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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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「このホテルから出てくるしろがねさんに偶然会って、あなたがこのホテルの最上階にいることを教えてもらったの」
黒髪の美しい恋人は玄関に入るなりそう言った。
僕は自分の顔にバカ正直にも「どうしてリーゼがここに?」という本心が出ていたことに気づき、慌てた。
リーゼは笑っている。自分が現れたことで僕が動揺したこと、それが分かった筈なのに、笑っている。いつも通りに見える。笑っている。
でも僕はこれだけは知っていた。笑顔の向こうで彼女が自分の嘘を探している。
「ああ、そうなんだ。しろがねに偶然会ってさ」
と言いながら、この部屋にしろがねを迎えたことを素直に話すべきかどうか、猛スピードで考えた。



しろがねとは何もない。何もなかった。
けれど、存在を初めて知った恋人の部屋に、自分以外の女性が自分よりも先に入ったことを知った彼女が一体どういう反応を示すのかが全く読めずに、僕はそれ以上何を言っていいのかが分からなくなって黙り込んでしまった。
しろがねをこの部屋に迎えたけれど、彼女とは何もなかった。
何も、やましいことはない。
だから言ったっていい。
けれど、言葉が出てこない。



「帰国するといつもこのホテルに滞在していたんですってね」
リーゼが助け舟を出すかのようにして話を続けた。
「ああ、そうなんだ。フウが借りている部屋を使ってたんだ」
と言うとリーゼは、それはしろがねさんに聞きましたから知ってます、と微笑んだ。とてもきれいな微笑み。でもそれは暗に、どうしてずっと隠していたの?と訴えている。隠さなければいけないようなことがあるんじゃないの?と訴えている。ような気がする。
僕は自分の笑みが歪んでいるような気がして仕方がない。ちゃんと笑えてない気がする。



何も、やましいことをしたことはないのに。“ここ”では。
そして勿論、しろがねとだって。未練のある彼女に何かしたことなんて一度もない。
リーゼは何も訊いてこない。リーゼは僕を責めているのだろうか、それとも純粋に偶然に会えて嬉しいと思っているのだろうか。多分、前者が正解で、後者が希望的観測。それが分かっているから僕はここで「ごめん」と言うべきなのかも分からなくなった。



リーゼは僕がしろがねを愛していたことを知っている。
リーゼは何も言わないけれど、しろがねからここに寄ったことを聞いて知っているはずだ。
僕としろがねが、自分の知らないところで密会していたんだと勘違いして、きっと笑顔の裏で怒っている。
勝は誤解を解かなくては、と思った。
「あのさ、リーゼ」
「何も言わなくていいの。分かっているから」
リーゼは自分の靴の爪先にチラと視線を落とし、すぐに勝の瞳を見た。やっぱりきれいに笑っている。
「しろがねさんをここに上げてお茶をふるまった、んでしょ?」
「う、うん」
「しろがねさんはここのホテルのスパに用があって、偶然会ったしろがねさんをお茶に誘った、そうなんでしょ?」
「うん」
「部屋には入れたけれど、私が心配するようなことは何一つなかった、そうでしょう…?」



何一つなかった、その通りだ。しろがねは僕のことを恋愛対象としてなんか一度だって見てくれたことはない。小学生の僕も、大人の僕も、しろがねにとっては果てしなく「お坊ちゃま」であり、全世界に【男性】がどれだけ存在しようとも彼女の【男】は鳴海兄ちゃん唯一人。大事な「お坊ちゃま」ですらその点では十把一絡げ、下手したら鳴海兄ちゃん以外の【男性】の存在は彼女の世界では消去されている可能性もある。
それくらい、しろがねは兄ちゃんを愛している。
僕は勝てやしない。分かっている。
でも、時にああやってしろがねとふたりきりの時間を持つと僕の気持ちは過去に巻き戻っていってしまう。しろがねへの恋情がたちまち立ち表れて僕の心を満たしてしまう。
過去の気持ちと現在の僕。現在の僕は肉体的に大人になったから、しろがねを女性としても欲しくなる。



確かに僕は、しろがねが少しでも甘い空気を作ってくれたら、って期待していた。
しろがねと身体を重ねるチャンスをずっと探していた。
例え大事な鳴海兄ちゃんを傷つけることになっても。しろがねに愛する男への裏切りを強いて泣かせることになるのだとしても。そんなチャンスを手にしたら決して逃すまいと虎視眈々だった。
でも、そんなものは結局見つからなかった。その間、僕はリーゼに罪悪感を覚えていた、もしくはリーゼの存在が頭から抜け落ちてた。リーゼの気持ちよりもしろがねの身体の方に優先順位を譲っていたんだ。だからリーゼが心配するようなことが何一つなかったのか、と訊かれて「YES」と答えたら嘘になる。



そんなことをグルグルと考えたせいで
「うん」
と返事するリズムが狂ってしまった。いつもなら、もっと上手に嘘がつけるのに。リーゼは僕の嘘に気づいた筈なのに何も言わない。
今、彼女は深く傷ついた。
僕は責められる。
リーゼの笑顔と瞳に、無言で責められている。



ああ、自分の知らないところで恋人が他の誰かと会っていたら気分が悪いに決まっている。
それが僕としろがねだった、なんてリーゼにとっては最低最悪の組み合わせに違いない。
それなのに、どうして何も言ってこないの?こんなの針の筵に座らされているみたいで苦しいよ。
かえって感情的な罵倒のひとつもぶつけられた方がずっとマシ!
リーゼだって、リーゼだって……ずっと、僕に黙って鳴海兄ちゃんと会ってたくせに!



僕の心に溢れかえるものは罪悪感。
悪いのは僕。分かっているのに僕は苦しさから逃れるために知らぬ間にリーゼに責任転嫁を始めていた。
こんなことじゃいけない。いけないよね。
僕のためにも、リーゼのためにも、鳴海兄ちゃんのためにも、しろがねのためにもならない。
この僕の、心が定まらないばっかりに!
でも僕だって、好きでふたつ心になっているわけじゃない。
僕と、僕の中のあいつと、求める相手が違うから、僕がこうと決めても、もうひとりの僕が僕を揺さぶる。
こんなことじゃいけないんだ。
僕たち、僕とリーゼの未来が危うくなってしまう!



僕はリーゼを抱き締めた。この場を誤魔化すための苦し紛れと思われたに違いないけれど、僕は、僕の全身全霊をもって抱き締めた。僕の中のあいつじゃなくて、僕の、思いの丈を全部こめて。リーゼだったらきっと、こうして抱き締めている僕が僕であるって、分かってくれると信じて。
リーゼは、黙って目元を僕の胸元に押し付けた。小さく震える肩を温める。彼女の黒髪に鼻先を埋め、香りを思い切り吸い込む。僕の大好きなやさしい香り。僕は、この香りを愛している。
「決めた」
ゆっくりと身体を離し、リーゼと瞳を合わせる。彼女の大きな瞳は涙に濡れていて、これを乾かすのは、僕の役目なんだ。


「一年後、一年後の今日に結婚式を挙げよう」
「勝さん…」
彼女の細い顎を指で辿り、一言一言、懺悔のように告白を刻んでいく。
僕の中には僕がふたりいること。
今日まで才賀勝として生きてきてリーゼを愛している僕と、僕の中に勝手に入り込んで来た他人に侵され幼い恋心をいじましく抱えている僕。
そのふたつは根っこのところで融合していてどうしてもうまく切り離せないこと。
その折り合いを付けたくてもがいてきたけれど、もうこれ以上は無理だと悟ったこと。


「僕はリーゼを愛しているよ。でもね、しろがねに振り向いて欲しいって渇望している僕もいる。そっちの僕は本当の僕じゃないんだけれど、僕の一部であることには変わりがない。こればっかりはもう僕に一生付きまとう」
滑らかな頬を一筋、透明な涙が伝って落ちた。
ああ、泣かないでリーゼ。僕が全部悪いのだから。
「僕は……君だけを好きな僕になりたくて足掻いたけれど……ナルミ兄ちゃんの言葉を借りるなら、にっこり笑うしかない境地に辿り着くしかなかったんだ」
親指の腹で涙を拭う。いたずらに、涙で濡れる面積を増やしただけかもしれない。


「リーゼ。こんな僕だけれど、結婚してくれるかい?」
リーゼはボロボロと大粒な涙を落とすと
「はい」
と返事をくれた。
「ありがとう」
もう一度、リーゼを懐に包み込む。


ふたつ心の僕は、これからもリーゼを泣かせることだろう。
でも、僕が一番望むことはリーゼの幸せなんだ。
嘘つきな僕だけれど、これだけは本当なんだよ。



End



◇◇◇◇◇

postscript これにて隠し部屋での恋猫シリーズは終了です。大人の勝とリーゼの話を気楽に書いていただけなのに気がついたらシリーズ化してました。この後は『神様に感謝をしなければ。』に繋がります。
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