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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

 

 

 

黒と銀と銀の螺旋

 

 

 

 

 

 

 

 

「おまえを抱いてもいいか?」

 

 

 

 

 

あんまり目の前の大男が五月蝿いので、とうとう彼は折れた。

憂いを秘めた表情でゆっくりと大男の前に立つと、きれいな細い手で銀色の前髪をかきあげた。

白銀の瞳が漆黒の瞳を射抜く。

「ナルミ、ただし、一度だけだぞ」

「分かってるよ、ギイ」

鳴海はギイの男にしては線の儚げな身体にその逞しい腕を巻きつけ、やさしく掻き抱く。

ギイは少し眉を顰め、瞳を閉じた。

鳴海はその艶やかに光る銀糸に頬を当て、大きく肩で息をついた。

鳴海もまた瞼をおろした。

「ナルミ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうだ?何か閃いたか?」

「いんや、何も」

ならば、とっとと放せ、とばかりにギイは鳴海の腕を振り払った。

「ああ、おまえに僕の貞操を奪われるのではないかと心底ヒヤヒヤさせられたよ」

「んなことするか!オレだって好きでヤローを抱き締めたわけじゃねぇよ!」

「案の定、ヤられ損だったわけだ。僕の身体がイノシシ臭くなったらどうしてくれるんだ?」

嫌味ったらしくギイは袖の匂いを嗅ぎ、身体の埃を落とすしぐさをしてみせる。

「ほんっっと、おまえってイヤなヤツだな?!」

「おまえの考えに付き合ってやっただけでもありがたいと思え。なんとかの考え休むに似たり、だ」

だってよー。鳴海は口を尖らす。

「おまえと同じ、銀の髪で銀の瞳なんだぜ?ホントに似てんだ。だから、その女のこと、何か思い出せると思ってよ…」

ギイはほんの少しだけ、片眉を上げた。

 

 

 

とある東欧の国、自動人形を倒す旅の最中。

鳴海とギイはホテルの一室にいた。隣の部屋にはルシール。

ギイは先程まで腰掛けていた椅子に戻ると、飲みかけのワインに口をつけた。

記憶を失った鳴海の、頭の中に残るわずかな記憶の欠片。

『すまない、笑えないの』と泣きながら謝るきれいな女。

 

 

 

「唯一、オレに残る記憶なんだ。きっとオレに関係の深い女なんだと思うんだ。頭の記憶はこれ以上ムリでも、“カラダの記憶”が何か反応するんじゃねぇかって」

「だからって、何故、抱き締めるシチュエーションなのだ?」

「いや……もしかしたら、ほら……その女はオレの」

「あり得ない」

ギイはきぱっと否定する。

「何でだよ?もしかしたら」

「何を言っている、このチョンマゲイノシシが。おまえの失った記憶はごく短い期間だろう?その短い時間でその美しい女性を おまえが どう口説けるというのだ?おまえは自分がそんな器用なことができると思うのか?」

「…思わねぇ…」

「だろう?非現実的にも程がある。万が一にもない。まだ太陽が西から昇る可能性の方が高い」

「おまえってほんっっっとイヤなヤツだな」

まるで子供のように舌をべっと突き出す鳴海を、ギイは肩を大袈裟にすくめて、溜め息をついてみせた。

 

 

 

 

ああ、エレオノール!

なんておまえは男の趣味が悪いのだ?

幼いときから絶えず傍にいたのはこの僕だろう?

僕を間近で見て育っていながら、何故こんなイノシシがいいのだ?

この男の中には、“僕”の要素が何一つない。

優雅さも、知性も、美を解釈する繊細さも、洗練された立ち居振る舞いも、女性を喜ばせるウィットに富んだ話術も、

そう、人生に必要不可欠なユーモアさえ欠けている。

完璧な僕に匹敵する男を見つけることが困難なのは理解できるが、それにしても限度というものがあるだろう?

この筋肉の塊は、まったくもって野蛮で乱暴で低脳で無作法で不躾でクチの利き方を知らなくて、腕っ節しか取り得がなくて…。

「おまえ、今、オレのワルクチ考えているだろ?」

ほら、こういうことだけ勘が働く。ほとんど動物と言っていい。

 

 

 

 

「あーあ…、いい考えだと思ったのになー…」

チョンマゲイノシシはまだ言ってる。

「ずいぶん、その女におまえは御執心だな。好きなのか?記憶の中の女が」

「好き……分っかんねぇ、記憶がねぇから」

鳴海はドサリ、とソファに腰掛けた。

「でもよ、気になるのは確かなんだ。記憶を失うほどの目に合っても、その女と笑うガキの顔だけはオレの頭の中にこびり付いてんだ。だから、きっとオレにとって大事な存在だったはずなんだよ」

「思い出してどうしたいのだ?会いたいのか?」

ギイはじっと観察するような視線を鳴海に向ける。

 

 

 

「そーだなあ…いつか、会いてぇな」

「会ってどうする?」

「とりあえず、『もう泣くな』って言ってやる。だって、いっつも泣いてオレに謝ってんだもん。『もういいから泣くな』って言ってやりたいんだ」

鳴海は不思議と嬉しそうだ。

「こないだ、お姫さんにも言ったけどそいつを笑わせてやりてぇんだ。そいつの、幸せそうに笑った顔が見てみたい。泣き顔じゃなくてよ」

「……」

「そいつが幸せになればオレも幸せかなって、何となく…そんだけ」

鳴海の瞳はどこまでも真っ直ぐだ。ギイはふっと、薄く笑った。

「まぁ…イノシシというものは真っ直ぐにしか走れないからな」

「なんだよ?いちいち引っ掛かるよーなコト言いやがって。殴るぞ」

 

 

 

鳴海が拳を振り上げたとき、部屋の扉が開いた。黒衣の老女が顔を覗かせる。

「ギイ、ナルミ、そろそろ行くとしようか。支度はできたのかえ?」

「おう、今行くぜ」

鳴海はひょいと立ち上がると、ルシールに続いて部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

エレオノール。

おまえの男の趣味は最悪だが、男を見る目は確かなのかもしれないな。

 

 

長きに亘る、そしてこれからも果てしなく続く不死人と自動人形との戦い。

僕はナルミを、我々しろがねと、そしてエレオノール、おまえの運命の螺旋に巻き込んだ。

おまえと同じ運命を彼にも背負わせるために。彼がおまえと同じ時間を歩めるようにするために。

 

 

 

 

 

 

 

「そのうち会える」

ギイは最後のワインを飲み干すと、グラスをテーブルに置き、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

グラスの中でワインの雫が赤い涙を流す―――――。

 

 

 

End

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