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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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分類に悩む読み物です。
義務教育を終えてない方はご遠慮ください。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

Unbalance.

 

 

 

 

 

 

 

46. Mon amour.  -4-

 

鳴海はまさに逃げるようにして過去に置き去りにした筈の愛の残像の存在するビルから抜け出た。

薄暗い建物の中から一転、夏の太陽が眩しく照りつける青空の元に出でて、鳴海はようやく正常に物を考えることができるようになってきた。

鳴海はエントランスを振り返る、が、そこには銀色の姿はない。

それもそうだ。ちゃんと追尾を巻くようにここまで来たのだから。

夢だったのかもしれない。

だが夢でいいのだ。

鳴海はゆっくりと駅ターミナルに向って歩き出した。

「今日は…行けるトコまで行ったあたりの宿に適当に泊まることになりそうだなぁ…何しろ本数が少ねぇから…さあて、何日がかりでヤサに辿り着くかね…」

じりじりと真夏の太陽が長い髪に隠れた鳴海の首筋を焼く。他愛ない事を独りごちながらも焼いて焼かれて焼き焦げて、この世からなくなってしまいたい、そんな風に思う。愛する女と添え遂げられなかったという事実は事の外、鳴海を苦しめていた。

 

 

ギイはこの30年、エレオノールの涙を見たことがないと言った。同様に心からの笑顔も見たことがない、と。自分もそうだった。心から楽しいと思ったことなど一度だってない。嬉しいと思ったことも一度だってない。いつもエレオノールを想っては徒に胸を切り裂いていた。偏にエレオノールがどこかで幸せに生きていてくれさえすれば、それだけが唯一つの縁だった。

しかし、自分にとってもエレオノールにとっても訪れたこの30年は欺瞞の人生でしかなかったのか。

「そういえば…エレオノールの娘、名前も訊かなかったな…」

エレオノールが今どんな生活を送っているのかも訊かなかった。

未練を呟いて、いやいや、何の接点も持たないで去ったのは正しいことなのだ、と自分に言い聞かせる。

「逃げることにずっと昔に決めたんだ。…オレが自分の娘とパートナーになった、オレが自分に瓜二つな娘に手を出した、なんてことをエレオノールが知ったら…」

手を出さなければいいだけの話だが、それは天地がひっくり返っても無理だ。今だって引き換えして抱きしめてしまいたいと後ろ髪を引かれているのだから。名前を訊いていなくとも、一目会っただけでも、こんなにも情が移っている。

「オレに出来ることは遥か彼方に逃げること…」

鳴海は過酷な太陽を振り仰ぎ、愚かな己を焼き殺して欲しいと願った。そしてまたノロノロと歩き出し汽車の待つ駅舎へと足を踏み入れた。

生温い日陰が鳴海を包んだ。

 

 

「どうして逃げるの!」

その時、凛とした声が鳴海の背中に投げつけられた。射竦められ、足の裏が地面に張り付いてしまった鳴海の正面に、息を切らし大きなトランクを携えた銀色の女が立ち塞がった。怒ったように鳴海を睨みつける両の瞳からは既にボタボタと涙が止め処なく流れている。

「巻いた、つもりだったんだがなぁ…」

「必死さ、が違うのよ!探し、回ったんだから…っ!」

は、は、と荒い呼吸と、キツイ瞳で鳴海を責めた。

必死さ、確かにそうかもしれない。本気で巻きたいのならこんなところで牛歩をしているわけがない。鳴海はやるせない溜息をついた。

女は掴みかかるようにして鳴海のシャツの胸元を握り締めた。突然始まった痴話喧嘩に周囲からヒヤカシが飛び、すれ違う人皆が興味津々な視線を寄越す。

「待って、って言ったでしょう!」

女が首を打ち振るようにして叫ぶので、ネックレスの糸が切れた真珠のような涙がキラキラと散った。鳴海は

「…オレにはもう、用はない」

と無駄な抵抗にも思える虚勢を張るのが精一杯だった。

「あなたになくても私にはあるの…!さっきのは取り消すわ、私のパートナーになって欲しいの!」

「いや…それは、オレは断る」

鳴海の拒絶に女はグシャリと目元に皺を刻んだ。

親子とはいえ、どうしてこんなにも泣き顔がよく似ているのか、と鳴海はかつての幼いエレオノールを思い出す。

「莫迦っ!」

女の小さな拳が鳴海の胸を叩いた。何度も何度も。

鳴海は女の肩を抱いて慰めていいものかと逡巡した。そのまま抱き潰してしまいそうで怖かったのだ。鳴海の手が女の肩の周囲を躊躇いがちに惑う。そんなふたりが往来のいい見世物になっていることには変わりがない。

「私はずっと……『しろがね』になりたかった。大好きなあの人と同じ『しろがね』にさえなれれば、私はずっとあの人の傍にいられるのに、って思ってた。どうしてアクア・ウィタエはもうないのだろうって悔しい思いをしたわ。どうしてナルミに使ったものが最後のだろうって」

「な、何のことだ?」

鳴海はまるでエレオノールのようなことを口にするエレオノールの娘に鼻白んだ。

「ようやく『しろがね』になれたときには肝心のあなたはいなかった。私はこの30年間、どんな想いで人形繰りをしていたと思う?」

相も変わらず涙で頬を汚しながら責めるように鳴海に訴える女は必死そのものだ。

「それでも…あなたが死んだ、って皆が言っても…あなたがどこかにいるような気がして、あなたが私の目の前に現れたときに少しでも好きになってもらいたくて、髪も切って、ずっと待ってた……絶対に来ないだろう日を」

鳴海の心臓がドキドキと大きな音を立て始める。ありえないことだと思っていたことに現実的な可能性が生まれ、期待が胸の中で激しく膨らみ出す。

「幽霊でも会いたいって思っていた…やっと、会えたのにっ…ナルミ…お兄様の莫迦っ…!」

鳴海の希望的観測は今、確信に変わった。

世界広しといえども、鳴海を「お兄様」と呼ぶのは、エレオノールしかいないのだ。

「ナルミは言ったわよね?もしも私が『しろがね』が、それか自分が『しろがね』じゃなかったらお嫁さんにしたって。やっぱりそれは嘘だった?聞き分けのない子どもを誤魔化すための…」

「誤魔化してなんかいねぇよ。エレオノールという女がオレと同じ『しろがね』でそれももう、子どもでないと言うのなら……その約束を成就させることに何の障害がある?」 

鳴海の両手がエレオノールの肩をがっしりと掴んだ。

 

 

「……おまえ……エレオノール本人だったのか、やっぱり…!」

鳴海が感極まった大きな声で言った言葉にエレオノールの高ぶりが多少治まった。

「私を……誰だと思っていたの?」

「おまえの娘…」

「私と誰の…」

「おまえと、オレじゃねぇ他の誰かの」

「……」

エレオノールの顔に「呆れた」と即座に書かれた。

「ちょっと計算すれば分かるものでしょう?私が大人になって、その娘が12歳で『しろがね』になって、『しろがね』になった娘がここまで成長するのに30年で足りるわけないでしょう?」

「おまえの顔を見たせいで頭が働かなかったんだよ。ギイにはおまえがオレより年上になったって聞かされてたしよぅ」

鳴海が拗ねて唇を突き出した。エレオノールがよく知っている鳴海の癖。

「ふふっ、変わらないのね」

エレオノールがようやく笑った。鳴海にはそれが心から笑っていることが分かる。

だから鳴海も笑った。30年間ぶりに心から。エレオノールがずっともう一度見たいと夢見ていた笑顔で。

もはや衆人環視などどうでもよくなった鳴海はエレオノールの身体を力一杯抱き締めると、そっと唇を重ねた。エレオノールと出会ったあの日からずうっと心の中に押し込めていた感情を昇華させるかのように激しく長く深いくちづけを与える。エレオノールも身体を鳴海の胸に強く押し付けた。

もう我慢しなくていいんだ。

鳴海の積年の想いが堰を切る。

 

 

「私が他の誰かと結婚して『表面上』幸せな家庭を築くことをあなたが最期に望んだというのなら、それならそれでもいいと思った。そんな幸せそうな女を死ぬまで演じてやろうと思っていた。でも、私は結婚とかそういうことが具体的になるずっと前に『しろがね』になってしまった。私の身体の中の『柔らかい石』は長い時間をかけてゆっくりとゆっくりと、私の血液を『アクア・ウィタエ』に換えていったの……そして私はある日突然、『しろがね』になった」

寄り添う場所を往来のど真ん中から気持ち端の方へと移し、押し付けた耳で鳴海が確かに生きている音を聞きながらエレオノールは語る。鳴海はエレオノールの頭を引き寄せてひんやりと滑らかな銀糸にくちづけをした。

「正二やギイは……さぞかし嘆いたろうな」

普通の幸せを願っていた彼らだ、エレオノールが自分たちと同じ『しろがね』になってしまったと知ったとき、どれほど目の前が真っ暗になっただろう。エレオノールを自分たちと同じ憎悪と戦いの螺旋には巻き込みたくはなかっただろうに。

「でも、私は嬉しかったわ。これで好きでもない男と偽りの幸せを演じる必要がどこにもなくなったのだから。ナルミを私から奪った自動人形に復讐する機会も与えられてね」

エレオノールは愛する男を見上げる。

「そしてこうして神様は私とあなたをもう一度出会わせてくれた。私とあなたの足並みを揃えてくれた。この先、どんなに永い時を死ぬことが出来ないのだとしてもあなたと一緒にいられるのなら、私にとってそれは苦ではなく幸いだわ」

鳴海の背筋が凍りそうなほどに美しく凄絶な笑みでエレオノールは己の運命を賞賛した。

鳴海は長い腕で檻を作る。檻に愛する女を閉じ込める。

「オレもだ。おまえがいるのなら悠久ってヤツも悪くねぇ」

「ナルミ…」

「ごめんな、エレオノール。遠回りして、待たせたな…さっきの話の続きだ。パートナーになろうか。『しろがね』としても……男と女としても」
鳴海の言葉に、エレオノールの肌が輝く薔薇色に染まる。

「はい」

「この先、ずっとな」

「はい」

私はあなたがいてくれればそれだけで幸せなの。

重なる唇の中でエレオノールが囁いた言葉は鳴海に舌と一緒に絡め取られ、呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

「オレは汽車に乗ってとっととヤサに帰ろうかって思ってたんだがな。急いで帰る必要はどこにもなくなった」

プラットホームに背を向けてふたりは並んで駅舎を出て行く。

鳴海はエレオノールのトランクを手に取るともう片方の手で彼女の手をぎゅっと握った。鳴海の大きな手に包まれて幸せそうな自分の手を眺めて

「何だか……懐かしい」

とエレオノールは呟いた。

「そうだな。それにしても、さすがに大きくなったなぁ…おまえの手」

「だって私、18歳になったのだもの」

「そうだな」

鳴海はニヤッと笑う。

「おまえは晴れて18歳だから、オレも胸を張っておまえを抱けるわけだ」

「ナ、ナルミ…何を」

「適当なホテルに入ろうぜ?こうやって手を繋いでホテルを探すのも懐かしいなぁ」

日の高いうちから身体を重ねるためのホテルを探す晴れ晴れした顔の鳴海に連れられて、エレオノールは真っ赤な顔で俯いて歩く。

 

 

「もう、黙っていなくなったりしねぇから。ずっと一緒に旅を続けよう」

永遠に終わることのない自動人形を破壊する旅を。

当て所もない旅でも、ふたりなら寂しくないから。

「永遠に?」

「ああ、この身が朽ちるまで」

魂だけの存在になってもともに来世へ流転しよう。

 

 

 

 

 

 

 

見るからに東洋人の特徴を示す黒目黒髪の大男と、まるでフランス人形のように美しい銀目銀髪の女。

誰もが振り返るほどに調和したそのふたりはしっかりと手を繋ぎ、行き交う人々の波を漕ぎ、彼らの幸福な未来へと向う。

そのしっかりと繋がれた手と手は、離れ離れになることは二度とないだろう。

 

 

常しえに。

 

 

 

 

 

All the end.

 

 

 

postscript   この話が生まれた発端は黒賀三姉妹を踏まえた上で、「でも鳴海が小エレに惚れるシチュなら有り」というゲストブックから生まれた一妄想でした。当初は大人の鳴海と少女エレのお耽美世界、小児性愛の倒錯的・背徳的な世界を書いてみたい、と始めたものでした。けれど、書き始めてすぐに「何の理由付けもなく小エレにHする鳴海はただのロリコンにしか見えない」と思ってしまい、鳴海が小エレに夢中になる理由を書き連ねていったらこんなに長話に姿を変え……でも、それもようやくエンドマークを置くことができました。蓋を開ければ肝心の(?)小児性愛描写はちょこっとで、結局は大人同士でくっつくことに。期待外れで申し訳なくも思いますが、やはり私の中での鳴エレはこれがベストなんですね。愛し合うのにも無理がない。

ここまで読んでくだすった方、長いお話にお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。

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