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『からくりサーカス』鳴しろSS置き場です。
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鳴海の軽井沢生還ベースのパラレルです。





『恋人たちのお祭り』





2月14日ってのは日本中が製菓業界の商業戦略の思惑に乗せられる日だ。
バレンタインを祝う国は多かれど、チョコレートが飛び交い、女子から男子への告白イベントになっているのは日本だけ。
日本人だけど中国での生活が長かった鳴海にはちょっとよく分からない。
ちなみにバレンタインチョコレートなるものは本命義理に関わらずもらったことは一度もない(鳴海本人はバレンタイン時期に日本にいなかったからだと言い張っている)。
例年、恋人もいない鳴海にはバレンタインは無関係なものだったけれど、今年は日本でその日を迎え、返す返す恋人はいないけれど「チョコレートくれねぇかな?」程度に気になる女がいるために、何だかちょっと落ち着かない2月14日。


半月ほど前、鳴海は勝に「バレンタインの日、鳴海兄ちゃんちに行ってもいい?」と訊かれた。
何でも今年のバレンタインは日曜日で、当日近所の公民館で手作りチョコレートのワークショップが開かれ、それにリーゼが中学校の友達と参加することになり、出来上がったチョコレートを勝にくれるとかで、仲町の他の面々には袋菓子の義理チョコで済ます手前そんなラブラブな物品をサーカスに持ち込むことが出来ず、公民館から最寄りの鳴海宅を集合場所にしたいだとかなんとか。
生憎と言うかワザとと言うか、バレンタイン当日にバイトが入っていない鳴海だったから「別に構わんぜ」とOKを出した。銀色眩しいあいつも公民館のワークショップに行ったりするんだろうか、なんてことを思った。


そんなわけで、特に鳴海個人にはお誘いのひとつも寄せられなかったバレンタインのその日、時間通りにやって来た勝の背後にしろがねを認めた時、何の根拠もなく裏付けもなく、喜び勇んだ気持ちに取り巻かれた鳴海に対し、誰が茶々を入れられようか。
「リーゼさん、まだちょっと掛かるって言うから少し待たせてね」
「いーぜ?しろがね、コーヒーでも飲むか?」
「もらう」
「勝は苦いの苦手だからホットミルクでいいか?」
「うんっ」
「おし。ハチミツいれた甘いのな」
わくわくさくさくとフットワーク軽く、鳴海は飲み物の支度に取り掛かる。


「それにしても。上手ぇコトやってるねぇ。リーゼからチョコもらうのかよ」
ほい、とマグカップを手渡すと勝は「えへへー」とふやけた笑顔を見せた。
「僕、今までチョコもらったことなくて」
「いいじゃねぇか、今日初チョコもらえんだから。オレなんかこの年で一度もねぇわ」
しろがねは、というと鳴海から受け取ったコーヒーを口にしてしれっとしている。
「しろがねは?しろがねは誰かにあげないの?」
「私、ですか?」
しろがねは勝に突然話をふられ、銀色の瞳を真ん丸にした。「ナイス勝」と心の中で思う。
しろがねが勝にくっついて歩くのはいつものことだけれど、今日はバレンタインだから彼女なりの用事があってここに来た可能性は捨てきれないわけでとか考えてしまうのはきっと今日って日なら当然の流れってヤツだ。別に鳴海の下心とは無関係。のハズだ。


しろがねがバッグの中から小さな箱をひとつ取り出して、テーブルの上にそっと置いた。鳴海はドキリとする。リボンで括られてはいないが、オレンジ掛かった茶色い横長の箱、それは見るからに品が良かった。ファンシーな柄もなく、ショップのロゴだけが箔押しされた大人っぽい仕様。
成程、オシャレな国出身のしろがねらしい。なんて思う。
ひとつだけか?ソイツを誰にくれてやるつもりだ?ここに男はふたりいるわけだが?と無言で見守る先で、エレオノールは箱裏のシールを剥がして蓋を開け始めた。
「あ?」
ついついツッコミの声が出た。
「今朝、ヴィルマにもらいまして」
中にはシンプルなトリュフチョコが3つ並んでいた。
「日本にチョコレートを贈り合う習慣があるとは知りませんでした。これはヴィルマ曰く『友チョコ』というそうです」
ふっ…、鳴海の口から諦めの溜息が出た。しろがねは一粒取り上げ、小さな歯形を付けると、「美味しい」と言った。


「…友チョコ、ね」
と、しろがねはどこか擽ったそうだ。綺麗に手入れをされた細長の爪が、箱を突く。
「カトウ、私は疎くて分からないのだが、チョコレートって同性にも送るものなのか?ヴィルマに3倍返しって言われたのだけれど。どういう意味?」
しろがねって女は多分野に渡ってとんでもなく博識なクセに、この手の俗っぽいコトに関してはてんで世間知らずだ。まァ…そこが可愛いっちゃ可愛いのだが。
「オレも詳しくはねぇけどよ」と前置きして大雑把に日本のバレンタイン事情を説明してやると、しろがねは「ありがとう」と言って、やっぱり擽ったそうに笑った。
「日本には、お返しの日、なんてものもあるのだな。訊いておいて良かった。それで私は、これの3倍程度のプレゼントをヴィルマに贈ればいいと」
「何だかおまえ、嬉しそうだな」
しろがねのどことなく幼げな表情に思わず、鳴海の目も細くなる。
「初めて『友だち』にもらったから。バレンタインの贈り物」
コーヒーで舌先を湿らせながら、しろがねはポツリと言う。
「私…これまで世界中を旅していて友だちなんていなかったから。バレンタインも……自分に関係ないものだと思っていた。気の置けない誰かに贈ったことも、贈られたことも」
自分と出会うまでのしろがねを思い、鳴海は少し切なくなった。
「日本に来ても…自分には関係ないと思っていた…」
そして、しろがねは
「だからチョコレートを用意してませんから、あげる予定もないのです」
とハッキリキッパリと勝に返事をして、そんな鳴海の期待をボッキリと根元から折ってくれた。


「それに、フランスでは男性が女性に愛情表現をする、それも恋人同士の愛の日だったので、女性で相手もない私から特に何か、という考えがまるでなくて」
「それもそうだよなぁ」
と呟く。
「どうかしたか、カトウ?」
「いや、中国でもバレンタインは『情人节(チンレンジエ)』って言って恋人の日なんだよな。独りモンには関係ねぇ日でさ。だからオレも正直、告白とかピンと来ねぇ」
負け惜しみを口にする。
「鳴海兄ちゃんは中国が長いもんね」
と言われても、自分を慰めても、やはりここは日本で、自分も日本人で、チョコレートを好きな子からもらえる勝がかなり羨ましい。もどかしさに耳の後ろの髪をぼそぼそと掻く。


「お坊ちゃま、おひとついかがですか?」
としろがねがヴィルマからもらったチョコレートを勝に勧めた。だからみっつあるもうひとつは自分にくれるのかと鳴海は待ち構えていたけれど、しろがねに華麗にスルーされた。
「うん、食べてみたい」
複雑な気分になる。今勝が食べるのがしろがねの『人生で初めてあげたチョコ』になるのではないだろうか(元はひとからもらったものだろうがチョコはチョコだと思う鳴海だった)。さっきまでの話を踏まえた上の行動だろうから、鳴海的にはちょっとしたガッカリ感が否めない。
ま、しろがねは勝が可愛くて仕方ねェヤツだからな、こればっかはなるべくしてなったとしか言いようがねぇ。 子どもに張り合ったとあっちゃあ、大人気ねぇにも程があるし。
勝はチョコを受け取ると、ぱくん、と一口で食べた。しろがねも食べかけのチョコレートを口に入れる。
現時点で確かなことは、箱の中に残るチョコは、後ひとつ。


「うわあ、苦い」
勝の顔が見る見る間に苦苦なものに変わった。慌ててホットミルクを飲んでいる。
「あら、すみません。お坊ちゃまには苦かったですか?」
しろがねは箱の中の小さな案内文を読んで、カカオマス80%って書いてありました、気がつかなくてすみませんでした、と再度謝った。
「だいじょぶ。でも大人の味だねぇ」
苦味に舌が痺れるのか、勝はハチミツ入りホットミルクを何度も飲み、甘味で中和を図った。
その時、玄関から聞こえるチャイムの音。
「ほら来たぜ?お待ちかねのチョコレートが」
ぱ、と勝の頬が輝いた。
「うん。じゃちょっと行ってきます!」
勝はコートを引っ掴むと玄関へとバタバタ駆け出して行った。勝とリーゼの会話が二三聞こえ、玄関が閉まる音がした。
「勝、どこに行った?」
「リーゼさんのチョコレート、近くの公園で頂くそうだ」
「ま、そりゃそうだな」
せっかくの手作りチョコレート、小さな恋人達だってふたりきりの時間が持ちたいだろう。


こうして、家には鳴海としろがねだけになった。
「お坊ちゃまに可哀想なことをした」
しろがねが俯いた。
「苦いチョコを食べさせてしまって」
「気にすんな。あいつは子供舌なんだ」
「私は少しも苦く感じなかったから」
「へーきだって。これからリーゼの甘いチョコを食うんだ。口直しできるさ」
「それならいいのだけれど」
チョコレートの箱に落ちたしろがねの視線を鳴海も追って、しばしふたりは無口になる。
しろがねとの間で言葉が途切れると、波音の聞こえない涼やかな海に頭まで浸ったような不思議な感覚を鳴海は覚える。しろがねの持つ、空気のせいだと思う。


「勝、凄く嬉しそうに出てったな」
「お坊ちゃまはリーゼさんのことが好きなのだろう」
「ま、惚れた女にゃ義理でもいいからチョコが貰いてぇもんだ。男なんざチョロいからな」
そう。心底惚れた女に義理でもチョコを貰えたら浮かれてしまうのだろう。如何せん、鳴海はチョコレートを貰ったことがないのでよく分からないけれど。
そこまで考えて、ああ、そうだよな、と再確認する。
オレは、義理でもいいから欲しかったんだ。
勝と同じように、お裾分けでいいから。
しろがねから。チョコレートを。


細い指が箱の中から最後のチョコレートを取り上げた。 鳴海が見守る中、一縷の望みはあっさりとしろがねの舌の上に乗った。 彼女の口の中で溶けて行くチョコレートと一緒に、鳴海の淡い期待も融けて行く。
訪れる、軽い失恋気分。
しゃーねぇよな、オレだってこいつに何にもしてねぇもん。
鳴海は知らず溜息を吐いてコーヒーを啜った。
「最後の。自分で食べなければ良かっただろうか」
ちょっとした後悔の滲む声に、目を上げる。
「別に、おまえが貰ったもんだ。おまえが食ってバチは当たんねぇだろ?」
「そうだけれど。…あなたもチョコの味見がしたかったのかと思って」
勝にくれたクセにオレにくれねぇ、って拗ねていたのが顔に出てたのか? 確かにそう思っていたわけだけども、心の声がダダ漏れとは薄見っとも無いことこの上ない。
「ま、普段お目に掛かれなさそうな高そうなチョコだし。どんな味か食ってみたかった、てのはあるかな」
己の未熟さを誤魔化すように、鳴海は殊更冗談めかして首を竦めた。
「さあて。コーヒーのお代わりいるか?」
急激にバツが悪くなり立ち上がる。空いたカップに手を伸ばす。すると、しろがねが
「あ、カトウ待って」
と鳴海を呼び止め、傍らへとやって来た。
「ん?どうかしたか?」
「…ちょっと、いい…?」
透き通る銀色の瞳が、ゆらん、と潤んだ。


しろがねはいい女だ。
いい女、だとはずっと思ってた。
そのいい女に惚れているんだと、気付いたのはいつだったか。
お蔭で一喜一憂は日常茶飯事。
愚かしくも今しろがねに見つめられただけで、オレの心臓は荒ぶってやがるんだ。


「あのチョコレートをあなたにあげても良かったのだが、それではヴィルマのチョコレートをあなたが受け取ったみたいで、私はそれが…」
しろがねの独白のような言葉は途中で消える。
何でこいつこんなに困ったみてぇに眉をよせてんだろ、と考えてたら、そ、と白い手が鳴海の頬に触れた。
淡い色の唇に吹きかけられた息は、チョコレートの香り。
しろがねの瞼が静かに下されて、
途端、辺り一面が、鳴海の爆発的な心音で満たされる。


え?


え?
これっていいの?
オレ、『食べて』、も?


他に誰もいないのにキョロキョロと周囲を見回す。
女性に免疫がなく、恋愛経験もなく、強面に反して中身がやたら純情な鳴海の、身近な女性のラインナップがしろがね、ヴィルマ、ミンシアであるという不運、どうしたって疑心暗鬼になる。


オレを担いでる、ってコトはあるめぇな?
からかわれてるんだとしたらマジで立ち直れんぞ?
でも据え膳を食わぬは男の恥だって言うし、ここは腹をくくるべきか?
バレンタインだし、本来は男が頑張る日だし、
あーもー!
ダメ元で、当たって砕けるしかオレにはもう道がねぇじゃねぇか!


バレンタインに縁のなかった、彼女いない歴イコール年齢の鳴海にはこれがファーストキス(当然その先の何やらも全部ファースト)であり、対外的に興味のないフリはしていたもののめっちゃ興味津々だった未知の行為。
でっ、できるだろうか、ちゃんと…
ごくんと生唾を呑み込む。
強張る指を懸命に屈伸させ、細い肩を握り潰さないように細心の注意を払いつつ、きゅ、と抱き寄せる。


差し出されたそれを、そっと食んだ。
舌先でしろがねの唇をほんの少し舐めてみる。
チョコレートの味がした。
しろがねも唇の隙間から舌を覗かせたので、おずおずと触れさせる。
自然とふうわりと絡み合う。
彼女の舌はとても甘くて、鳴海の口の中で柔らかく蕩けた。
ちゅ、と舌が鳴る。
彼女の口腔に甘味を探して舌先で弄る、舐める。
更にずっと深いところから味わってみる。
ハ、と唇の合わせ目から漏れた鳴海の呼気にもカカオが微かに香る。
口に溢れる甘露を、大事に大事に飲下す。
もっと、と強請って引き寄せた身体も、腕の中でやっぱり甘やかだった。





ちっとも苦くねぇじゃん
心持ちが、ほろ苦くなるだけで





とっくり、と、ゆっくり、と、堪能させて頂く。
唇を離すと、頰を染めたしろがねが猫のように鳴海の顎に鼻先を擦りつけた。 キスをした事実が夢のようだけれど、ついさっきまでの落胆や逡巡が嘘みたいに消え去って、現金な充足感が取って代わる。
「チョコレートの味…分かった?」
今のキスは、バレンタインチョコレートの代わり、ということでいいのだろうか。
「美味ぇチョコだった」
「そうか?そう言ってもらえるなら嬉しい」
嬉しい、に添えられた笑顔がすこぶる綺麗なのは認めるが、どこまで本気なもんだか、さっぱり分からない。
「あのよ」
しろがねを腕の輪の中に置いたまま、彼女の瞳の奥を間近から覗き込む。


「今の『チョコ』って『本命』『義理』どっちよ」
「え?」
「それによって、今からオレの出方が変わるんだが」
「出方…?」
「『情人节』も男から女に愛を贈る日なんだよ。オレは今んとこ『单身狗(ダンシェンゴウ):独り身』だけど。本命だってなら…オレはおまえに…」
「今日の『la Fête des Amoureux(ラフェットウデザムルー):恋人たちのお祭り』は…ふたりで一緒に過ごすことが大切…だから、今、ふたりきりの時間を持つ私達は、恋人、なのではないだろうか…」
「でも、恋人っつーにはオレたち、色々すっ飛ばしてねぇか?」
「そ、そうよね…ここは日本式に則った以上…私が告白、すべき…よね…?」
「そうだなあ」


鳴海はドキドキしながら行く末を見守る。
あの、いつも生意気で偉そうなしろがねが真っ赤に茹だった顔をして、更には消え入りそうな声で
「カトウ…好きです…」
だなんて、耳を疑わざるを得ない。ほんの数分前まで考えも及ばなかった展開に感無量で黙っている鳴海に、不安そうな銀色の瞳が見上げてくる。
「あ、あの、それで、返事は…」
そんなもん、訊かなくても分かりそうなもんだがなぁ、と何だか可笑しくなる。
「オレ、さっきの『チョコ』もう少し食いたいんだけど」
「え?」
「くれるか?」
鳴海はソファに腰かけると、しろがねを自分の膝の上へと誘った。
「厭きない?」
「オレが?飽きるわけねーだろ」
「あなたの好み?」
「おう。前っから大好きでな」
自分の返事にしろがねの口角が緩やかに持ち上がったから、鳴海はありがたく、美味しく頂戴することにした。


二度、三度、
お腹が満足するまで。






「何倍で返して欲しい?」
と訊いたら
「お好きなように。あなたにお任せする」
と言われた。
「それって、漠然とし過ぎやしねぇか? 」
と笑いながらも
「ま、『情人节』って毎月あったからなぁ…」
と独り言ちる。
鳴海は、まぁキスの数倍返しならアレしかねぇよなぁ、好きなようにって任されたしなぁ、なんて来月のホワイトデープランに思いを馳せる。
そして食べれば食べるほど濃厚になるしろがねの『チョコ』の味を楽しんだ。



End
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