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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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『しろがね』設定はなし、しろがねは一般人
しろがね抜き鳴海単独で軽井沢編を消化
鳴海は勝を守り切ったものの気を失っている間に善治に形勢逆転をされ
(『しろがね』設定なしなのでギイの中途半端な救出劇もなし)
勝はなし崩し的に養子に
記憶を失っている鳴海は口封じを兼ねて精神病院に監禁状態という、鬼妄想設定。









明日晴れるか







1.篠突く雨



大きな雨粒が薄い傘の皮を突き破らんがばかりに堕ちてくる。
暗い夜闇が傘のせいで更に昏くなる。アスファルトで激しく跳ね返る飛沫に華奢なヒールは一溜まりもない。しろがねは夜道をひとり歩き辛さを我慢して、硬いヒールの足音も掻き消す雨垂れの家路を辿る。土砂降りの大雨に、日付も変わろうかという時刻、外灯も疎らな町外れなど誰も好んで出歩く者などいない。しろがねだって残業なんかを頼まれなければ今頃は乾いて寝心地のいいベッドに潜り込んでいるだろう。傘が意味をなさない夜の雨に打たれることもなかっただろう。
終電にギリギリ間に合う、なんて考えないでタクシーを使えばよかったと少し後悔する。


川向うにある出来たばかりの新築マンションは海を臨んでのロケーションは最高なのだが、いささか交通の足が不便だ。多少、駅が遠い。とはいえ、それは今言っても始まらないことなのでしろがねは仕方無しに、ひたすら速足で急ぐ。
前方に大きな橋。
この橋を渡れば目処がつく。


その橋の真ん中に。
誰かが、立っている。


しろがねの歩みが鈍くなった。
深夜の道にひとりの男が何をするでもなく立っている。
家まで後もうちょっとなのに、その胡散臭い人物に近づくのを躊躇うためにしろがねの帰宅時間が遅くなる。
傘をきちんと差してたって濡れる程の大雨なのにその男は傘も差してない。男の長い髪は濡れて顔に張り付き、服もまた身体にぴったりと張り付き、服の下には岩のような隆々とした筋肉があることが知れる。遠目に見ても大きな男だ。
男は棒(棒と言うよりは丸太だな、と彼女は思った)のように突っ立って、欄干から川面をじっと見つめている。


しろがねも男を真似て川面を覗き込んでみた。
激しい雨で増水して真っ黒な濁流と化した川。
うねる黒い舌は飛び込んできた哀れな者を容易く巻き取り、無慈悲に川底へと引き摺り込むだろう。あっさりと魂を地獄へと運んでくれるに違いない。
自殺するには持ってこいだ。


あの男は自殺するつもりで立っているのだろうか、としろがねは考えた。自殺するのは個人の自由だから勝手にすればいいが、自分の目の前でするのだけは止めて欲しいと思う。
しろがねもまた立ち往生して時間を取られ無駄に濡れるのは望ましいことではないので、男を視界に入れないようにしてその横を通り過ぎることにした。
自分が通り過ぎた後に男が川に飛び込もうが、朝まで強い雨に打たれようが好きにすればいい。


他人のことなど、彼女にとってはどうでもいいことなのだ。
他人と関係を持つことは彼女にとっては煩わしいだけ。


しろがねが近づいても気づきもしないのか、男は身じろぎもしない。
冷たい雨粒が肌を叩くのも物ともせず、夜陰にコールタールのような川を厭きず眺めている。
正直、気持ちが悪い。
すれ違い様、しろがねが視線を投げると、男が身につけているのはどうやら病衣のようだった。男の長い髪に隠れるようにして、襟の辺りに大きく書かれているのは隣町にある大きな精神病院の名だった。


ああ、成程、彼は【そういう病気】の持ち主か。
しろがねは男の薄気味悪い行動に納得する。
きっと彼は夢遊病者か何かで病院を抜け出して来たのだろう。
自分が置かれている状態も分かってないのかもしれない。
病人ならば、他人と接点を持ちたくない彼女とても見て見ぬフリもできない。
病院に連絡して引き取りに来てもらおう。
それがきっと最善、放置するのは自分の責任ではないにしても寝覚めが悪い。


しろがねは男にキッと向き合うと
「ちょっと、あなた」
と声をかけた。
しろがねの声に男はピクリ、と反応をした。
「あなた、何をしている?病院へ帰る道が分からなくなったのか?」
「……」
男はゆっくりとしろがねを見下ろした。


気が定かかどうか分からない大男に声をかけることが怖くないわけではない。
いきなり襲われるかもしれない、と心構えも身構えもした。
だけれど常軌を逸しているとばかり思っていた、その男の瞳はとても澄んでいてどこかあどけなくて、淋しそうで、やんわりと微笑んでいたから彼女の恐怖心はどこかへと行ってしまった。心を病んでいる者の瞳はしていないように思えた。


「病院への帰り道が分からないんじゃねぇ。オレは逃げてきたんだ、病院から」
男は低くて深い声、でも雨音に負けない声量で答えた。
「どうして?」
「だってオレはどこも悪くねぇんだから」
気を病んでいる人というのは自覚症状がないものかもしれない、しろがねは思った。
「でも、勝手にいなくなったら心配する人がいるだろう?」
「さあな、いるのかいないのか、分からん。オレはキオクソウシツだから」


記憶喪失である人、なんて初めて出会う。彼女はほんの少しだけ好奇心をそそられた。彼女の中には極僅かにしか存在しない好奇心が珍しく反応する。
「記憶がないのか?」
「ああ」
「自分の名前も覚えていないのか?」
「病院の連中はオレをナルミと呼んだ。だからそういう名前の人間なんだろう。それが本名かどうか、は判断のしようがない」
思ったよりまともなようだ、としろがねは思った。
辻褄の合う受け答えをしている。


「記憶喪失だから、病院に入れられたのか?」
しろがねの問いに男は困惑した苦笑いを浮かべ
「……分からん」
と首を振った。
「気がついたらあそこにいたから」
「逃げてきた……と言っても、記憶喪失のあなたに逃げる当てがあるのか?」
そんなことを訊ねてどうするのか。しろがねは自問自答する。


「ねぇよ。行くとこなんてどこにもねぇ。どこに帰ればいいのかも分からん。あの病院から逃げてきたのはいいが、ここまで来てどこにも行くところがねぇと、気がついた」
ナルミ、という名前らしい男の視線はまた暗い川面へと移る。
しろがねは自分の行為を不可思議に思う。
見ず知らずの男の話を雨に打たれながら聴いている自分の愚かしさ。
とっとと病院に電話すればすぐにでも家に帰れるものを。


「そして自分の身の上を儚んで身投げでもする気だったのか?」
渦巻流れて行くこの川に飛び込めば、そのまま三途の川と相成るだろう。
「どんなでも生きていた方がいいに決まってるけどよ……あの病院に幽閉され続けるくらいなら川に飛び込んでもいいかもな」
厭世的に笑う男の鼻筋に絶え間なく雨水が伝う。
「あの世の方がマシだろう」
「幽閉、とは穏やかじゃないな。快方に向かえば退院できるだろうに」
「さあてな。連中にそんな気があるかどうか……。とりあえず、オレはまだ死にたくねぇ。今は忘れているが何かやりかけたことがあるような気がしている。逆巻く水の流れを見ていれば何かを思い出すような気がしたからここにいただけだ」


男の瞳が力強く爛、と燃えた。男の持つ何かがしろがねの心の琴線を弾いた。
「飛び込んだりしねぇからアンタはウチに帰りな。こんな得体の知れねぇ男に関わるとロクなこたぁねぇ」
男はしろがねと再び目を合わせると分厚い掌で髪を掻き上げた。明るい星が光る瞳。確かにこの人の瞳は心を患っている者の瞳ではない。
「それであなたはどうする?」
「アンタがここに」
男は自分の首裏の病院名を指差し
「チクったりしなければそれでいい。オレはあいつらに捕まらねぇようにもっと遠くに逃げるだけだ。本当にあの病院に連れ戻されることだけは避けてぇからな」


それじゃあな。
と、軽く手を上げるとしろがねに背を向け歩き出した。
「オレに会ったことは忘れてくれ」
しろがねは奇妙な気持ちで男の後ろ姿を見つめた。
山のように大きいのにやたら小さく見える、草臥れ切ったずぶ濡れの背中。
どれだけの時間、こうして雨に打たれていたのだろう。
行く当てもなく、途方に暮れながら。
しろがねの胸の中に尋常でない、予感の喇叭が鳴り響く。
男の大きな足は裸足だった。





本当に、
私は何故。
こんな面倒臭そうな匂いのプンプンしている男なんて放っておけばいいのに。


困っているのかもしれない、訳ありなのかもしれない、でも私には関係ないじゃないか。
人間関係なんて鬱陶しいだけの女が。
相手は初対面の、冗談抜きで胡散臭い男だろう?


だのに。
どうして。





「待て」
どうして私はこの男を呼びとめているのか。
「ついてこい。今晩のところは私が拾ってやる」
どうして、この男に傘を差しかけてやっているのか。
しろがねは生まれて初めて、自分で自分の行動が理解できなかった。



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postscript
【鳴海を飼うしろがね】ってものも書いてみたくなり。多分、エンドマークは置かないオムニバスになるかと(逃げてるわ、汗)。裏の本筋ではやや強くなった勝が鳴海を人質に取られて、善治相手に健気に前向きに悲劇のヒロインっぷりを展開してます。
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