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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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恋猫番外編。






「あれ?リーゼさん、どうしてここにいるの?」


勝がちょっと頓狂な声を出す。それもその筈、ここは勝の通う中学校の勝の学ぶ教室で高校生のリーゼが当たり前のようにいる場所ではないのだから。
「ふふ……今日は学校帰りに友達の家に寄ってきタノ。そのコの家がこの中学校の近くだったノ。勝さんの学校ってどんなトコかなーって覗きに来たらゲタバコにまだ靴があったカラ上がって来ちゃいマシタ」
「ちゃんと声かけてきた?無断だと怒られるよ、見つかったら」
「いいえ、黙って。いざとなったら魔眼使いますカラ」
「怖いなぁ、リーゼさんは」
勝はクスクスと笑う。
「それで勝さんは、ここで何をしていたんデスカ?」
誰も居なくなった放課後に、オレンジ色の西日の射し込む静かな教室で自分の机にポツンと座って。狭い教室の、黒板の裏に在る遠くを見つめながら。
「うん……ちょっとね、考え事」
勝は時に考える。





自分について。


自分の中の誰かについて。


自分の未来について。


自分の大好きな大男と銀色の美人について。


自分の中の儚い初恋について。


そして、自分のことをずっと見つめ続けてくれる心優しい猛獣使いについて。





勝は自分の前の席に横向きに座るリーゼににこりと微笑んで見せた。
「僕にリーゼさんって勿体無いよね」
「どうしたノ?急に?」
最近ちょくちょく、勝がこうして暗い物思いに沈んでいることに気がついているリーゼの黒い瞳は心配そうな色に変わる。
「私からすれば勝さんの方が勿体ナイですヨ、私には……」
「そんなことないよ、全然」
勝は大人びた表情を見せる。こんな笑顔を見ると勝の方がずっと年上に感じられてリーゼはものすごく寂しくなる。
校庭から聞こえてくる運動部の掛声も、音楽室から流れてくる聞き知っているけれど曲名が思い出せないピアノの音も、どこか遠く、違う世界のものに思えてくる。
橙色の世界。暖色なのに薄ら寒い、矛盾した世界にふたりは居る。





矛盾。


そもそも僕って矛盾してるよね。
他の人を思いながら他の人と付き合っている。
この人だけでいいと心に決めたのに、あの人も欲しいと思う。


大事な人の幸せを願いながら、大事な人の不幸せと背中合わせな願いも秘めて。
僕はただの中学生な筈なのに、僕は僕じゃなくて、他の誰かの時がある。
同時にふたりの女の人を思慕する僕の中には、きっと、僕がふたりいる。


ふたりいる僕のうちどちらかは僕であって僕でない。
僕という仮面を被った全くの別人か、
それとも真実の僕はこうありたいと願う心が生んだマヤカシか。


僕は、僕の中の、僕という矛盾を持て余す。





「勝さん?」
リーゼは急に黙り込んでまたどこか遠くを見つめだしてしまった勝に声をかけた。
「ね、矛盾する言葉を言い合ってみよう」
唐突な勝の提案。リーゼは目を丸くして小首を傾げる。
「矛盾する言葉?」
「『二度目の初恋』」
勝はやっぱり大人のような顔で笑っている。まだ少年だというのに。
リーゼは髪を解くともう一度きっちりとひとつに結わえ直し、きっぱりとした声で
「『信心深い背徳者』」
と順番を勝に返した。


「『笑わせることをしないピエロ』」
「『自由に出入りできる開かずの扉』」
「『恋を知らない者の失恋』」
「『影を内包する光』」
「それってアントニウムじゃない?」
「『光と影』はそうだケド。……勝さんを見ているとどうしてか、そんな言葉が思い浮かぶノ。いつも」


勝はリーゼの言葉に暗い瞳を伏せた。リーゼは勝の伏せた視線の先を追う。
「そう……」
「『光を内包する影』、でもいいケレド」
「……『影を内包する光を内包する影』。『光を内包する影を内包する光』。僕の本質はどっちだろう?光なのかな、影なのかな」
合わせ鏡のように無限に続くパラドックス。終わりはきっと、永遠にこないのかもしれない。小さな心が大きすぎる悩みを抱える。


「ナルミ兄ちゃんが羨ましいよ。あの人にはもう……矛盾なんて、永遠にやってこないんだろうから」
彼の未来にあるものは揺ぎ無い真実。絶対の愛。
「ナルミさんは……その分、失ったモノも大きいですカラ……」
「うん、分かってるよ。……でも、僕も、僕だってそれなりの年不相応な苦労はしたつもりなんだけどな」
勝は自嘲するように苦笑する。
ならば自分の未来に在るものは?
勝には自分の未来に不確定な不安要素しか見つけられない。現在の『自分』すら不確かで。
机の上で握られた、笑う勝の両手が微かに震えていた。


「『楽観的なペシミスト』」
「え?」
「どうせ矛盾をするのナラ、それくらい矛盾しないと」
リーゼは席を立つと勝の首にそっと両腕を回す。リーゼの胸は柔らかくて温かくて、勝は自然と瞳を閉じた。不確定な現実で唯一の存在を信じられるものがここに在る。
「勝さん……今すぐに答えを出そうとしないデ。急がなくてもいいカラ。私はずっとここにいるカラ」
「リーゼさん」
「不安になってもイイ。どんなに大きな不安を抱えてイテモ、私はその不安ごと、勝さんを抱き締めてアゲル。だから不安にならないデ。……デモこれもまた、矛盾してるわネ……」
勝の両手がリーゼの背中に回される。
「リーゼ……僕を『凍りつくほどに温めて』……」
リーゼは小さく頷くと、勝の唇を唇で温めてあげた。背筋に戦慄が走り身も凍りそうな快感を温もりとともに与えてあげる。





勝さんが矛盾しているナラ私も矛盾してイル。
私は『嘘つきな正直者』。





放課後の教室で幼いふたりはキスをする。まだコドモ。でも大人のキスをする。
杏色の教室が葡萄色になるまで。
彼らの運命はこの先、『蛇行しながら真っ直ぐに進む』。
いつか交わる場所まで。



End
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