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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねでいっぱいの

 

 

加藤鳴海の4日間。

 

 

その6

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねは川縁の土手に腰掛けてぼんやりと川の流れを見つめていた。日の光をキラキラと反射して金色にさざめきながらゆっくりと流れていく川面を、ただずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

しろがねが猛スピードで身支度を整え、脱兎の如く鳴海の家を飛び出して、仲町サーカスが仕事のないときに常宿にしている駐車場(鳴海の自宅からごく近い距離にある)にやってくると、ちょうど仲町サーカスが興行先から戻ってきたところだった。

彼女を心配していたサーカスの面々に記憶が戻ったことを告げ、「ご心配をおかけしました」と頭を下げると続いてみんなから自分が記憶を失ってからの事情を聞かされた。しろがねはようやく、怪我をしてから4日が経っていることを知った。

そして記憶を喪失した自分がいかに豹変していたのかも。

 

 

 

「わ、私がですか?誰彼かまわず、にこやかに笑いかけていた…?」

ノリやヒロは口々に「可愛かった」と言うけれど、それはしろがねにとって何の慰めにもならず、気持ちはどんよりと落ち込む一方だった。

勝がノリたちに聞こえないようにこっそりと、記憶喪失のしろがねがどんなに鳴海に懐いていたのかを説明し、それは更にしろがねをどん底に叩き落した。

「…………」

「兄ちゃん、しろがねがくっついてきて落ち着かないってずっと僕にこぼしてたんだよ。でも良かった。しろがねが元に戻って」

「おう、しろがね、鳴海はどうしたんだ?一緒じゃねぇのか?」

団長にそう言われてしろがねはびくっとした。

「あいつにきちっと礼を言わなきゃなんねぇからよ」

「あ、噂をすれば。ナルミ兄ちゃん!」

勝がしろがねの背後に向かって呼びかける。

鳴海がずんずんと近づいてくる気配にしろがねの心臓の鼓動は早くなる。

「おい!急に出て行くからびっくりしたじゃねぇか!…おう、マサル!もう着いてたのかよ」

「鳴海!面倒をかけたなぁ」

団長が鳴海に礼を言う。

それに鳴海が頭を下げ返している隙に、しろがねは素早くその場を離れた。

まだ考えがまとまっていないのだ。

この空白の期間の新たな情報をふまえて心の整理をしなくては…!

 

 

 

 

 

 

 

 

そうしてしろがねは川を見つめている。

結局、ぼんやりと座って川を見ているだけで、考えなんかこれっぽっちもまとまってはいなかった。

流れる川の水も、空に浮かぶ雲もずっと同じじゃいられない。ひとつところにはいられない。

人間の心だって関係だって、時が経てば変わっていく。私とカトウだって…。

膝を抱える自分の腕をくんと嗅いで見る。鳴海の匂いがした。

そうね、シャワーも浴びないで飛び出してきたんだもの。

しろがねは目を閉じて、まだ鳴海に抱き締められているようなフワフワとした感覚を味わった。

あんなふうに飛び出してきて、カトウはどう思っただろう?枕で殴っちゃったし…。

そして、くすり、と鼻で笑った。

 

 

 

きっと私は記憶と一緒に理性の箍もなくしたのね。ひねくれて天邪鬼な箍が外れて素直な中身が溢れ出したのだ。

私がこれまでずっとカトウにしたいと願っていたことを歯止め無くしてしまったのだ。

全然、覚えていないけれど。

でも、今の、元通りの私はそんなことはできない。

にこやかにカトウに笑いかけることなんてできない。

カトウに抱きつくなんて、できない。

 

 

 

しろがねは突然、もしかして鳴海は『記憶をなくした素直な自分』を愛したのであって、今の元通りの『天邪鬼な自分』には興味がないのではないか、と思い当たり、息もできないくらいのあまりの胸の痛みに身体をふたつに折り曲げた。

何故なら今まで全く『兆し』というものがなかったのにも関わらず、記憶を失っていたほんの数日間に急展開していたのだから。

しかもしろがねは当事者であるのに肝心なところがまるで分からない。

もしかしたら『私』がカトウを誘惑したのかもしれない(正解)。

私は心の奥底でカトウに愛されたい、抱かれたいと密かに望んでいたのだから。

しろがねは自分が『もうひとりの自分』に激しく嫉妬していることに気がついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どさり。どかり。

その音にしろがねはハッと我に返り、同時に心臓も大きな音を立てた。

しろがねの傍らに荷物の詰まったバッグが置かれたのに続いて、大きな男がしろがねの隣に腰を下ろす。

しろがねは自分の顔が熱くなったので慌てて白い手の平で真っ赤なそれを覆った。

「オレも手ぶらで追っかけちまったから……荷物、持ってきてやったぞ」

「あ…ありが…とう…」

しろがねは顔を手で覆って下を向き、小さくなったまま。

「おまえ、記憶が戻ってるそうじゃねぇか」

「……」

目を合わせようともせず黙りこくるしろがねに、鳴海は大きな溜め息をついた。

「悪かったよ、その……『おまえ』に了解もとらないで抱いて、よ…」

しろがねの顔は更に赤くなり、身体も更に小さくなる。

「記憶のない間のこと、『おまえ』は覚えてんのか?自分がしたこととか、その…されたこと、とか…?」

しろがねは黙って首を横に振る。

「オレのこと、怒ってんのか?」

しろがねはまた黙って首を横に振った。

その様子を見て、鳴海はガリガリと頭を掻きながらもう一度、大きな溜め息をついた。

 

 

 

怒ってないけど、傷ついてる、ってとこか。

ふたりの間に長い沈黙が横たわる。

どうしよう。しろがねはただただ、どうしていいのか皆目分からず、いたずらに動揺していた。

 

 

 

鳴海は……実はかなり傷ついていた。

朝起きたときの、そしてその後、全く自分を見ようともしない『しろがね』の反応や態度が鳴海を叩きのめしていた。

枕で殴られたどころの比じゃなかった。

てっきり『しろがね』は自分のことが好きでいてくれているものだと勝手に解釈して、記憶を喪失しているしろがねを抱いてしまった。

記憶が戻ったとしても相思相愛なのだからなんら問題はないと自惚れていたのだ。

そもそも、『しろがねの気持ち』の仮定が間違っていたのだ。

『しろがね』は自分のことを好きではなかったのだ。

そう思い知らされる度に、胃が鉛を呑んだようにどんどん重くなる。眉間に深い皺が寄る。

鳴海は思う。

例え、『しろがね』がオレを何とも想ってなかったのだとしても

オレはこいつに避けられることが何よりも辛い。

 

 

 

「何にも覚えてねぇならよ、ちょうど良かったじゃねぇか。嫌な記憶を蒸し返さずにすむ」

鳴海の自嘲気味の低い声にしろがねはようやく顔を上げ、視線を向けた。が、今度は鳴海がしろがねを見ない。鳴海は天を振り仰いでいる。

「何もなかったことにしよう」

「……」

「全部忘れろ。オレも、忘れるから」

「カ、カトウ…」

 

 

 

そうは言っても忘れられるはずもねぇけどな。鳴海は心の中で呟いた。

あれは、鳴海にとってはこれまで経験したことのない素晴らしい時間だった。しろがねに触れれば触れるほど自分の中から狂おしいほどの彼女への想いが噴き出して、泣きたくなるほど幸せだった。誰かを、しろがねを愛するということがこんなにも己の心をも充足させることだとは知らなかった。無我夢中でしろがねを抱いた。

男を初めて迎え入れた身体でしろがねも懸命に鳴海に応えて幾度と無くふたりは愛し合った。

なのに寝て起きたらそれがしろがねを傷つけ、自分もまたその姿を見て傷心することになろうとは!

 

 

 

「だから頼む。頼むから、オレから逃げないでくれ。すっかり忘れてお互い元通りになるのは難しいかもしれねぇが、オレ、おまえに嫌われるのだけは耐えられねぇ」

「カ…」

それだけだ。そう言って鳴海は立ち上がった。

「これでもオレ、ずいぶん我慢したんだぜ?おまえは人の布団に潜り込んでくるしよー。……ホントにすまなかったな、最後の最後に辛抱しきれなくて」

私が?そんな夜這いめいたことを?(夜這いめいた、じゃなくて正真正銘の夜這い)

唖然として何も言えないしろがねを残し、鳴海は去って行った。その大きな背中は何だか淋しげで、心なしかいつもより小さく見えた。

足取りも重たく帰路に着いた。

「……莫迦……」

その場に立ち尽くしたしろがねは鳴海の背中に向かって呟いた。

何が、忘れろ、だ。

忘れられるわけなんか、ないではないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日からはまた、掛け持ちバイト生活だ。やっと元通りの生活に戻れる。

ベッドに横になり、鳴海は真っ暗な天井を見つめていた。鳴海を包む部屋の空気が何とも冷たく味気ない。

いいじゃねぇか。しろがねがいる間は勝に「早く迎えに来てくれ」って勝に泣きつくくらいに困惑してたんだから。それがやっと帰ったんだ。何をそんなに落ち込むことがある?

「あーあ…」

寝返りを打つ。寝返りを打って、その打ち方が自分の左側に配慮したものだったことに思い当たり「バッカみてぇ」と独り言を言う。

空虚な左側。どうしたって物足りない。布団の中の温度も低く思えてならない。

「何だかなぁ…」

昨日の今頃は。めくるめく恍惚の海の真っ只中にいたんだよなぁ…。気分はまさに天国から地獄だ。

「……もお、サイアク……」

口から出るのはネガティブな単語ばかりで、どうにもこうにも鳴海らしくない。

これからオレ、まともにしろがねの顔、見れんのかな?

オレはともかく、あいつはオレの顔見てくれんのかな?

元通りの関係には……戻れないような気がする。

こんなちぐはぐな気持ちのままで、楽しく小競り合い、なんてどう考えたって無理だろ?

 

 

 

鳴海が再び眠れぬ夜に苦しんでいると、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。

誰だよ、こんな夜中に?

真夜中過ぎの訪問者を怪訝に思いながら扉を開けると、そこにはしろがねが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「し、しろがね?どうした、こんな夜中に?」

ただでさえ、この身長差(+あがりかまち)ではしろがねの顔をまともに見られないのに、俯かれるとしろがねの顔はさらに銀色の髪に隠れて見えない。

その思いつめている様子に鳴海が何も言えずに出方を待っていると、しろがねはつかつかと玄関の中に入り込み、鳴海の極近くで足を止めた。

そして意を決したように、鳴海の身体に身を預けて、抱きついた。

しろがねの記憶がまたなくなったのか?

と鳴海は一瞬思ったが、昨日までの記憶喪失のしろがねとは違い、緊張しているように動作が硬い。

これは、普段のしろがねだ。

鳴海はやさしくしろがねの肩を包んだ。

しろがねの身体は冷えていた。きっとチャイムを押すのにずっと戸口で逡巡していたのだろう。

 

 

 

「どうした?」

「き、訊きたい事があって……カトウは、あなたは……あの……どうして私を抱いたの…?」

カタカタと身体が震えている。顔を強く鳴海の身体に押し付けて、決してその表情を見られないように。

「そりゃ、おまえが、好き…だから…」

鳴海もまた顔を見られなくてよかった、と思った。

「わ、『私』のことが?それとも『記憶のなかった私』のことが?」

鳴海は思いがけないしろがねの言葉に瞳を丸くする。

「わ、『私』は素直になんかなれない、あなたににこやかに笑顔を見せることなんて出来ない…。『私』は…あなたに『愛された私』にはなれない…」

あなたに失望されるのは嫌だ…。

しろがねの胸の中を不安と嫉妬が入り混じる。

 

 

 

「どっちも、だ。だってどっちも『おまえ』だろ?懐くおまえも可愛かったけど、オレ『おまえ』に早く会いたかった。『おまえ』がオレを好きだって勘違いしたんだ。だから、すまなかった」

「じゃあ、あなたは『私』で…」

いいの?

鳴海の胸元を握りしめる手の平がビリビリと痺れるようだ。胸が熱くなる。

「そーだよな。理由が分かんねぇんじゃ、気になって当然だよな。オレ、いい加減な気持ちとか、たまたま女がいたからとか、そんなんで抱いたんじゃねぇぞ?これだけは言っとくが、『おまえ』を玩んだつまりはねぇからな!その、『おまえ』だから…我慢もしたし、我慢もできなくなった…言ってること、矛盾してるケド」

「……」

しろがねの身体から不自然な力みが消えたので、鳴海は少しホッとした。

「な、だから、おまえは早く忘れて…」

「わ…忘れろと言われても、私は何も覚えていないのだから…」

「そ、そうだよな」

「嫌だったかどうかなんて…分からない…」

鳴海の服をつかむしろがねの指に力がこもる。

「だ、だから……もう一度……」

しろがねの声は小さく弱くなる。

「嫌だったら……そのときは忘れるから……」

鳴海の胸の中はぐうっと熱くなった。

 

 

 

鳴海は俯くしろがねの顔をやさしく上向かせた。

しろがねの顔は恥ずかしげに上気して、とてもきれいで。

鳴海は身体を屈めて、唇を深く重ねた。ふわっとしろがねの舌を絡めとり、舌先で彼女の口腔を愛撫する。

ガクガクと足の力が抜けていくしろがねの身体を逞しい腕で抱きとめると、ゆっくりと唇を離した。

「こーゆーことを昨夜はしたわけだ」

他にもまあ色々と。鳴海はしろがねに笑いかける。笑いかけて、しろがねの身体をひょいと抱き上げた。

「カ、カトウ」

「嫌かどうか、これからおまえの身体にとっくりと訊いてやる。やめろって言ってもやめねぇからな」

しろがねがこくんと頷くと鳴海は満足そうに「よし!」と一言、しろがねを抱えたまま二階へと上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しろがねは最近、頓に上機嫌だった。

加藤鳴海が鈍くなくなったのだ。

しろがねは想いが鳴海に届いたし、鳴海の気持ちも分かったので、鳴海に対して不満を抱くことがなくなったのだ。

天邪鬼なところはまだあるけれど、「ベッドの中のおまえは素直だからいいんじゃねぇの?」と鳴海は言う。

 

 

 

そのうちに。

 

 

 

記憶をなくしていたときの素直なしろがねがしていたことを、当たり前のようにする日がやってくる。

それもきっと、遠くない未来。

 

 

 

End

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