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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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原作にそったパロディです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花ノ葬列

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんまりにも花の香りが強過ぎて僕は窒息すると思った。

だから酸欠の金魚のように口を上に向けてパクパクさせて新鮮な空気を求めた。

でも此の場所を移動しない限り、肺に吸い込まれる空気には噎せ返る位の花の匂いが付き纏っているのだと云うことに深呼吸してから気が付いた。

僕は馬鹿だ。結局更に深く花の匂いに溺れてしまった。噎せる。

花の芳しさもソコハカトナク漂う程度が丁度良いのだ。

こんな風に花のエキスを抽出したように空気の粘度すら変えてしまう香気に僕は耐えられない。

だから僕は此処を出よう。

そう思って、僕はどうして此処に居るのだろうと考えた。

此処が何処とも知れない、耳に痛い程の静寂に、たった一人で。

僕の頭の上の蛍光灯は今にも切れそうで、時々、唯でさえ暗い僕の世界を冥くする。

目の前の裏寂れた店員の居ない売店には、老人の疎らな歯程度にしかモノが置かれていない。

それも見るからに型落ちパッケージのお菓子やジュース。

消費期限はとっくの昔に切れているんじゃないか?あんな形のプルトップなんて

僕は知らない。見たことがないや。

埃を厚く被った窓ガラスに、褪せ過ぎて元の色が分からなくなった壁。

掃除なんかもう何十年もしたことがないのだろう、靴の裏はジャリジャリと床の上の砂を掻く。

僕は自分を見下ろした。

僕の丸こい膝小僧は黒の短ズボンから貧弱に伸びていた。

僕の細くて貧相な手首も黒のジャケットから伸びている。

僕の薄い胸元を隠すのは黒のネクタイで、

白のソックスの先に不恰好に揺れているのは黒の革靴だった。

喪服を着た僕は汚いテーブルに向かって壊れそうな古いボロ椅子に腰掛けていた。

此処は火葬場で、如何やら僕は誰かの焼き上がりを待っているらしい。

 


噎せ返る花の香りに混じって、視界を白く霞ませる線香の匂い。 

何処からか

チーン

と、鎮魂めの鉦の音がした。

それに続いて、地の底から響いてくるような読経の声。

経、と云う物は未済度の死者の魂を救う為の物なのに

現世の生者の耳にはあまり聖なる物に聞こえないのは何故だろう?

時に、あの世から死者を呼び寄せる唄に聞こえるのは如何してだろう?

日本風のお化け屋敷って必ず禍々しいお経が付き物だ。

僕は何だか薄ら寒くなってきて、こんな処に独りで居るのが嫌になった。

大体、誰が焼かれているの?

僕は誰の骨を拾うの?

僕は怖くなって、小刻みに震える拳を見つめた。それから左右をそろそろと見渡して隣には誰も居ないことを確認すると、今度はゆっくりと顔を上げた。

 


心臓が破裂するかと思った。



 

さっきまで誰も座って居なかった筈の僕の向いの椅子に誰かが座って居る。

胸から下しか見る勇気が出ないから誰かは分からないけれど僕と同じに喪服を着た女の人だ。

何時の間に座ったんだろう?音もしなかった。気配も感じなかった。

幽霊?

手の平が汗ばんで舌が口蓋に張り付いた。

女の人の顔がのっぺらぼうでも、無念の表情で僕を睨んでいても嫌だと思った。

でも、恐怖の中に芽生えた一欠けらの好奇心から女の人の顔に視線を一瞬だけ走らせる。

そして僕の恐怖は安堵に変わった。

「しろがね」

目の前に居たのはしろがねだった。哀しそうな顔で俯いているしろがねだった。

しろがねの腕には大きな白百合の花束が抱かれていた。

ああ、僕を窒息させようとしていた花の匂いの出所は此れだったのか、と思った。

しろがねは僕に銀色の瞳を据えると音も無く立ち上がる。

 


「お坊ちゃま、お時間です。此方にいらして下さい」

真っ白い顔のしろがねが僕の露払いとなり先を行き、僕はその細い背中に続いた。

クネクネとした肌寒い歪な回廊を僕らは足音も無く進む。

何でこんなに気味が悪い位に静かなんだろう?

しろがねが胸に抱く百合の強い芳香だけが眩暈を催す程に鮮烈で苦しい。

僕は我武者羅に駆け出すけれど、目の前をゆっくり歩く細い背中との距離は

ちっとも縮まらなくて、僕は見っとも無い格好で踊っているみたいだった。

焼き場に着くとひとつの鉄の扉の前でしろがねが指を指す。

其処には焼き上がったばかりの骨があった。

骨太の、片腕分の、の骨。

嗚呼。そうだ。

僕はあの人の焼き上がりを待っていたんだった。

左腕しか残らなかった、僕の大事な人の。

大きくて太いあの人の骨は殆ど崩れることもなく、小さな指骨のひとつひとつまで

原型を留めていた。上腕骨なんて骨だけになっても軽い僕ならぶら下れそうだ。

しろがねは百合の花束を都合よく置いてあったボロのベンチにそうっと載せる。

そして僕はしろがねとふたり、向かい合って拾骨をした。

僕の箸としろがねの箸がシンクロするように骨の上を舞い、丁寧に拾い、骨壷に納めていく。

「僕、骨を拾うのはこれで三回目だよ」

僕は黙っているのが嫌でしろがねに語りかける。

これ以上の沈黙に触れると吐いてしまいそうだった。

「お母さんの骨と、お祖父ちゃんの骨と、今と。焼いた骨ってさ、水分が抜けちゃうから軽いよね。表面もカサカサになっちゃうし。普段イメージしている骨と箸で摘むこの感触ってかなりギャップが大きいよね。骨ってさ、もっと真っ白で滑々しているもののような気がするのに」

大きな骨から順番に納めようと骨を注視して選別するしろがねの顔の方がずっと骨っぽい。

真っ白で、滑らかで。

そんなことを考えていたら、しろがねも口を開いた。

「骨がお坊ちゃまの仰る通りの骨になるためには何年も風雨に晒されないとなりません。それか骨以外を奇麗に溶かす薬品に漬けるか。腐りようも無い位に焼いてしまうとこんな味気無い物にしかならないのです」

僕らは箸を動かし続ける。

「完全なしゃれこうべなど、余程に骨の頑健な者のものでなければ火葬場でお目にかかることはできないのではないでしょうか?普通は焼き崩れてしまうでしょう」

「この人の頭蓋骨だったらどうだったかな?」

僕は言葉を口に出してから、僕は今随分とブラックなことを言ってしまったな、と後悔した。

しろがねは表情を崩さず

「あの人の頭ならば…」

と言い掛けて、

「此の辺で良いでしょう」

と言い、箸を置いた。

まだ細かな骨は残っていたけれど、こんなものなのかな?と僕は思い

しろがねに促されるまま骨壷の蓋を閉め、白布にそれを仕舞った。

 


其の時、僕は見た。

しろがねが拾い残した骨の中で一番大きな骨を指で挟み、其れを掌の中に隠したのを。

しろがねは薄く笑っていたように感じられた。



 

拾骨を終えた僕らはタクシーに乗り、大事なあの人が消えた屋敷跡に向った。

あの人を呑み込んだまま燃えた屋敷もまた真っ黒な屍を晒して息絶えていた。

しろがねが白い花束を足元に手向け、凍えた顔でそれを見つめる。

「ねぇ、しろがね」

僕は今にも消えてしまいそうに儚い美しい横顔に声をかけた。

「何でしょう、お坊ちゃま」

「しろがね、さっき、拾い残しの骨を隠したでしょう」

僕は見なかったことにしようかとも思ったけれど、如何しても堪え切れずに訊ねた。

「ええ」

しろがねはやはり薄く笑っているように見える。

「如何して?未供養の骨を持つことは成仏を妨げるんだよ?」

「ええ」

「しろがねはあの人が成仏出来なくてもいいの?」

「ええ」

「如何して?僕は知ってるんだ。しろがね、大好きなんでしょ?あの人のことが」

「ええ、のめり込むほどに」

しろがねは薄く笑っていた。

「だったら如何して…しろがねはそんなことをするの?あの人は屹度、しろがねを怨むよ?何故、オレを成仏させてくれねぇんだ?って。如何してこの世に引き止めるんだ?って。あの人、屹度怒って化けて出るよ?笑わない鬼になるよ?其れでもいいの?」

僕は必死になってしろがねを説得した。しろがねの持つ骨の一片を骨壷に戻して、と。

だけれど、しろがねは聞き入れようとはしなかった。

「お坊ちゃま。私はあの人が鬼になるのを待っているのです」

しろがねは、笑顔で僕の背筋を凍らせた。

 


「どんな姿でもいいのです。私はあの人にもう一度会いたい。もしも、安楽の内に成仏されてしまったら私にはもうあの人に会う術はない。彼の岸に向う者を愛情で引き止めることが出来た人は誰も存在ません。けれども、憤怒や憎悪でなら、安らかなる魂をもこの世に縫い止めることが出来るのです」

しろがねはあの人に想いを馳せて、遠い瞳であの人を探す。

「其の為に、しろがねはあの人に怨まれても良いと言うの?」

「そうです。私はあの人に憎まれても怨まれてもいいのです。あの人に会えるのならば。あの人に捕らえられて屠られる、呪い殺したい程に想われる。何て素敵なのでしょう。あの人に食らわれて、私はあの人の血肉となる、私はあの人の中で生きる。あの人に底無しに憎まれて、私はあの人の精神になる。私はあの人の心に永遠に棲まう。そうすれば、私はあの人と二度と離れ離れにならないで済むのです」

そう言ったしろがねの手の平に転がるのはあの人の指の骨だった。

しろがねは其の骨をそっと摘み、柔らかにくちづける。

「だから早く私を殺しに来てください」

どんな姿でも、どんなに嫌われても

私は貴方を愛しますから。

私の運命を捕まえて。

しろがねはあの人の骨に歯を当ててカリリ、と噛むと其れをほんの少し、食べたようだった。

 


僕はタクシーに乗った。

けれど、しろがねは乗らなかった。

しろがねは車のドアを閉めて、ドライバーに

「車を出して下さい。来た道は通らないようにして此の方を送って下さい」

と頼んだ。

「如何してしろがねは乗らないの?何処へ行くの?」

僕が慌てて窓から身を乗り出して訊ねると、しろがねはやっぱり怖い位の綺麗な笑みで

「私は来た道を通って帰りますから」

と答えた。

「しろがね…」

「あの人の魂が私を容易く見つけることの出来るように」

しろがねは来た道を通ってあの人をついて来させようとしている。

自分を餌に魂を誘い出そうとしている、あの人を。

タクシーが走り出す。しろがねは背を向けて僕と反対の方向に歩き出した。

手の中にはあの人の骨。

しろがねの歩く道の両脇に白い花が次々と咲き、葬列を作る。

まるでしろがねを見送られる死者に見立てているかのような凄烈な花の葬列。

噎せ返るような濃い花の香気が僕の鼻腔を刺す。

「駄目だ!行っちゃ駄目だ、しろがねぇ!」

僕は思い切り手を差し伸べる。僕の腕はゴムの様に伸びた。

 


居なくなってしまったあの人をしろがねに忘れて欲しくない。

だからと言って居なくなってしまった人を追いかけようとしないで。

僕があの人になるから。しろがねの為にあの人になるから。

これからの僕はあの人みたいに強くなってしろがねのことを守るから。

ね、だから、僕を置いていかないで。

僕に背中を向けないで。僕をしっかりと見てよ!

だって僕はしろがねのことを―――!

 


僕の悲痛な叫びが届いたのか、しろがねは歩みを止めて遠ざかる僕を振り返った。

けれど、僕のしろがねを捕まえようと伸ばした腕は間に合わなかった。

しろがねの背後から真っ黒くて太い腕が現れ、僕よりも先にしろがねを捕まえた。

腕の持ち主は異形の鬼。

ほら、僕が言った通りじゃないか!

未供養の骨なんか持つから、来た道を戻るからあの人が鬼になってやってきた!

しろがねのことを憎悪して憎悪して憎悪して、昔とは別人になってしまったあの人が!

見覚えのある長い黒髪の奥から光を失くした瞳がしろがねの肌を焼き焦がす。

全ての毛穴から憎悪の腐臭を撒き散らし、大きな両手がしろがねの細い肩を鷲掴む。

しろがねがうっとりと吐息を漏らした。

「しろがねぇぇぇ!!!」

僕は助けようとしろがねの手を掴む。

けれど、それは拒絶された。誰あろう、しろがね本人に。

しろがねは自分への憎悪に狂う鬼と化した男の身体に身を近く摺り寄せて熱く見つめる。

男は抱き締めるようにしろがねを捕まえて、くちづけるようにしろがねの喉笛を屠った。

しろがねの血潮は飛沫となり、男の身体を濡らす。

何もかもが黒白の世界で、しろがねの血の色だけが鮮やかに紅で

愛する男に食らわれたしろがねも

そんなしろがねを腕に抱いて愛しむように食らう男も僕の目には幸せに見えた。

鬼に見えたあの人は、本当はしろがねを捕まえるようにして抱き締めて

食らうように接吻したのかもしれない。

自分だけのものにしたいと願っていたのかもしれない。

しろがねの首筋から流れたと思った紅の血は、実はあの人の心から流れていたのかもしれない。

でも、もう僕にはそれを確かめることは出来なかった。

ふたつの影はひとつに融けて、それもやがて小さくなって見えなくなった。

 


何事も無かったかのように走り続けるタクシーの中の、僕の膝に乗る骨壷は

何時の間にかふたつになっていた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「…い、おい、勝ったら起きろよ。もうすぐ焼香の番が回ってくるぞ?」

「ん…?ここ、どこ…?」

勝が目を覚ますとそこは黒賀村の寺の本堂だった。

「おまえ、よくそんな不自然なカッコで寝惚けるくらいに熟睡が出来るな」

隣に座る平馬が呆れたような声を出した。勝は目を擦りながら辺りを見回す。

重なり合うように床に敷かれた座布団のひとつに座り、勝はどうやら居眠りをしていたらしい。

少年たちの前後左右には抹香臭い喪服姿がずらりと並び、その黒い背中のずっと向こうから、はっきり言って今日初めて見る老人の遺影が勝を見下ろし、居眠りしおって罰当たりが!と睨んでいた。

勝の滞在する黒賀村で葬式が出た。小さな村だから、誰も彼もが葬式に駆けつける。

仏さんに会ったことのない勝も、この村にいる限りは例外ではないのだ。

「だって読経がまるで子守唄みたいだったんだもん」

顎が外れそうな欠伸をしながら勝は言い訳をした。

連日の特訓でクタクタの勝にはのろのろと同じような文言の繰り返される、

不鮮明で起伏に乏しい低い音階は子守唄以外の何物でもなかったのだ。

祭壇には山盛りの生花が飾られている。真っ白な百合が威厳たっぷりに芳香を放っていて勝はどうして自分が恐ろしい位に百合の香りに巻かれた夢を見たのか、納得がいった。

百合の香り、線香の煙に、喪服、読経。

だからあんな夢を見たのか、勝は深く息を吐いた。

「変な夢を見たよ」

「そりゃそうだろ?窮屈に正座しながら夢を見りゃ」

足が痺れた、と平馬は顔を顰める。

 


何であんな夢を見たんだろ?

勝は自問自答する。

どうして鳴海の腕を焼く夢なんて見たのか。

そしてどうして鳴海がしろがねを殺そうとする夢なんか見たのか。

鳴海の左腕は、勝もしろがねも荼毘になんか付していない。炎にくべるどころか氷付けだ。

ただ、しろがねが例え鳴海に憎まれても殺されても、どんな姿でも鳴海に会いたいと考えていることは間違いない。現実のしろがねも鳴海に確実に会えるのだとしたら夢の中のしろがねと同じことをするだろう。

勝はあの夢がものすごく嫌だった。

鳴海がしろがねを殺そうとすることが嫌なのは勿論だ。

あんなに協力し合ったふたりの気持ちがすれ違うのも

大事な人が大好きな人を殺すのも、堪えられる話ではない。

だがそれよりも何よりも、あの夢の何が勝の神経を逆撫でしたのか。

それは、しろがねが修羅の鳴海に恋焦がれた女の表情を見せたことかもしれない。

しろがねは命を奪おうとする鳴海に贖罪の山羊のように身を捧げていた。

それも至福の表情で。鳴海の呪いの牙を愛撫のように受け入れた。

勝は今、力を手に入れるために日々血の滲む努力をしている。

しろがねのため。しろがねを魔手から守るため。

しろがねの幸せのため。しろがねがこれからの未来を生きていくために。

それなのに、そのしろがねが死を望むなんて本末転倒もいいところだ。

勝は改めて決意をする。

 


しろがねに害を為す者は何人たりとも許さない。

誰であっても許さない。

例え、それがナルミ兄ちゃんでも。

あの夢のようにもし、蘇ったナルミ兄ちゃんが何かの理由でしろがねを憎悪し、

しろがねを殺そうというのなら、例え命の恩人のナルミ兄ちゃんでも僕は許さない。

僕はしろがねを殺そうとするナルミ兄ちゃんと戦うよ。

どんなにしろがねが殺されたがっても、殺させやしない。

しろがねを兄ちゃんには渡さない。

絶対に。

あの白百合のように綺麗で気高くて純粋で孤高な人は、これまでずっと寂しい人生を独りで生きてきたのだから、僕と出会ったこれからは幸せに生きて欲しいと心の底から願う。

だからしろがね、ナルミ兄ちゃんのために死を選ぶなんて絶対にダメだ。

しろがねは、僕の『しろがね』なんだから。

あの夢の中の花の葬列なんて現実には決してさせない。

 

 

 

 

当然、顔無しにしろがねを渡してなるものか、と唇を噛み締める勝はまだ

先の悪夢がすでに正夢になっていることを知らないのだった。

 

 

 

 

End

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