

剣峰の頭上に何かがヒラヒラと舞い落ちて、その足元に落ちた。

剣峰が拾い上げたそれは、真白の羽根だった。

ふと空を見上げると、真っ青な空に純白の大きな鳥が一羽、遠くへと飛んでいくのが見える。

「再見」

剣峰は呟いた。

 

 

 

 

その後、梁剣峰と『しろがね』ギイ・クリストフ・レッシュが再び会うことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い日、あおあおとした風が吹いていた、ある日の出来事。                                                                                    

 

 

 

 

 

End

 

 

 

 

 

postscript       この話を書いた目的がいくつかあります。ちょっと後書きが長くなりますがご容赦ください。

ひとつは、飛行機事故のときのギイのセリフ、「昔、ナルミの拳法の師匠がやった技さ」を回収したかったこと。これってギイと師父と面識があるような口ぶりに聞こえます。拳法を研鑽した先人全てを鳴海の師匠、とみることも出来ますが、やはりここでのギイの差すのは梁剣峰でしょうね。何しろその直後に見事な花道を演じた師父が登場するのですから。だからギイは師父のこともスカウトに行ったのかしら?とね。ギイがトムの写真を見ても師父のいた町の近くだと気がつかなかったのは、彼の交通手段がオリンピアだったから、ということにしましょう。

 

ふたつめ、鳴海と白家に何らかの繋がりを持たせたかったこと。話の中に登場させた赤ん坊の師父を助けた青年は鳴海の祖父ケンジロウです。ケンジロウの何代か前の嫁が白家出身、ってことで鳴海にごく薄いですが白家の血が混じります。ほんのちょびっとでも白家との血の繋がりがあった方が白銀の記憶が鳴海にだけ色濃く出たことに対する理由付けになるような気がしたものですから。生命の水を受けた『しろがね』よりもミンシアの方が白銀に近い血筋ってのがちょっとなー、と思ってましたので。

 

みっつめ、ケンジロウのゾナハ病にかかった由来を書きたかったこと。日本には自動人形は現れてないはずなのにゾナハ病になったケンジロウ。彼はどこでゾナハ病にかかったのか?ということが気になってました。唯一、日本での人形被害は黒賀ですけれど、そこにケンジロウがいたことの方が不自然です。で、中国で赤ん坊師父と同時にゾナハ病になった、と考えた方が話的にすんなり行くかな?と。師父、ケンジロウ、鳴海、この三人がゾナハ病にかかりながらも日常生活を送れたのは体内のゾナハ蟲が極少量だったからではないか、と推理。ゾナハ蟲が水中までは追っかけてこない、というのは私の捏造です。

 

タイトルは姫神の曲から。

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