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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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It Must Be Love (2)





今日から二学期、夏休みも終わり憂鬱な学校が始まってしまった。
昨今の猛暑を受け、講堂での立ちっぱなしでの始業式ではなく、エアコンの効いた教室で着席したままテレビ中継だったのは良かったものの、憂鬱なことには変わらない。
残暑厳しい最中、登下校を繰り返す日常が鳴海を待っている。筋肉の塊の鳴海は夏が苦手だ。
はあ、特大の溜息をつく。
「おまえ、朝から溜息がちだなー。どうした?」
中休み、前の席の同期部員に
「夏の間に失恋でもしたか?」
とからかわれる。
「け。失恋する相手もいねーわ」
そう答えながらも、鳴海は机に突っ伏し、両腕がだらりと床に落ちた。力無く、横倒しになったブリックパックの牛乳をストローで啜る。


失恋、も、あながち外れじゃねーかもだけど。
何となく、鳴海の調子が出ない理由のひとつに
「予感はあくまで予感でしかなかった」
というのがあった。
それは、お盆に祖父の店で番をしていた時に突如現れた、銀色少女、エレオノールが原因だ。





エレオノールは鳴海が幼稚園に通っていた時分、近所に住んでいた女の子だ。鳴海は祖父の知り合いのお寺さんとこの幼稚園、エレオノールは隣町にあるミッション系、通っていた園は違うけれど、気が付いた時には毎日ふたりで遊ぶ仲になっていた。エレオノールは目立つ銀色のせいで、鳴海はとにかくトロかったせいで仲間外れにされていたから、いつもひとりでいる者通しで仲良くなるのは必然だったんだと思う。鳴海にしてみたら「なんでこんなにかわいいのにエレオノールはいじめられるんだろう」と不思議だった。
そう、エレオノールは幼稚園時代から物凄く可愛かった。
年中、お互いの家を行ったり来たりした。エレオノールは古書店に良く顔を出して、鳴海の祖父とも仲良しだったし、鳴海はエレオノールの年の離れた兄ギイにオモチャにされた。
でも、エレオノールは小学校一年生の秋にフランスに帰ってしまい、以来、疎遠になってしまっていた。


それが十年ぶりの再会を果たしたのだ。
エレオノールはめちゃくちゃ可愛くなっていた。
わざわざ自分に会いに来てくれたことが、鳴海はとんでもなく嬉しかった。
運命かも、なんて思った。
エレオノールはその日、閉店まで鳴海の店番に付き合ってくれて、それはもうたくさんおしゃべりをした。主に鳴海が。
それがどれだけ楽しかったか。


てっきり彼女がこっちに帰ってきた頭でいたら、単に観光で来日したついでに昔住んでいた町に足を伸ばしただけだと言われ、ならばSNSで繋がろうとしたら「やってない」と言われ、ならば携帯の、と言えば近々「携帯買い換えるから」と言われた。そして「それじゃ時間だから」とエレオノールは何の余韻も残さず、別れに後ろ髪を引かれる寂しそうな様子も微塵も見せずに帰って行った。エレオノールの姿が見えなくなるまで店頭で見送った鳴海を一度も振り返ることもなく、しゃんしゃんと帰って行った。
連絡先を教えてもらえなかったのは体良くあしらわれたからなんじゃ、と彼女が去って暫くしてから思い当たった。
エレオノールにとってオレの存在ってそんなもんなんだ。
その日から、鳴海はとんでもなく落ち込んでいる。





「はー…」
溜息がちなのは確実にそのせい。
「…まーなー…あれじゃ、相手にゃ困んねーよなー…」
「おまえ、デカいからそんな風に伸びられっと溶けた餅みたいでウゼエ」
「やっぱ失恋したんだろ?誰にフラれたんだよ?ミンシアか?」
「ミンシアはちげーだろ。ナルミかミンシアかっつったらミンシアの方が…」
頭の上を勝手な憶測を飛び交っているけど、エレオノールとの邂逅をリピート再生する脳みそが内容判別をキャンセルしまくっている。そこに悪友のひとりが
「おい、聞いたか?」
といかにもビッグニュースを仕入れて来ましたとばかりに目を輝かせて鳴海達の輪に加わった。


「1組に来た留学生の話」
「いんや?」
「オレ今見てきたんだけど。すげー美人」
「どーせおまえ、盛ってんだろ」
「ホントだって、おい、ナルミ、オレの話聞いてんの?」


突然名前を呼ばれ、揺さぶられたので、鳴海はようやく話に耳を向ける。
「何よ」
「だから美人留学生の話!」
「ウチのガッコ、留学生なんざ珍しくも何ともねーじゃん。欧米系女子が来る度に美人だ何だと噂が立つのもいつもだし」
鳴海の通う高校は『留学生・帰国子女御用達』の二つ名を持つ学校として名の通った学校だ。鳴海自身、中国での生活の長い帰国子女で、様々な国籍を持つ生徒がゴロゴロしてる。
「今度は本物だって!おめーらも見て来いよ」
せっかくの情報を眉唾扱いされた友人が信憑性をアピールする。
「日仏ハーフだってさ。超絶美人で、スタイルが良くて、クールで…そうこんな感じの…こんな…え?」


話がぶつり、と途切れた。話の主は、かちり、と固まっている。皆してその視線を辿り、誰しもの言葉が立ち消えた。いきなりの水を打った静けさに鳴海もつられて目を上げて      牛乳が変なトコに入った。
ぶふっ、と吹いた勢いでブリックパックが飛んで向かいの友人に当たった。牛乳の飛沫があちらこちらに散る。
「わ、ふざけんな!きたねーな、もー」
非難の声が轟々と、でもそんなのはどうでもいい。
目の前にいるのがエレオノールである事実以外はもはやどうでもよかった。


ガバ、と起き上がり
「おまえ、どうして?」
と目を白黒させる。エレオノールはそんな鳴海の様子には意を介さず、スカートのポケットから小さなタオルハンカチを取り出すと、牛乳塗れの鳴海の口元をグイグイと拭った。ハンカチから、ふわ、とえも言われぬ香りがして、思わず黙る。
ついで鳴海の向かいに座っていたがために被害に遭った男子についた牛乳をさっと拭き、最後に机を拭いて、汚れを内側に折り畳む。そして何事も無かったかのように
「今日から1年間、ここの留学生だ。よろしく、ナルミ」
と言った。
「そんなコト、一ッ言も言ってなかったじゃねぇか」
「驚かそうと思って」
胸元に学校のエンブレムが刺繍されたポロシャツに、ブルーグレーのチェックのプリーツスカート、紺のハイソックスに真新しい真っ白い上履き。長い銀髪は高い位置でポニーテールに結わえている。見慣れた女子の制服なのに、エレオノールが身を包むと別物に見える不思議。
小首を傾げるエレオノールに、鳴海の鼻の下が伸びた。


「おい、ナルミ!どーしておまえ、彼女を知ってんだよ!」
鳴海の周りにクラス中の野郎が生垣を作った。急激に人口密度が上がって暑苦しい。不特定多数の野郎どもがエレオノールに接近している状況が妙に嫌で、太い腕で追い散らす。
「エレオノールは幼馴染だから」
「はあ?」
「おまえ、ワザと黙ってたな?」
「オレも知らなかったんだって。夏休みに十年ぶりに再会したのも」
「あー…おまえの様子が変だったのって」
「もお、うっさい、おまえら黙れ」
せっかくのエレオノールと話ができるタイムなのに、むさ苦しい質問に答えてる場合じゃない。すると、エレオノールに背を向ける形の鳴海の髪に、細い手が伸びた。躊躇いなく髪に触れられ、鳴海の心臓がドッキンコと鳴った。


「ナルミ、じっとしてて?」
エレオノールが自分の髪からゴムを引き抜いた。ポニテが崩れて、銀のサラストが肩から背中へ流れ落ちる。その様に周囲から野太い感嘆が漏れたが、後ろを向いている鳴海には何が起きたか分からない。数多の目玉に見守られる中、エレオノールは鳴海の髪をハーフアップにした。くる、とお団子にした毛束を突いて
「はい」
とどこか満足そうな声で作業終了を告げた。
「その方が涼しいだろう?」
「だったら、ひとつに括った方が涼しくねぇか?」
仕上がりを手で確認しながら振り返る。顔がとんでもなく放熱を訴えるので、照れ隠しの結果、非常に悪い人相になった。
「一括りもいいけれど…私、ナルミの長い髪、好きだから。似合うぞ」
「……」
エレオノールに、好き、と言われてしまった(髪の長さの話だけど)。感無量で言葉もない。


「ミンハイ?ちょっと…何コレ?何でこんなに人がいるの?」
そこに女子の声がした。
「おう、ミンシア姐さん。何だよ」
と鳴海は返事する。
「学校では『姐さん』を付けないでって言ってるでしょうが」
「もうクセだからさー、勝手に口が動くんだからしょーがねえ」
「あのさ、今日の部活の…」
やっとこ人の林を掻き分けて鳴海の元に辿り着いたのは黒髪ショートの快活そうな女子だった。ミンシアは鳴海の傍に立つエレオノールに気付き、どうして男子が犇いているのかを理解する。訝しそうな視線をエレオノールに据えたまま、ミンシアは鳴海に一歩寄り、その肩に手を置いた。エレオノールはミンシアの視線を切ると、一歩、後ろに下がった。


「じゃあ…そういうことだ」
「エレオノール」
「私は、挨拶に来ただけだから」
鳴海には潔く思われるくらいあっさりと、エレオノールは教室を出て行く。夏休みの、あの日の別れ際と同じだ。鳴海は何一つ、話したいことを話してもいないのに。咄嗟に、机脇に置いたスポーツバッグを引っ掴むと
「あ、エレオノールちょい待ち」
と追いかけた。エレオノールはぴくんと肩を揺らして廊下に出たところで立ち止まる。
「さっきのハンカチ、貸して」
「これか?どうして」
「いーから」
素直に手渡されたタオルハンカチは、どうしてかぎゅっと固く握りしめられていた。


「オレのせいで汚しちまったから。洗って返す」
「いいのに、そんな」
「持ってたってもうハンカチとしては使えねーだろ?代わりにコレ貸すからさ」
鳴海はバッグからスポーツタオルを引っ張り出してエレオノールに渡した。
「部活で使うヤツ…あ、まだ使ってねーからキレイだぞ?念のため」
「部活の時、ないと困るだろう?」
「だからその前に返してくれれば」
「私も洗って返すべきでは」
「おまえが手ぇ拭いたくらい、洗うほどでもねぇ。放課後、おまえのクラスに取り行くからさ」
「…そうか、分かった。それじゃ」
エレオノールは淡く笑って、スポーツタオルを胸に抱えた。ふくよかな胸に押し付けられている自分のタオルが物凄く妬ましいと思った。鳴海は、自分の教室へと向かうエレオノールを見えなくなるまで見送ってから、席に戻る。


「彼女、1組に来たって留学生でしょ?何でミンハイんとこに来てんの?」
ミンシアが鳴海の悪友に訊ねた。
「幼馴染なんだってさ」
「幼馴染?」
「オレが中国に行く前のな」
そこへようやく鳴海が帰って来た。
「ふうん」
鳴海は鼻歌交じりに席に着く。何だか鳴海の雰囲気がいつもと違う。それが分かるミンシアは、ぷく、と頬を膨らませた。ふと、鳴海の髪型に目が止まる。


「何よ、そのピンクのゴム」
「エレオノールちゃんに結ってもらったんだよなー」
あ、ピンクのゴムなんだ、と思う。仲間内にからかわれた鳴海の表情がふやけている。ミンシアはとても面白くない。
「取れば?おかしいわよ、あんたがパステルピンクのゴムなんて。自分でもゴム持ってるでしょ、黒いヤツ」
引き抜こうとすると、グローブみたいな手がハーフアップを覆い、ブロックされた。
「や、めろよなぁ」
「何でよ?」
「せっかくじゃん。オレ、気に入ったし」
エレオノールが「似合う」と言って「好き」と言ってくれたのだ。


始業チャイムが鳴ったので各々、自分の席へと散っていく。ミンシアも何か言いたげな顔のまま、自分のクラスに戻って行った。前の席の友人が
「おまえの失恋相手、エレオノールちゃんだろ」
と言った。
「失恋してねぇっての」
「すくなくとも本気で惚れてんな?」
「どーだかなぁ」
とはぐらかす。そこに担任が入って来たので、話は立ち消えた。


何だか心がふわふわしてる。さっきまで欠片も存在しなかった、ふわふわ。担任が何やら話しているけれど全く耳に入らないし、黒板に書かれた文字も目に入って来ない。エレオノールのことを考える。すると、ちく、と鳴海の胸の中が切なくなった。
手の中の、エレオノールのタオルハンカチに目を落とす。白地に淡いピンクの小花があしらわれた、今の鳴海の心の中と同じ、ふわふわしたハンカチ。隅っこにブランド名が刺繍されているけれど、その手に疎い鳴海にはよく分からない。四つに畳みなおし、鼻先を押し付けた。花のような甘い香りがする。きっとエレオノールの香り。その向こうに牛乳臭さが漂っているのがちょっと残念だった。
ハンカチの陰で、鳴海の口元が大きな弧を描いた。


憂鬱さはどこへやら。
学校が、やたら楽しい場所に思えた。



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