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金曜日の子どもは恋をする。
いちばんめの子ども 勝
「ただいまぁ」
「おう、お帰り」
勝が学校から帰ってくると、リビングのソファにはデカい身体の年の離れた兄、鳴海が腰を下ろしていた。
「ただいま…ナルミ兄ちゃん、どうしたの?今日は早いじゃない?」
「午後の授業が休講になってさ」
「ふうん…出かけないの?」
「何で?出かけねぇよ?」
「金曜日の午後に家にいる大学生ってのも侘しくない?」
「暗に、オレに彼女がいねぇことを指摘してぇのかよ?」
「別にィー」
「け、ガキのくせに口ばっか達者になりゃーがって」
どさっと、床にランドセルを放り投げると、勝は溜め息をつきながらソファに深く座った。座って、もう一度、溜め息をつく。
「なあに生意気に溜め息なんざついてんだ?またいじめられっ子に逆戻りでもしたか?」
鳴海は弟にイジワルを言う。
「そんなんじゃないよ。それに自分だっていじめられっ子だったんだろ?僕、母さんから聞いて知ってるんだから」
身内は自分の忘れて欲しい過去をいつまでも覚えているから性質が悪い。
「で?何で溜め息ついてんだよ?」
「兄ちゃんさあ……いいや、兄ちゃんに相談しても多分、的確なアドバイスは期待できない」
「何でだよ?」
「金曜日の晩に自宅でご飯食べて、土日はバイトか家でゴロゴロしてるか部活やってるかで、身体を鍛えることしか趣味のない兄ちゃんには…」
「引っ掛かるなー。そんなに彼女がいないってのがおもしれーのかよ?」
「別に面白くないよ。ただ、そーゆー人には今の僕の気持ちを理解できないってコト」
勝はまたもわざとらしく溜め息をついてみせる。
「ランドセル背負ってる小学生がナマ言いやがって!」
鳴海は太い腕を勝の首に巻きつけると、「とっとと吐きやがれ!」と勝の口を無理やり割らせた。
「ゲホゲホ……小学生相手に大人気ないんだよ、兄ちゃんは」
「大人げなくて結構。おら、さっさと言えよ」
鳴海は勝に拳を突き出した。
「実はさ、すごい可愛い子がいるんだ。タランダ・リーゼロッテ・橘さん」
「長え名前だな」
「橘リーゼ、で通ってるらしいんだけど。色が白くて、長い黒髪がサラサラしてて、目がぱっちりと大きくて。とにかく可愛いんだ」
勝の顔が赤くなっている。
「ほー…で、おまえはその子に惚れたワケだ。同級生か?」
「ううん、3歳年上。今中2」
「おまえって年上趣味かよ」
「年齢なんて関係ないくらい可愛いからいいの!」
おーおー、ムキになっちゃって。鳴海はそんな弟の様子ににやりと笑った。
「そんな学校も違う年上の子、どこで知ったんだよ?」
「僕の友達のお姉ちゃんの同級生なんだ。この間、友達の家に遊びに行ったらリーゼさんも遊びに来てたんだ」
「ずいぶん遠い知り合いだな」
「だから悩んでるんじゃないか!接点がまるでないから」
勝はまた溜め息をついた。
「で?兄ちゃんは可愛い弟の淡い恋にどういうアドバイスをくれるの?」
「その友達に頼めよ。姉ちゃんを通じてリーゼちゃんの携番でもアドレスでも教えてくれって」
「そんなこと頼めないよ!恥ずかしいじゃないか!」
「そんなこと恥ずかしがってる辺りがまだまだ幼いっつーんだよ。口は達者でもやっぱまだガキだな」
鳴海のその口ぶりに勝はカチンときた。
「ふんだ。兄ちゃんなんて今まで一度だって女の子を家に呼んだことがないくせに」
「オレは理想が高いの!そんじょそこらのオンナじゃ満足できねぇんだよ」
「そーゆーの、負け惜しみって言うんだよ。兄ちゃんにご立派なアドバイスを期待した僕が浅はかだった!」
「うわ、かわいくね!ちょっとIQが人より高いからって、ホントおまえは小賢しいぜ!」
「脳筋よりマシだよ」
ぼかり。仲のとてもいい兄弟のケンカはいつも兄の腕力で決着がつくのだ。
次の日曜日、勝と鳴海が母親に頼まれた買い物をしに街へと出かけると、本当に偶然ばったりと、リーゼに出会った。
ふたりの通り道に、リーゼが誰かと待ち合わせをしている様子で立っている。
「に、兄ちゃん!あの子だよ、リーゼさんって」
「ほう、なかなか可愛いじゃねぇか。清楚、ってカンジで。おまえって面食いだなあ」
色白で長い髪を垂らしたリーゼはお人形のように可愛らしい。
初夏らしい、薄いブルーのワンピースに白いニットのカーディガン。
「あの子、彼氏とデートの待ち合わせでもしてんじゃねーの?」
鳴海はニヤニヤ笑いながら、初な反応を見せる弟をわざとからかう。
「そ、そんな」
「一応、顔見知りなんだろ?挨拶くらいしたらどうだ?」
「で、できないよ。そんなこと……それに、きっと僕のことなんて覚えてないよ」
勝の足はリーゼに近づくほど遅くなり、勝の顔も赤くなる。
しょーがねぇなぁ。
すれ違い様、鳴海は顔も上げることのできない勝の身体をどん、とリーゼの方に突き飛ばした。
「わわっ!」
「きゃっ!」
軽い勝の身体は真横に吹っ飛び、リーゼの身体に抱きつくような形でぶつかった。
「ご、ご、ご、ごめんなさい!だ、だい、大丈夫?何すんだよ、兄ちゃん!」
ほら、兄ちゃんも謝って!勝が手招きするので、鳴海はニヤニヤ笑いを何とか引っ込めて形だけ謝った。
「ごめんな。オレ、力の加減が上手くいかなかったみたいでさ」
「大丈夫デス…アラ?」
リーゼは勝と目を合わせるとにっこりと笑った。
「一度お会いシタことがありマスネ」
リーゼのその一言が勝の心に沁み渡る。
余計なことをして!と鳴海に怒っていた気持ちがどこかへ飛んでいく。
勝がこんなに兄に対して感謝の気持ちを持ったことは未だかつてないかもしれない。
自己紹介をしあうふたりから、鳴海は少し距離をとりながら「オレって何ていい兄貴なんだろう」とひとり悦に入った。
そのとき、「お待たせ」という女の声。
鳴海が首をめぐらすと、すぐ傍に立っていたその声の主は銀色の髪の銀色の瞳のものすごい美人だった。リーゼとは対照的に髪をショートボブにして、Tシャツにジーンズというスポーツライクな格好。
それでも彼女のプロポーションの素晴らしさは疑いようもない。
スラリと背が高く、背筋をしゃんと伸ばしている。
今度は鳴海の動きが止まる番。
「すまなかった、遅れてしまって」
銀髪美人はリーゼに声をかけ、リーゼは「平気デス」と答える。
「それじゃ、マタネ。勝サン」
リーゼはにこっと勝に手を振った。
美人の顔の上に釘付けになった鳴海の目と、その銀色の瞳がびた、と合った。
その瞬間、鳴海の心臓は口から飛び出そうとでも言うのか、とんでもない勢いで跳ね回り始めた。
銀色の彼女は勝と鳴海にぺこりと頭を下げるとリーゼと並んで歩き出した。
ものすごい可愛いのと、ものすごい美人なのはふたり連れ立って
道行く男たちの視線を身体にピンで留めながら遠ざかっていく。
でっかいのと、ちっこいのの兄弟は呆然と立ち尽くして、その後姿を見送った。
「リーゼさんと口利いちゃったぁ……」
「はあ……。おまえはいいよなあ……」
ほわほわとピンク色のハートマークを飛ばしながらうっとりと同じセリフを繰り返す弟とは対照的に、今度は兄の方が溜め息がちになってしまった。
「オレなんか、彼女がどこの誰かも分かんねぇんだぞ?」
あの、一度だけ合ったあの瞳が忘れられない。まさに一目惚れだ。
「弟の友達の姉貴の同級生の知り合い」
「遠いねぇ」
「他人事みてぇにゆーな」
「兄弟は他人の始まりだもん。ああ、リーゼさんが僕のこと覚えててくれたんだよ…」
勝はクッションをぎゅうと抱き締め、ソファに転がり足をバタバタさせる。
鳴海は勝の幸せそうな様子が妬ましく、ち、と舌打ちをしたが、すぐにピンといいことを思いついた。
「勝!リーゼちゃんに訊いてくれよ。あの銀髪美人のコト」
「どうして僕が?!」
勝はバッと跳ね起きた。
「どーしてもこーしてもねーだろ?誰のおかげでリーゼちゃんとお近づきになれたと思ってんだよ?それに、おまえだってリーゼちゃんと会話するきっかけになるじゃねぇか」
「それはそうだけど…どこで会えるか分からないし…」
「中学校の校門で待ち伏せすりゃいいじゃねぇか」
「そんなのカッコ悪いよ!他人事だと思って!」
「兄弟だって他人なんだろ?」
首に巻きついた鳴海の腕がきゅっと締まる。
「わ、分かったよ!腕を締めないで!」
「よーし、頼んだぞ。でも、絶対、彼女にオレが惚れたからってのは言うなよ?そこんとこ上手く訊き出せ」
「どうして?その方が手っ取り早いのに」
「もしもおまえらが上手くいって、オレがフラれたらみっともねえだろ?」
「この間、そういうのガキだ、って僕に言ってなかった?」
「つべこべ云わんでよし!」
ぼかり。勝はまた殴られて、この話に決着がついた。
中学校の正門の前で、ランドセル背負って立ってるのってカッコ悪いんだよね。
そう思いながらも勝の足はウキウキと、そして自然とリーゼの通う中学校へと向かう。昨日は鳴海に面倒くさい素振りを見せたけれど、内心、リーゼと話すいい機会だとわくわくしていた。
本当にいい口実だ。
実は銀色の髪の人のことを上手く訊きだせるかなんて勝にとってはどうでもいいのだ。
リーゼとお話さえできれば。
勝は中学校まで行かなくてすんだ。
ちょうど、中学校と小学校の真ん中くらいでリーゼとまたも偶然ばったり会ったのだ。
「リ、リーゼさん!こ、こ、こんにちは!」
「アラ、勝サン。こんにちは」
にこっと微笑むリーゼを見て、勝はあらためて「可愛いなあ」と実感した。
茄子紺色のセーラー服がとても似合う。ひだひだスカートが膝こぞうの少し上で揺れているのもグッとくる。
「勝サンの家はこっちの方なんデスカ?」
「ううん、逆…。き、今日は用事があって…。リーゼさんの家もこっちなの?」
「え?イイエ…。私も、チョット用事があったものデスカラ」
リーゼはほっぺたをちょっぴりピンク色にして、笑った。
可愛いっ。
勝はぎゅうっと汗ばむ手を握り締めた。
「で?で?何だって?」
鳴海は勝の身体を引き寄せて、話の続きを期待に満ちたキラキラした瞳で待っている。
「でね…………僕、訊くの忘れちゃった」
「はああああ?」
ぼかり。理由も訊かず、問答無用の拳が飛ぶ。
「痛っ!殴らないでよ!」
「これが殴らんでいられっか、ボケ!」
鳴海は勝を締め上げる。
「てめえええ、オレが納得するよーな説明をしねぇと、オレの怒りはこんなもんじゃ治まらねぇぞ?」
「だって、リーゼさんがあんまりにも可愛かったから…」
「んなもん、説明にもなってねぇ!」
鳴海は勝の腕の関節をキメた。
「わああっ!分かった!まいったまいった!」
自由な手でソファをばんばんと叩く。
ちっ!鳴海は舌打ちをして勝を開放した。
「兄ちゃん、悪かったよ…。だけど、その後さ、リーゼさんが僕のことをいろいろ質問してくれてさあ…。もお、嬉しくて舞い上がっちゃったんだよう。ねえねえ、リーゼさんは僕に興味があるのかなあ。どう思う?兄ちゃんのことも訊かれたよ。『仲のいいご兄弟ナンデスネ!』だって!うひょう!」
「なあにが『うひょう!』だ!どこが仲がいいんだっつーの!結局、てめえのことしか考えてねぇじゃねぇか」
「明日も会う約束したんだよ!もうっ!」
「え?」
勝はクッションを抱き締めてソファの上で身悶えている。
「それを早く言えって!マサル、明日は必ず情報を訊き出してこいよ!分かったか?おいコラ、聞いてんのかよ?」
鳴海は勝の襟ぐりをつかんでガクガクと揺する。
「リーゼさん……」
甘酸っぱい初恋の味に浸りきっている少年の耳には、兄の悲痛の叫びなどスズメの囀りくらいにしか感じないのだった。
postscript タイトルはマザーグースから拝借しました。「月曜日の子どもは美しい 火曜日の子どもは品がいい 水曜日の子どもは淋しがり 木曜日の子どもは旅ばかり 金曜日の子どもは恋をする 土曜日の子どもは苦労する 元気がいいのも気立てがいいのもお祭りの日に生まれた子ども」。