[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
. Fairy Tale .
little red riding hood .
昔々、森に囲まれたその国のお城をのぞむ静かな町に、エレオノールという美しい娘がおりました。
彼女は父と母と年の離れた兄と住んでいて、近くの森の中では優雅に別宅隠遁生活を楽しむ祖母もいました。
エレオノールは朝晩、祖母のもとに食事を運ぶのが日課でした。
「森の中を通るときは『狼』に気をつけない」
と母アンジェリーナは言います。小さな頃から聞かされた呪文のような言葉。
幼い頃よりも、美しく成長した今の方がずっと聞かされることの多くなった言葉。
「狼なんて森の中では見かけない。猟師さんが見張っているから」
アンジェリーナは困ってしまいます。この子は賢いけれど、肝心なところが疎いのよね。
「それでは行って参ります」
エレオノールは赤いマントを羽織って、祖母に届けるワインとパンとチーズをカゴにさげて出かけました。
エレオノールが森へ出かけると、猟師が声をかけます。
「やあ、おはよう、エレオノール」
「やあ、ごきげんよう、エレオノール」
「今朝もおばあさんのところにおつかい?偉いね、エレオノール」
今朝は3人。ノリ、ヒロ、フェイスレスという猟師です。
あと顔見知りの猟師さんにはナオタとリシャールがいます。
エレオノールは3人に囲まれて、おばあさんの家に向かいます。
いつもおばあさんの行き帰りは少なくて2人、多くて5人の猟師の護衛があるのでエレオノールは狼なんて少しも気にしてません。
狼の遠吠えが聞こえると、猟師たちは空に向けて威嚇射撃をします。
途中、フェイスレスがこんな話をしました。
「最近、この森に変な男が住み着いたそうですよ。真っ黒い服を着た男で僕らの間じゃ通称『狼』と呼ばれている。
まだ悪さをした話は聞いていないが、若い娘さんは気をつけた方がいい」
「うさんくさいんだよね」
「見つけ次第、何とかこの森から追い出すから安心しててよ」
みんなは口々に『自分を頼りにしてて』と言います。
エレオノールは、それで母は『狼に気をつけろ』と口を酸っぱくして言うのか、と合点がいきました。
「ギイ兄さま、『狼』の噂を聞いたことありますか?」
エレオノールは今しがた家に帰ってきた兄に訊ねました。
最近、ギイはよく出かけているのでなかなか捕まえることができません。
「ああ、森に住み着いた男の噂かい?」
ギイは早速ワインをグラスに注ぎながら妹の話に耳を傾けました。
「それがどうしたのかい?怖いのかな?」
「いいえ、そんなことはありません。おばあさまのところに行くときはいつも猟師さんたちがついてきてくれますから。
ただおかあさまが、『狼』に気をつけろ、とあんまりに言うものだから」
ギイは整った形の眉を片方あげました。
「ふうん……『狼』が違うのではないのかな」
「『狼』はたくさんいるのですか?」
「たくさんいるよ。それはもうあちこちにね。ママンが心配するほど、エレオノール、おまえの周りは尚更」
「そう、なのですか。知りませんでした」
エレオノールはそう言いながらも、何も分かっていませんでした。
ある日、エレオノールは木苺をとりに森の奥へ出かけました。いつも通り、赤いマントを羽織って。
エレオノールとギイしか知らない秘密の場所があるのです。
今日は誰も猟師はついてきていません。
猟師たちは護衛してくれてありがたいけれど、いつもいつも何やかやと話しかけてくるので、
彼らの話にあまり興味の持てないエレオノールは一人の方がのびのびできました。
ひとりでも大丈夫。
天気が良くて、風が爽やかで、こんな陽気には隠れ住んでいる『狼』なんて姿を現すはずがない、とエレオノールは考えました。
早速、エレオノールは赤みがかったオレンジ色の小さい実をカゴに摘み始めました。
今日はいっぱい生っている。これで甘いジャムを作ろう。
「いたっ」
エレオノールの指先に鋭い痛みが走りました。つい木苺の棘で指先を深く長く切ってしまったのです。
指先の皮が裂け、滴る赤い血の間から肉色が覗き、エレオノールはクラクラとその場に座り込みました。
気丈に止血を試みようとしますが手に力が入りません。ポタポタと血の雫がスカートを汚していきます。
「どうかしたのか?」
突然声をかけられて、びっくりしたエレオノールは慌ててその声の方を振り向きました。
真っ黒い服の大きな男がすぐ後ろに立っていました。ボロボロの黒いマントを肩にかけています。
『狼』に違いない!エレオノールはそう思い、急いで逃げようと思いましたが、足は力が抜けていて立てません。
声も出ません。
エレオノールは血の気の引いた顔でキッと睨むことしかできませんでした。
男はエレオノールに近づくと、エレオノールの前掛けの裾を引き裂きました。
「な、何を!」
エレオノールが必死に叫ぶと、男はにっこりと笑って
「何をって、止血だよ」
と言いました。
「オレは今、あんたの指に巻けるようなきれいなものを持ってないから。手荒くて悪ぃな」
男はマントから右腕を出しました。見ると左腕がありません。左肩には真新しい包帯がぐるぐると巻かれています。
「……!」
男はエレオノールの指先を口に含みました。舌先で傷口をそっと舐め、唾液で血を拭います。
エレオノールは大人しくされるがままになっていましたが、その感触に知らず心地よさを覚え、身体がガクガクと震えました。
男は右手だけで器用にエレオノールの指先を布キレで強く縛りました。
エレオノールはなんとも不思議な気持ちで、その長い黒髪を垂らした男の顔を見つめていました。
「これでよし、と」
男はまたにっこりと笑います。
「さあ、今日はもう急いで家に戻れ。傷を早く消毒したほうがいい」
「あの…」
「オレもここにキイチゴを食いに来てたんだ。たまには散歩でもしねぇと身体がなまっちまう。
でもオレもそろそろ帰るよ、出歩いたのが知れるとあいつがうるせぇからな」
男はエレオノールの手をとると、彼女が起き上がるのを手伝いました。
「あんまり・・・・・・猟師たちを信用しない方がいい。あいつらは羊の顔をした『狼』だから」
男は少し心配そうに、淋しそうに小さく笑って、エレオノールの手をぎゅっと握りました。
「あの、オレ…おまえに…」
男が何かをエレオノールに伝えようとしたとき、
「誰だ?!『狼』か?!」
と大声をあげながら猟師のノリとヒロがやってきました。ターン、ターン、と空に向けて銃を撃ちます。
男はハッとした顔をすると、身体を庇うようにしながらノイバラの藪の向こうに姿を消しました。
「大丈夫か?エレオノール」
「悪さはされなかったかい?」
エレオノールは猟師たちの問いには上の空で、その背中が見えなくなった藪の向こうをじっと見つめていました。
「どうしたんだい?ぼうっとして」
ギイがエレオノールの顔を覗き込みます。最近のエレオノールは何か思い悩んでいる様子でギイは気になっていました。
「ギイ兄さま……私……この間、先だってお話した『狼』に会ったのです」
「え?いつ?」
「私が指に怪我をした日、彼は私の手当てをしてくれました」
「ああ、それで……どうりであいつの様子がおかしいと思った」
「なんのこと?」
「いや、こっちの話」
ギイはにやりと笑いました。
「それでどうしたんだい?」
「その人は猟師さんたちが言うような悪い人には見えませんでした。片腕がなくて、顔色もあまり良くなくて、
もしかしたら森の中で難儀をしている人なのではないのかと思って…」
あの後、エレオノールは何度か木苺畑に足を運びました。でも『狼』には会えませんでした。
指の傷がすっかり痛くなくなっても、会えませんでした。
「私、あの人に『ありがとう』を言っていないのです。だから…」
エレオノールはこんなに誰かのことばかり考えたことは今までありませんでした。
エレオノールは『狼』のことが気になって、あの笑顔を忘れることができなくて、彼の触れた手や指の先が熱く火照って眠れないのです。
ほほう。我が妹はもしかして。
ギイは頬を美しく夕映え色に染める妹を感慨深く見つめました。
ある日の午後、エレオノールが町をぼんやりと歩いていると猟師のフェイスレスが声をかけてきました。
「エレオノール、ルシールばあさんが頼みたいことがあるそうだよ。急いでばあさんの家に来て欲しいと、伝えてくれと言われてね」
「おばあさまが?おかしいですね。
今日はマリーさんのお家へタニアさんと一緒にアフタヌーンティーパーティに出かけているはずなのですが」
「あ?ああ、忘れ物をしてしまったそうだ。それを届けて欲しいと」
「そうなのですか。分かりました」
「『狼』が出て君に悪さをするといけないからね。一緒についてってあげるよ」
あの人は、悪いことをするような人には思えないけれど。
「ありがとうございます」
「ささ、行こう」
エレオノールは自分の背後でフェイスレスの瞳が好色そうに光ったことに気がつきませんでした。
「ナルミ。怪我がすっかり癒えるまで出歩くなと言っただろう?」
「ずっと家ん中じゃ身体がなまっちまうんだよ。ちょっと散歩しただけだってば。
痛いって!もっと優しく手当てしてくれよ!」
ここは森の中にあるルシールばあさんの家の裏の納屋の中。
そこで『狼』という名前で噂になっている男、ナルミがギイの手荒い手当てを受けていました。
「ただでさえ、その異様な風体が町で変な噂になっているんだ。少しは自重しろ」
「異様な風体ゆーな。分かったよ。もう表に出ねぇよ」
「腕が根元からもげて、まだ身体の中に血液が足りないんだ。おまえが人間離れしていたから助かったようなものの、
普通の人間だったら死んでるぞ。外で貧血でも起こされた日には僕一人じゃそんなでかい身体は面倒見切れないからな」
僕がいなかったらおまえは今生きてないのだからな、そこのところ肝に銘じておけよ。
そう言うギイに生返事を返しながら、ナルミはマントを羽織りました。
「全く世話の焼ける。よく木苺畑までその身体で歩いて行ったものだ」
「しょうがねぇじゃん、彼女を見かけちまったんだから。ひとりで歩いてたからさ、心配で…」
「エレオノールのことが好きなのか?僕の妹だぞ?」
ギイがニヤニヤと笑っています。ナルミはガリガリと頭を掻きながら「悪ぃかよ」と言いました。
「ま、養生するのももうしばらくの我慢だから…」
そのとき、ナルミの顔つきが変わりました。じっと耳を澄ませて、鋭い目つきで何かを探っている風な様子です。
「…今日は、ここのばあさんは留守のはずだよな?」
「ああ、日が暮れるまで帰ってこないよ。ばあさんたちのサバトが終わるまで」
ギイの皮肉が言い終わらないうちに、ナルミは本当の野生の獣のような身のこなしで納屋の外に飛び出しました。
「おばあさまは、何を持ってくるように言っていたのですか?」
エレオノールが祖母の家の鍵を開け、後ろに控えるフェイスレスに訊ねました。
「あの…あっ!何をっ…!」
抵抗する間もなく、エレオノールはフェイスレスに抱き抱えられ、祖母の寝室へと運ばれ、乱暴にベッドの上に投げ落とされました。
急いで身体を起こそうとするエレオノールの上にフェイスレスが覆いかぶさります。
「やっ…やめて…離して!」
フェイスレスの手がエレオノールの服を引き裂きました。露になったエレオノールの白い胸にフェイスレスは舌を這わせました。
「あんっ…嫌…あ…な、何故こんなことをするの!ああっ、やめて…っ」
「猟師たちはみんなおまえをこうやって食べてしまいたかったんだよ。でも、牽制しあってなかなかふたりきりになるチャンスがなくてね。でも今日は僕の作戦勝ちだ。やっとおまえの身体を食べることができるよ…」
フェイスレスは抵抗し、暴れもがくエレオノールの身体から服を一枚また一枚と剥いでゆきます。
「やっ…だ、誰か!誰か、助けて…あ…んっ…」
「誰もこないよ。ばあさんは日が暮れないと戻らないって知っているだろう?それまでたっぷりと楽しもう。
『嫌』って言うのも今だけだ。そのうち『もっとして』ってせがむようになるから」
フェイスレスは肉欲の滾る瞳で哀れな獲物の身体を嘗め回すように見ると、その喉笛に噛り付きました。
エレオノールはようやく母の言っていた『狼』が何のことなのか理解しました。でも、もう遅すぎました。
エレオノールの脳裏にあの『狼』の温かい笑顔が浮かびました。
ああ、私はあの人が好きなのだ。
エレオノールの瞳から涙が零れました。
エレオノールが観念し、ぎゅっと瞼を閉じたとき、自分の身体からフェイスレスの身体の重みが消えたのが分かりました。
ぱっと目を開けるとどうしてか、フェイスレスの身体は宙に浮いています。
「あ…あなたは…」
怒りの形相も凄まじいナルミが片腕でフェイスレスの身体を持ち上げていました。
ナルミは思いっきりフェイスレスを床に投げつけると、その鳩尾に重たい踵を落とし入れました。
フェイスレスは一撃で泡を吹き、白目を剥きました。
「だから、猟師には気をつけろと言ったんだ」
ナルミはエレオノールの肩に自分のマントを掛けてあげました。
「エレオノール、大丈…」
遅れて駆けつけたギイは、そのふたりの様子を見て薄く笑いました。
「来い。官憲に突き出してやる」
フェイスレスの首根っこを掴んで伸びた身体を引き摺りながら、ギイはその場を静かに退散することにしました。
「あの、ありがとう……この間も」
「ここ。あいつにつけられたのか。赤くなっている」
ナルミはエレオノールの首筋のキスマークを苦々しく見つめました。指で擦ってももちろん取れません。
「ん…」
その跡にナルミはそっと唇をつけると、きつく吸い上げ、上から新しく赤い刻印をつけそれを消しました。
その後、ふたりがそこで何をしたのかは、秘密です。
数日後、エレオノールは花嫁になりました。花婿はこの国のマサル王子つきの親衛隊隊長のナルミ。
彼はよく、王子のお忍びの狩りのおともでエレオノールの祖母の住む森の近くに来ていて、
だいぶ前から森の中で見かけたエレオノールに一目惚れをしていたそうです。
ギイとは何の縁かは分かりませんが、腐れ縁だとふたりは言います。
『狼』の噂が立つ数日前、狩りに訪れていた王子が落石事故に巻き込まれました。
それをナルミが身を挺したので王子は無事でしたが、ナルミは左腕を失いました。
王子は他の家来が城へと連れ帰り、ナルミはかなりの重傷で頭を強く打っていたこともあり、
すぐ近くのルシールの家で養生することとなりました。
わりとすぐにナルミは馬を使えば城に帰ることができるくらいには回復していたのですが、
ルシールの家には朝夕にエレオノールがやってくるので、「まだ帰れない」と嘘をついていたのでした。
朝夕、エレオノールの姿を見ていたナルミは、取り巻きの猟師たちの下心に気がついていました。
そして、時に王子がお見舞いにくるために、ナルミのことはみんなには内緒だったのです。
今、エレオノールがナルミの腕の中で幸せそうに微笑んでいます。
やさしい『狼』は自分のきれいな奥さんを末永く可愛がり、ふたりは仲睦まじく暮らしました。
めでたし、めでたし。
End