忍者ブログ
『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。




 

婀娜めく椿、酔う鯨

 



 

 

 

後編

 



 

しろがねはぐい呑みを持ったまま立ち上がると庭に面したリビングのカーテンを開けた。鍋をやっているせいもあって、窓ガラスは真っ白に曇っている。白い手が窓の曇りをキュキュと拭いた。ほろほろと降り落ちる雪がリビングの明かりを受けて時折キラリと反射する。

「雪はまだまだ積もってないな…真っ白になれば雪見酒を楽しめるのに」

「雪見、は無理でも花見酒ならできるだろ?」

「花見?」

「ほら、そこに」

鳴海はサイドボードの上の椿を指差した。

「…確かに花は花だな」

しろがねは目元を細くしながら、酒で口を湿らせる。

「しろがね、もうメシはいいのか?おしまいならもう片付けるぜ」

下戸の鳴海はウーロン茶で口の中をさっぱりとさせながら、窓際の細い身体に声をかけた。しろがねは元通りカーテンを閉めると鳴海に向き直って、どこか婀娜っぽく小首を傾げた。鳴海の顔がまた少し赤くなる。唐突に、どこか乱暴に鳴海は目の前の空いた皿を重ねだす。

「おまえもいい加減にしろよ?飲みやすい酒ならダメージが気がつかねぇうちにくるんだろ?帰れなくなるぞ?それに雪だって積もれば…」

「そうしたらここに泊まる」

「え?」

「泊めてくれるか?」



ガシャリ、と鳴海の緩んだ手から皿が落ちた。

しろがねが鳴海の傍らに腰を下ろす。無防備に近づいてくる美しい酔っ払いに、鳴海は目を合わせ続けることもできずにテーブルを片付けるフリをしながらさりげなく後ずさる。

「そ、そりゃあ、客用の布団はあるし、部屋も…あるから泊まるにゃ泊まれるが、色々…問題あるだろ」

「問題?私が泊まるのは問題があるのか?」

「あるだろ?一応、ほら、何だ…」

距離を取った、はずなのにいつの間にかまたしろがねが寄ってきていて更に鳴海の居心地を悪くする。勿論、しろがねに近づかれるのが嫌なのではない。その逆だから困るのだ。

「オレは一人暮らしなわけだし、そこにおまえが泊まれば何にもなくても何かあったって思われるだろうし、おまえは女なわけで、やっぱ、ほら、変な噂は…」

「あなたは嫌なのか?私を泊めるの」

しろがねが眉間に皺を寄せて鳴海を睨む。拗ねた風情も何ともいい。

「嫌、じゃねぇ、し、その、や、どっちかって言えば…」

しどろもどろ。

しろがねの顔は近いし、セーターの襟ぐりは大きく開いてるし、桜色の肌は色っぽいし、紅い唇が何だか誘っているように少し開いてるし。目に毒なモノばかりで鳴海は目のやり場がどこにもない。

「あーもー、いい加減にしろな!酔ってきてんだろ?シラフのオレは酔っ払いについていけん」

「あなたも酔っ払いになってみたら?少し飲んでみたらいい。舐めるだけでもいいから」

しろがねは皮鯨を鳴海の顔の高さに持ち上げて左右に振ってみせた。

「酒…かぁ」

怒ったようにして動かしていた手を止めて、鳴海はしろがねの持つぐい呑みにチラリと目をやった。

「あなたも酒を飲めたらいいのに。そうしたらあなたと注しつ注されつ、きっともっと楽しい。たくさん飲めなくとも…酒を飲んで酔いが回る、この気持ちよさを知って欲しいのだが。味だって香りだって素晴らしいのだから」

しろがねに楽しい、と言われて鳴海の気分が少し浮かれて回避しようとしていた酔っ払いとの会話についつい引き込まれる。

「美味い、と思ったことがねぇからな。特に日本酒は匂いがきついしよ」

「これは酒臭さはないぞ?香りの高い水みたいで飲み過ぎるくらいだ」

「おまえにゃそうかもしんねぇけどさ」

「じゃあ、舐めるだけでもいいから」

しろがねは鳴海の口元に酒を近づける。途端、鳴海の鼻を突く酒気。

「だからぐい呑みを近づける間に、匂いがするから…気になって飲めねぇよ。多分、オレはそのぐい呑み半分で潰れるかもしんねぇし」

「そう…ずい分とエコノミーだな」

「そういうわけでよ、オレに酒を飲ますのは諦めてくれよ」

 

 

ふゥ、とゆっくりと息を吐いて、しろがねがようやく鳴海からちょっと離れた。それで鳴海も落ち着いて畳に尻をつける。かなり、アルコールで血行がよくなっているのか、しろがねの頬が淡く染まっている。鳴海はしろがねの銀の卵のような頭に手を置いてクリクリと撫でた。

「ま…オレは、酒は飲めねぇけどよ、こうやっていくらでも酒を飲むおまえに付き合うから。それならいくらでも付き合ってやるよ」

鳴海は屈託なく笑ってしろがねの髪をグシャグシャと掻き混ぜた。しろがねはすとん、と肩を落とした。酒を飲まない鳴海にはしっかりと箍がはまっているようで、ちっともしろがねが望む反応をしてくれない。

女として相手にされるどころか、まるで、私はあやされている子どものよう。

「私に魅力がないのか、アプローチが間違っている、もしくは弱い…」

「あ?どうした?本気で酔っちまったのか?」

何やらブツブツと呟くしろがねに、鳴海が心配そうな声を出す。

「だから言ったろう?ったくしょーがねぇなぁ、この酔っ払い」

ちょっと待ってろ、オレがサーカスまで送ってってやるからとか何とか。相変わらず面倒見のいい男。でも違うのだ。しろがねが鳴海に望んでいるのはそんなことじゃない。鳴海にしてもらいたいのはそういうことじゃない。

「あなたも、酔ってくれたらいいのに」

「そんなこと言われてもオレは下戸なの。何べんも言ってるだろ?さぁ、雪が積もる前に帰…っておい!」

言ってる先から皮鯨を口に運んでいるしろがねに、鳴海はとうとう大きな声を出した。繊細な手首を折らない程度に強く握って、その手から酒を奪取する。

「もう飲むなってのに!いい加減にしねぇとさすが、に…っ?」

引いたしろがねの手が頬に触れた、と思った次の瞬間には、しろがねの綺麗な顔がこれまでにないくらい近づいて、一瞬呆けた間に唇を奪われていた鳴海だった。身じろぎのできない鳴海の上に覆いかぶさるようにして、しろがねが鳴海にキスをする。しろがねの甘い体臭と、驚く程の胸の大きさと弾力。五感が麻痺し始めるにつれて引き結ばれていた鳴海の唇が弛緩する。その隙をついて、しろがねは口に含んでいた酔鯨を鳴海の口腔に流し込んだ。

「む、むぐっ」

一気に鳴海の口の中に充満する強い酒の匂い。飲み込むまいとバタバタと抵抗する鳴海を、しろがねは柔軟な身体をこれでもかと駆使して抑え込む。畳に転がる鳴海にどこまでもついていき、唇を合わせ続ける。剛腕と呼び名も高い男とはいえ、しろがねに対してその強腕をふるうことができる筈もない。

柔よく剛を制されて。

根負けしたのは鳴海だった。

 

 

こくん、と喉仏が上下ししろがねの唾液まじりの酔鯨を嚥下する。酒に慣れない食道が焼け付いたような気がした。呼気に火がつく。途端にアルコールが免疫のない身体にぐるんと回る感じに襲われる。

唇を離し見下ろすしろがねを、とろんとした目つきの鳴海が見上げた。

「…酒はほんのちょびっと。湿らすくらいにしか飲ませてないぞ?」

ってことは、オレの飲んだ殆どがしろがねの唾液ってことか?それの方が何だかずっとすごかねぇか?

「…酔った?」

「……わかんね……」

しろがねはもう一度、微かな量を舌の上に載せる。そうして再度、鳴海の顔に覆い被さった。今度は、鳴海は一切の抵抗をしない。大人しく、しろがねの与えてくれる甘露を飲み干した。今度の方が酒の味が濃い。ってことはやはり、さっきのは酒、というよりもしろがねの唾液、だったわけで。

むしろその事実に酔いが回る。

「…酔った?」

「何だよ。おまえはオレに酔って欲しいから酒を飲ませてぇのか?」

「うん」

「何でまた?」

「シラフのあなたの反応は、面白くないから」

しろがねは再再度、酒を口に含もうとする。それを鳴海は押し止めた。

「何?」

「酒を改めなくても、おまえの舌には充分酒の味が残ってる。弱いオレにはそれで充分」

「そうなの?」

「あんまり量を摂ると潰れちまう」

鳴海がしろがねの腰を手の平で包む。痺れるような温もりが背骨を駆け上り思わず背を反らせたしろがねが、ゆっくりと唇を寄せる。銀糸が涼やかにサラサラと鳴った。寄せられた唇が

「…酔った?」

と囁き、鳴海の聴覚もおかしくさせる。

「ああ」

鳴海の「多分、酔ったのは酒に、じゃねぇけどな」はしろがねに発声を許されなかった。しろがねは鳴海の舌に、自分の舌に残る酒を擦り付ける。鳴海がしろがねの舌を舌で絡め取り、舌を這わせ、貪欲な程に味わう。

腰に回された鳴海の腕が深いところからしろがねを抱き締める。濃い雄の匂い。自分のものとはまるで違う、熱を帯びる硬い筋肉。肉厚な舌で弄られる度にしろがねの身体はくねり、切なげに瞼が震える。しろがねの指が鳴海の髪に絡み付く。ずらした唇の隙間から漏れる呼吸は荒くなり、声はまるで発情した獣の声。

 

 

お互いのものがねっとりと混じった唾液に酒を感じられなくなり、しろがねは顔を上げた。さすがに酒成分の追加が必要かと思って。

けれど、鳴海の腕がしろがねが起きるのを妨げる。

「カトウ」

自分を見つめる鳴海の眼差しがこれまでに見たことのない、熱っぽくてキラキラしたものだったから、しろがねは起き上がるのをやめ、厚い胸板に頬をつけた。胸の奥から大きな鼓動が聞こえてくる。ひたり、と密着する身体と身体に、しろがねは満足した吐息を漏らした。

「少しは酒の味、覚えられたか?」

「こんなんで分かるわけねぇだろが」

鳴海がクックと笑うのでその上に跨るしろがねの身体も揺れた。

「じゃあ、もう一度」

「いいんだよ、もう」

鳴海は笑う。

「おまえがオレを酔わせて得たい結果は、もう出てるからよ。酒を飲ませなくても、さ。…シラフのオレの反応は面白くない、か」

鳴海の指がしろがねの髪を掻き分け、柔らかな耳朶を触る。しろがねはひくり、と身を竦ませた。太くて熱い指が耳から項へのラインを辿る。

「あ…」

「オレはただ、我慢してたんだ。酔っ払ったおまえに手を伸ばすのは何だか、フェアじゃねぇ気がしてよ。だからかなり…我慢してた」

「カト…」

「逆に、酒なんか飲んで前後不覚になって忍耐忘れて、おまえを襲ってもヤバいしよ。ホントにオレ、酒が弱ぇんだよ」

しろがねはほんの少し身体を起こした。

「だけどさ、こうやって酔っ払ったおまえがシラフのオレを襲う分には何ら問題はねぇんだよな。おまえが先に行動を起こしてくれる分には……それからオレが次の行動に移す分には、問題は、ねぇ、よなっ」

鳴海はしろがねを抱きかかえたまま半回転する。今度はしろがねの背中が畳に付く。鳴海の息がしろがねの瞼にかかる。

「おまえの馬乗り、すげえ貴重だったけど」

「お望みなら、これからいくらでも、馬乗りになってあげる」

意味深な台詞を吐くしろがねの唇が再び塞がれた。鳴海の唇は、しろがねの予想通り皮鯨よりも彼女にしっくりとする。男らしいその感触は何よりも素晴らしく……もう手放すことなんてできない。

しろがねの腕がたおやかに鳴海の太い首に巻き付いた。

「しろがね…」

しろがねの胸に鳴海の両手がかかった。

「カトウ…」

鳴海の顔が、柔らかな乳房にそっと埋められた    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねは後悔していた。

鳴海の忠告を聞かず、少量とはいえ酒そのものを飲ませたことを。

「本っ当ーに弱いのだな…カトウ…」

鳴海はしろがねの豊かな胸を枕に夢の世界に旅立ってしまった。しろがねを抱くどころか、一枚も脱がすこともなく。

「あなたの身体に摂取された日本酒は小さじ1杯くらいだぞ?」

ああ。この人が次に目が覚めたとき、どこまで覚えててくれているのだろう?私はどこからやり直せばいいのだろう?

「やはり…私のアプローチの仕方が悪いのか…?」

私なりに頑張ってるのだけれどな…。

しろがねは鳴海を起こさないように静かに起き上がると、膝枕に鳴海の頭を載せた。しろがねは鳴海の黒髪を撫でる。自分の膝にもたれて安らかに眠る鳴海をそっと淡雪のような微笑で包む。

彼女の大事な、鯨のように雄大で、でも恐ろしく酒に弱い、可愛いヒト。

「アルコール抜きのアピール方法を考えないとダメなのかもしれない…うーん、それって一体、どうしたらいいのだろう…」

天の邪鬼を自覚しているしろがねは、鳴海に対して頑張るために実は酒に力を借りていたりするのだから。鳴海だってもしかしたら、あの、極少量のアルコールのおかげで気が大きくなってあそこまで出来たのかもしれないし。しろがねは鳴海の気分良さげな鼾をBGMに、遠大なテーマに一歩踏み込みながら、一人手酌で酒を飲んだ。

「いいや、もう。今日はこのまま泊まってしまおう」

 

 

 

 

 

愛しい男に膝枕をしつつ、皮鯨で美味しいお酒。

そして椿の花見酒。

 

 

 

 

End

カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
ブログ内検索

PR
Template by Emile*Emilie
忍者ブログ [PR]